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第4章
133.リヴェリオの妻
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それからお花を見つつおばあ様と談笑した。
美味しいお茶に美味しいお菓子、それに綺麗なお花畑。
まるで私が望んでいた平穏な未来みたい。
こんな穏やかな時間がずっと続くような生活を送れたら。
そう考えると、その未来をすぐにでも欲しくて堪らなくなった。
しばらくお茶を楽しんだ後、紅茶を床に置き伏目がちになった。
今までのおばあ様とは違う表情に、おばあ様の纏う空気が変わったことに気づいた。
「おばあ様?」
なんだろう。
何か嫌な予感がする。
とても、嫌な予感。
「エスティ、貴方に話があるの」
伏目がちの瞼から除く瞳には、寂しさが垣間見えた。
おばあ様のそんな顔は初めて見た。
「とてもとても大切な、貴方の奥様の話よ」
「奥、様……?」
真剣な眼差しで告げるおばあ様の言葉が、私には理解できなかった。
奥様?
何を言っているのだろう。
奥様って、妻とかお嫁さんとかの言い回しとして使うあの奥様?
でも私は女だし、どちらかといえば私が奥様になる立場だ。
何か別のことを聞き間違えたのだろうか。
確かめようと私が問いかける前に、おばあ様の口が再度開いた。
「皇后様の事よ」
「皇后様って、今の国王様の奥様ってこと? あの方と私にどんな関係が?」
おばあ様の言っている言葉が理解できず、何とか考えてみたものの、それぐらいしか思いつかなった。
おばあ様は尚も暗い顔で私に話掛ける。
「違うわ。あなたの奥様。前世の奥様の事」
ドキリと心臓が跳ねた。
やっぱり。
そうだとは思っていたけど、やっぱり知ってたんだ。
私の前世の事。
おばあ様が知っているのなら、おじい様も知っているのだろう。
それはそうか。
だって私の前世がリヴェリオだと知ったとき、お母さまは相当悩んだはずだ。
自分の娘があの悪逆皇帝の生まれ変わりだなんて。
追い込まれた母が両親、祖父母に相談しないわけがない。
先ほどまでの明るい気持ちが、ズンと暗くなった。
だが、おばあ様と私の前世の奥さんとの間に一体どんな関係があるというのだろう。
それにどうしてそのことを私に話すことにしたのだろうか。
分からない。
だって私、奥さんがいたこと自体わからなかったんだから。
バートンに婚約者がいたぐらいだから、私にも相手ぐらいはいただろうとは思っていたけど。
どうして、何も覚えていないのだろう。
黒龍の事も奥さんの事も、私にとってはとても身近な存在だったはず。
そんな相手がいたことすらわからないほど思い出せないなんて、やっぱり私の記憶に何かされているというのは本当のようだ。
私がそんなことを考えているなど露知らず、黙ったままの私を気遣ったのか、おばあ様はしばらく口を開かなかった。
でもそれと同時に私に何か声を掛けることもなかった。
長い沈黙の後、それを破ったのはまたしてもおばあ様だった。
「昔の話をしましょう。私たちにとって、とても大切な話を」
そう言って遠くを見ながらおばあ様は話はじめた。
「彼の皇帝の奥様はヘルリスキー家という侯爵家の方でした。その方は幼い頃から特別な力を持っていたのです。それは神聖力と呼ばれる特別な力。知っていますよね。神聖力を持っているだけでも特別なのですが、その方は特にその力を強く持っていました。そのため、その当時では聖女候補筆頭と言われているほどの実力を有していたと聞いています」
聞いたことのない、前世の奥さんの話。
家の名前を聞いても、彼女の名前を思い出すことはなかった。
しかし、意図的なのだろうか。おばあ様は彼女の名前を口には出さなかった。
「そんな彼女の運命が歪んだのはその方が10歳の時でした。その神聖力を見込まれたのか、その方はとある方と婚姻関係を結ぶことになったのです。その相手こそ……」
「リヴェリオ、だったのですね」
「っ。ええ、その通りです」
一瞬言葉を詰まらせながら、おばあ様は頷いた。
おばあ様に限らず、この国の人々はリヴェリオの名前を言うのを極端に嫌がる傾向にあった。
おそらく幼いころにでも、名前を読んだら何か悪いことでも起きるのだと吹き込まれているのかもしれない。
とはいえ、私は両親にそんな御伽噺を聞かされることもなかったし、そもそも本人がそんな事信じるわけもないけれど。
しかし、おばあ様は違う。
その名前を口にしたとき、あからさまに嫌な顔をされた。
いくら生まれ変わりとはいえ、そんな反応を本人の前でするなんて、私だって傷ついてしまうのだけど。
まぁおばあ様の世代ならきっとこの反応は仕方ないものなのだろう。
気を取り直し、コホンと小さく咳払いするとおばあ様は続けて話はじめた。
「彼の皇帝とその方の婚姻関係は結局、破られることのないまま2人は夫婦になりました。
しかしその方は婚約関係を交わした当初から、皇帝と結ばれることを強く拒否していました。
おそらくその方はわかっていたのでしょう。彼の皇帝の辿る運命を、皇帝が何をするのかを。
彼女はとても神聖な方だったのできっと皇帝がどんな人物だったのか気づいておられたのでしょう」
おばあ様の言い方は、まるでリヴェリオが悪人そのものだと思っているようなものだった。
それはつまり、私にも少なからずそのように思っているように感じた。
そう思うと、ズキリと胸が痛んだ。
美味しいお茶に美味しいお菓子、それに綺麗なお花畑。
まるで私が望んでいた平穏な未来みたい。
こんな穏やかな時間がずっと続くような生活を送れたら。
そう考えると、その未来をすぐにでも欲しくて堪らなくなった。
しばらくお茶を楽しんだ後、紅茶を床に置き伏目がちになった。
今までのおばあ様とは違う表情に、おばあ様の纏う空気が変わったことに気づいた。
「おばあ様?」
なんだろう。
何か嫌な予感がする。
とても、嫌な予感。
「エスティ、貴方に話があるの」
伏目がちの瞼から除く瞳には、寂しさが垣間見えた。
おばあ様のそんな顔は初めて見た。
「とてもとても大切な、貴方の奥様の話よ」
「奥、様……?」
真剣な眼差しで告げるおばあ様の言葉が、私には理解できなかった。
奥様?
