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第4章
144.傷と治癒魔法
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10分くらい走っただろうか。
すでに涙は止まり、ただ彼の胸に顔を預け薄っすらと瞳を開けていた。
どうしてだろう。
視界がぼんやりして何も考えられない。
腕には力が入らず、だらんと脱力し、彼が体を揺らすたびにユラユラと揺れていた。
足の出血は尚も続いており、走ってきたところから点々と赤い印を残している。
どうにも頭が働かない私は、ただ彼の胸の暖かさと鼓動の心地よさに意識を預けていた。
そうして走っている振動を感じながら意識を手放しそうになったときだった。
彼が急に立ち止まった。
何かあったのかと、彼の表情を確認しようと顔を上げた。
ヴァリタスはきょろきょろと辺りを見渡すと、しばらくして何かを見つけたようで、先ほどと異なり、今度はゆっくりとした足取りで移動する。
大きな木の根のある場所まで来ると、そこに私を降ろした。
自然と後ろにある大きな根に、背中を預ける形になる。
彼は私の目の前でしゃがみ込むと、心配そうな顔で除きこんだ。
「すみませんエスティ。考え事をしていて、貴方の怪我に意識が及んでいませんでした」
怪我……?
何のことかわからず、返事ができない。
ヴェリタスは落ち込むように下を向いたため、つられるように私も目線を降ろした。
と、そこで先ほど足を攻撃されたことを思い出す。
見れば足には、複数の傷がつけられており、右足には深い傷が刻まれていた。
すでに血が固まり、あまり出血していないようだが、すごい量の血がべっとりと足に付着している。
「エスティ、とりあえず足を見せてください。すみません、捲りますよ」
そう言うと躊躇なくスカートを捲られた。
今更ながら自分の恰好が酷く乱れていることに気づいた。
うす桃色の薄着のワンピースだけだったため、はじめから肌の露出は多かったが、魔物にやられた所為であちらこちらが破けて悲惨な恰好になっている。
加えて容赦なく地面に叩きつけられたおかげで、あちこち泥だらけだ。
彼がワンピースを捲っても意識が朦朧としている私は、中身を見られることに恥じらいを感じることもなく、ただ茫然とその行為を見つめているだけだった。
だが、そんな私と違い、ヴァリタスは私の足の怪我を見ると眉を顰め顔を歪めた。
「僕はあまり治癒魔法が得意ではないんです。応急処置で申し訳ないですが、少しじっとしていてください。傷を塞ぎますから」
一番大きな傷に両手を当て、力を込める。
すると黄緑色の光が両手から漏れているのが見えた。
これが治癒魔法というものなのか。
はじめて見た。
しばらくしてそれが消え、彼が両手を放した。
彼が来たときから痛みは感じていなかったが、なんだか足が軽くなったような気がした。
続いて他の傷にも手を当て、動揺の魔法を掛けていく。
ここに移動するまでに、出血した血が固まってくれていたおかげで血はそこまで流れていなかったが、肉がむき出しのまま放っておけば殺菌が入ってしまう。
きっとそう考えて傷口を塞いでくれているのだろう。
お礼を言おうとして、彼の顔を見る。
すると、苦しそうに顔を歪めているのは相変わらずだったが、走った所為か大量の汗をかいているのが目に入った。
いや、これは走っただけの所為じゃない。
先ほど彼も言っていたが治癒魔法は相当高度な魔法なのだ。
それは使い勝手が難しのもあるが、単純に魔力の消費が激しいのも1つの理由としてある。
そのため、普段治癒魔法を行う医者は必ず魔法道具を使っているのだ。
それがない状況で魔法を使っていれば、いくら魔法の天才だろうと相当体力や魔力を消費しているはず。
しかも彼は先ほどまで魔物の戦っていたのだ。
私を守るために。
「……あの、疲れてませんか?」
「いえ、そんなことは。――っ!」
彼の事が心配で手を伸ばし頬に触れた。
魔力が無い私ができることなど、彼の身を案じるだけ。
それだけしかできないことに、自分の無力さを痛感するとともに悔しさを感じた。
頬を優しく撫でていると、彼の顔がみるみる紅潮していく。
その様子にますます心配になった。
もしかして熱でも出ているのではないだろうか。
確か、魔力の使い過ぎで体力が消耗すると熱を出す人がいると聞いたことがある。
このまま彼に魔法を使わせるわけにはいかなかった。
彼の体力が尽きてしまえば、彼の身だって危なくなる。
私の場合は半分くらい自業自得のところはあるから仕方ないまでも、彼は私を助けるためにこんな状態になってしまっているのだ。
せめて彼だけでも怪我も何もなく無事でいてもらわないと。
何とか自分を奮い立たせ、ぼんやりとした意識を覚醒させる。
それでも視界はぼやけていたが、何とか感覚の無い足に力を込める。
近くにあった木を掴むと、一層力を入れ、ふらつきながらもなんとか立ち上がった。
「な、なにしてっ⁈」
彼は焦っていたが、この行為を止めるつもりはなかった。
これ以上、彼に魔法を使わせるわけにはいかない。
そういう、意地があった。
「ほら、私はもう、大丈……」
しかし、立っていられるのもほんの少し、一瞬だけだった。
ふらりと頭が揺れ、足が縺れる。
倒れ込むことを覚悟し、自分のしたことを反省した。
「エスティっ!」
倒れる私を受け止め、肩をゆすり心配してくれる。
彼の胸に顔を埋めながら、自分の愚かさに泣きそうになった。
すでに涙は止まり、ただ彼の胸に顔を預け薄っすらと瞳を開けていた。
どうしてだろう。
視界がぼんやりして何も考えられない。
腕には力が入らず、だらんと脱力し、彼が体を揺らすたびにユラユラと揺れていた。
足の出血は尚も続いており、走ってきたところから点々と赤い印を残している。
どうにも頭が働かない私は、ただ彼の胸の暖かさと鼓動の心地よさに意識を預けていた。
そうして走っている振動を感じながら意識を手放しそうになったときだった。
彼が急に立ち止まった。
何かあったのかと、彼の表情を確認しようと顔を上げた。
ヴァリタスはきょろきょろと辺りを見渡すと、しばらくして何かを見つけたようで、先ほどと異なり、今度はゆっくりとした足取りで移動する。
大きな木の根のある場所まで来ると、そこに私を降ろした。
自然と後ろにある大きな根に、背中を預ける形になる。
彼は私の目の前でしゃがみ込むと、心配そうな顔で除きこんだ。
「すみませんエスティ。考え事をしていて、貴方の怪我に意識が及んでいませんでした」
怪我……?
