向かいの席の彼女

荒深小五郎

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彼女は、ぼくの向かいの席にいる。
最初に見たときの印象は「明るくかわいい子だな」だったけれど、それ以上に、声のトーンや間の取り方、物の渡し方、そういうちょっとした仕草に惹かれた。

彼女は気分屋だ。
朝からニコニコしてるかと思えば、午後には無言になることもある。
だけどその波に慣れると、なんだかそれも「彼女らしさ」だと思えてくる。

ぼくたちはふたりでよく残業をする。
夕方になると、周囲の人たちが帰り始めて、職場は少し静かになる。
その時間になると、なぜか彼女は急に話し出すことがある。

「○○さんって、ほんとに無神経ですよね」
「さっきの電話、聞いてくれました?あれひどくないですか?」

そういう愚痴や悪口を、ぽろっとこぼす。
でも不思議と、それが嫌な感じじゃない。
ぼくはただ「うん」「そうだね」と頷きながら聞いている。
彼女はそれで満足そうに笑う。
たわいもないことだったけど、そんな時間が好きだった。

最近、残業の空気が少し変わった。
新しく配属されてきた係長が、ダラダラと残業する人で、夜遅くまで席を立たなくなったのだ。

係長は悪い人ではないのだけど、あの静かな“ふたりの時間”が減ったことに、少しだけ寂しさを感じている。

職場というのは、不思議な場所だ。
恋でもない、友情でもない、でも不思議な距離感の誰かがいて、その人がいることで、少しだけ今日も頑張れるような気がする。

彼女は今日も向かいの席で、黙々とパソコンを叩いている。
その真剣な顔を、少しだけ見てから、ぼくはまた自分の画面に目を戻す。
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