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第4章

141.気分転換の先に…

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痛い、頭が痛い。

この感覚、前世を思い出したときと同じものだ。
でも、今回は頭だけじゃない。

胸が締め付けられるくらい、痛くて苦しい。

どうして?
どうしてこんなに痛むの?

手紙に書かれていたことなんて、分かり切っていたことのはずじゃない。
まさか彼女の事を私はそんなに大事にしていたの?

違う。
なにか、それは違う気がする。

もっと別の事。
この記憶を思い出すこと自体に、頭が痛んでいるのではないか。
なぜかそう思えてならなかった。

しばらくじっとして痛みが止むのを待ったが、胸と頭は一向に良くなる気配はない。
いま、目の前に手紙があるこの状況では、この痛みに囚われてどうにかなってしまいそうだった。

ふと、窓を外が視界に入った。
窓の外には美しい自然が広がっている。

そうだ、外に出れば。
少し気分転換をすれば、もう少しこの気持ちに向き合えるかもしれない。
手紙を置くと、私は外の、森の方へと飛び出していた。


   ***


痛む胸を押さえ、森へと入っていく。
いつの間にか、頭の痛さは消えていた。
だが、胸の痛みはまだ一向に治まる気配はない。

知らない土地であるため、屋敷からそれほど離れるわけにもいかずゆっくりとした足取りで歩みを進めた。
でも、さっき部屋にいたときより随分と調子が良くなったきがする。

少しほっとしながらそのまま森林浴を楽しんだ。

このまま散歩していれば、胸の痛みも消えるかもしれない。
そう思いながら散策していると、突然草むらからガサガサと音がした。

瞬間ビクッと体が跳ねる。

どうしよう。
まさか、蛇とか野犬とか、そういうのじゃないよね。

確かめるわけにも、その場から動くわけにもいかず、そちらの方へ目線を向けたまま硬直していた。

一層大きく草むらが揺れ出した。
思わず後ずさりし、身構えたときそれがひょっこりと顔をだした。
と同時にその正体が判明した。

「う、さぎ……?」

そう、草むらに隠れていた物体の正体は小さなうさぎだったのだ。
拍子抜けなほど 思わず体の力が一気に抜けた。
何とか膝を付けずに済んだが、先ほどまでの恐怖がおかしくて思わず苦笑してしまった。

それにしてもなんて綺麗なうさぎなんだろう。

まるで雪原を切り取ったような白い、真っ白なうさぎ。
なのに、瞳の色は空を映したような天色で……。

どうしてだろう。
あのうさぎ、どこかで見たような気がする。

ううん、うさぎを見た訳じゃない。
あれは、確か――。

考えている間に、そのうさぎは私に背を向けてしまった。
と、思ったら森の奥へと駆けていってしまう。
まるで私に逃げるように。

「待って!」

早すぎる足取りに、見失わないように私は夢中でそのうさぎを追いかけた。
生い茂る草むらの中、道もわからない私はただそのうさぎを追いかけることを考えていた。
時折ひょこひょこと草むらから除く白い耳を頼りになんとか見失わずに済んだ。

でも私、なんでこのうさぎを追いかけているんだろう。
ふと疑問に思ったものの、足を止めるつもりはなかった。

そしてしばらくうさぎとの追いかけっこを楽しんだ。

いつの間にか胸の痛みが無くなっていた。

こんなに走り周るのは何年ぶりだろう。
こんなに自分の事を忘れられるのは。

なんでだろう。
すごく楽しい。

疲れているはずなのに、それすら楽しくて面白くて。
ただずっとこのまま、どこまでも走っていってしまいたくなった。

あの人に会えるまで。
ずっと。

ふとそんなことを考えていた。

そう考えてすぐだったと思う。
今まで私から逃げていたうさぎが突然立ち止まった。
そして、踵を返すとなぜかこちらに向かってくる。

その急な方向転換に、不思議に思った私もうさぎに合わせる形で走るのをやめた。
そうして、思わず立ち止まった私の胸にそのうさぎは勢いよく飛びついた。

「わぁっ!」

小さくても飛んでくれば結構な重さになるわけで。
何とか捕まえ胸の前で抱きしめる。

「もう、いきなりどうしたの? なにか――――」

と言いかけたところで口を噤んだ。
何か音がする。
すごく嫌な予感のする音が。

まるで獰猛な獣の呻き声のようなものが聞こえ、辺りを見渡しながら聞き耳を立てた。
これは本当に野犬か何かかもしれない。

どうしよう。
私じゃ何もできない。

普通の貴族であればそんな動物なんぞに怯えはしないだろうが、私は違う。
だって魔法、全然使えないんだもの。

当たりを警戒しつつ、どうにかしてここから助かる方法を模索する。
できれば私たちに気づかずに素通りしてくれるといいんだけど。

胸に抱いたうさぎが小刻みに震えている。
うさぎの頭を優しく撫でながら、辺りを一層警戒した。

どうにか通り過ぎてほしいという私の願いも虚しく、それは姿を現した。

それは、全長3メートルはあろうかと言うほどの大きな狼だった。
その大きさに圧倒される。

四つ足で立っているはずなのに、私を超すほどの高さがある。
それに私を二口で飲み込みそうな大きな口にはギラギラと輝く犬歯が垣間見える。

いや、違う。
これは狼なんてものじゃない。

もっと、もっとまずいもの。

魔物だ。
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