何のことかわからず、返事ができない。
ヴェリタスは落ち込むように下を向いたため、つられるように私も目線を降ろした。
と、そこで先ほど足を攻撃されたことを思い出す。
見れば足には、複数の傷がつけられており、右足には深い傷が刻まれていた。
すでに血が固まり、あまり出血していないようだが、すごい量の血がべっとりと足に付着している。
「エスティ、とりあえず足を見せてください。すみません、捲りますよ」
そう言うと躊躇なくスカートを捲られた。
今更ながら自分の恰好が酷く乱れていることに気づいた。
うす桃色の薄着のワンピースだけだったため、はじめから肌の露出は多かったが、魔物にやられた所為であちらこちらが破けて悲惨な恰好になっている。
加えて容赦なく地面に叩きつけられたおかげで、あちこち泥だらけだ。
彼がワンピースを捲っても意識が朦朧としている私は、中身を見られることに恥じらいを感じることもなく、ただ茫然とその行為を見つめているだけだった。
だが、そんな私と違い、ヴァリタスは私の足の怪我を見ると眉を顰め顔を歪めた。
「僕はあまり治癒魔法が得意ではないんです。応急処置で申し訳ないですが、少しじっとしていてください。傷を塞ぎますから」
一番大きな傷に両手を当て、力を込める。
すると黄緑色の光が両手から漏れているのが見えた。
これが治癒魔法というものなのか。
はじめて見た。
しばらくしてそれが消え、彼が両手を放した。
彼が来たときから痛みは感じていなかったが、なんだか足が軽くなったような気がした。
続いて他の傷にも手を当て、動揺の魔法を掛けていく。
ここに移動するまでに、出血した血が固まってくれていたおかげで血はそこまで流れていなかったが、肉がむき出しのまま放っておけば殺菌が入ってしまう。
きっとそう考えて傷口を塞いでくれているのだろう。
お礼を言おうとして、彼の顔を見る。
すると、苦しそうに顔を歪めているのは相変わらずだったが、走った所為か大量の汗をかいているのが目に入った。
いや、これは走っただけの所為じゃない。
先ほど彼も言っていたが治癒魔法は相当高度な魔法なのだ。
それは使い勝手が難しのもあるが、単純に魔力の消費が激しいのも1つの理由としてある。
そのため、普段治癒魔法を行う医者は必ず魔法道具を使っているのだ。
それがない状況で魔法を使っていれば、いくら魔法の天才だろうと相当体力や魔力を消費しているはず。
しかも彼は先ほどまで魔物の戦っていたのだ。
私を守るために。
「……あの、疲れてませんか?」
「いえ、そんなことは。――っ!」
彼の事が心配で手を伸ばし頬に触れた。
魔力が無い私ができることなど、彼の身を案じるだけ。
それだけしかできないことに、自分の無力さを痛感するとともに悔しさを感じた。
頬を優しく撫でていると、彼の顔がみるみる紅潮していく。
その様子にますます心配になった。
もしかして熱でも出ているのではないだろうか。
確か、魔力の使い過ぎで体力が消耗すると熱を出す人がいると聞いたことがある。
このまま彼に魔法を使わせるわけにはいかなかった。
彼の体力が尽きてしまえば、彼の身だって危なくなる。
私の場合は半分くらい自業自得のところはあるから仕方ないまでも、彼は私を助けるためにこんな状態になってしまっているのだ。
せめて彼だけでも怪我も何もなく無事でいてもらわないと。
何とか自分を奮い立たせ、ぼんやりとした意識を覚醒させる。
それでも視界はぼやけていたが、何とか感覚の無い足に力を込める。
近くにあった木を掴むと、一層力を入れ、ふらつきながらもなんとか立ち上がった。
「な、なにしてっ⁈」
彼は焦っていたが、この行為を止めるつもりはなかった。
これ以上、彼に魔法を使わせるわけにはいかない。
そういう、意地があった。
「ほら、私はもう、大丈……」
しかし、立っていられるのもほんの少し、一瞬だけだった。
ふらりと頭が揺れ、足が縺れる。
倒れ込むことを覚悟し、自分のしたことを反省した。
「エスティっ!」
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彼の胸に顔を埋めながら、自分の愚かさに泣きそうになった。
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