何を言っているのだろう。
奥様って、妻とかお嫁さんとかの言い回しとして使うあの奥様?
でも私は女だし、どちらかといえば私が奥様になる立場だ。
何か別のことを聞き間違えたのだろうか。
確かめようと私が問いかける前に、おばあ様の口が再度開いた。
「皇后様の事よ」
「皇后様って、今の国王様の奥様ってこと? あの方と私にどんな関係が?」
おばあ様の言っている言葉が理解できず、何とか考えてみたものの、それぐらいしか思いつかなった。
おばあ様は尚も暗い顔で私に話掛ける。
「違うわ。あなたの奥様。前世の奥様の事」
ドキリと心臓が跳ねた。
やっぱり。
そうだとは思っていたけど、やっぱり知ってたんだ。
私の前世の事。
おばあ様が知っているのなら、おじい様も知っているのだろう。
それはそうか。
だって私の前世がリヴェリオだと知ったとき、お母さまは相当悩んだはずだ。
自分の娘があの悪逆皇帝の生まれ変わりだなんて。
追い込まれた母が両親、祖父母に相談しないわけがない。
先ほどまでの明るい気持ちが、ズンと暗くなった。
だが、おばあ様と私の前世の奥さんとの間に一体どんな関係があるというのだろう。
それにどうしてそのことを私に話すことにしたのだろうか。
分からない。
だって私、奥さんがいたこと自体わからなかったんだから。
バートンに婚約者がいたぐらいだから、私にも相手ぐらいはいただろうとは思っていたけど。
どうして、何も覚えていないのだろう。
黒龍の事も奥さんの事も、私にとってはとても身近な存在だったはず。
そんな相手がいたことすらわからないほど思い出せないなんて、やっぱり私の記憶に何かされているというのは本当のようだ。
私がそんなことを考えているなど露知らず、黙ったままの私を気遣ったのか、おばあ様はしばらく口を開かなかった。
でもそれと同時に私に何か声を掛けることもなかった。
長い沈黙の後、それを破ったのはまたしてもおばあ様だった。
「昔の話をしましょう。私たちにとって、とても大切な話を」
そう言って遠くを見ながらおばあ様は話はじめた。
「彼の皇帝の奥様はヘルリスキー家という侯爵家の方でした。その方は幼い頃から特別な力を持っていたのです。それは神聖力と呼ばれる特別な力。知っていますよね。神聖力を持っているだけでも特別なのですが、その方は特にその力を強く持っていました。そのため、その当時では聖女候補筆頭と言われているほどの実力を有していたと聞いています」
聞いたことのない、前世の奥さんの話。
家の名前を聞いても、彼女の名前を思い出すことはなかった。
しかし、意図的なのだろうか。おばあ様は彼女の名前を口には出さなかった。
「そんな彼女の運命が歪んだのはその方が10歳の時でした。その神聖力を見込まれたのか、その方はとある方と婚姻関係を結ぶことになったのです。その相手こそ……」
「リヴェリオ、だったのですね」
「っ。ええ、その通りです」
一瞬言葉を詰まらせながら、おばあ様は頷いた。
おばあ様に限らず、この国の人々はリヴェリオの名前を言うのを極端に嫌がる傾向にあった。
おそらく幼いころにでも、名前を読んだら何か悪いことでも起きるのだと吹き込まれているのかもしれない。
とはいえ、私は両親にそんな御伽噺を聞かされることもなかったし、そもそも本人がそんな事信じるわけもないけれど。
しかし、おばあ様は違う。
その名前を口にしたとき、あからさまに嫌な顔をされた。
いくら生まれ変わりとはいえ、そんな反応を本人の前でするなんて、私だって傷ついてしまうのだけど。
まぁおばあ様の世代ならきっとこの反応は仕方ないものなのだろう。
気を取り直し、コホンと小さく咳払いするとおばあ様は続けて話はじめた。
「彼の皇帝とその方の婚姻関係は結局、破られることのないまま2人は夫婦になりました。
しかしその方は婚約関係を交わした当初から、皇帝と結ばれることを強く拒否していました。
おそらくその方はわかっていたのでしょう。彼の皇帝の辿る運命を、皇帝が何をするのかを。
彼女はとても神聖な方だったのできっと皇帝がどんな人物だったのか気づいておられたのでしょう」
おばあ様の言い方は、まるでリヴェリオが悪人そのものだと思っているようなものだった。
それはつまり、私にも少なからずそのように思っているように感じた。
そう思うと、ズキリと胸が痛んだ。
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