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第4章

206.焦りと戒め

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「シルビアッ!」

ついこの間も同じようなことをしたが、こんなに頻繁にあの子が酷い目に遭うなんて。
しかし、今回は以前よりもっと大変な事態なのは確かだ。

使用人の1人にシルビアの居場所を聞くと、なぜか応接室にいると聞かされた。

急いでそちらへ向かう。

令嬢らしからぬ勢いで扉を思いっきり開ける。

目に入った部屋の中の惨劇に驚きのあまり絶句した。
テーブルの上にはガラスの破片やお菓子だったものが散乱している。
おそらくティーセットであったものは中身を溢し、テーブルや床を汚している。

さらに、カーテンや奥に設置しているソファまでも切り刻まれて酷い有様だ。

一体何をすればここまで部屋が汚されるのだろうか。

その部屋の中央。

椅子に座り下を向いて俯いてるシルビアがそこにいた。
傍にはシルビアに良く付いている使用人が肩を抱いて慰めている。

この部屋の惨劇には似合わず、全くの無傷でそこにいる彼女はまるで今ここにやってきたようで少しだけこの空間に浮いているように見えた。

しかしその顔に生気はない。

驚かせないようにそっと近づくとシルビアの顔を覗き込むようにしゃがみこむ。

「シルビア? 大丈夫?」

膝の上に乗せている彼女の両手にそっと触れる。
手が触れたことによりようやく私の存在に気付いたのか、ハッと目を見開いた。

「おねえ、さま……?」

呆けた声で呼ぶ姿がひどくやつれているように見える。
シャルロットに会ったことで、どれほどの苦痛を感じたのかを物語っているように。

「お帰りなさいお姉さま。今日は随分と遅いお帰りでしたのね……」

全く感情の籠らない声。
いつものシルビアのあの元気な声とは全く異なる声色に、彼女の味わったものを見せられているようだった。

それと同時にシルビアの放った一言が胸に突き刺さる。

おそらくシルビアにそんな気持ちはなかっただろう。
それでも、どうして今日に限って遅く帰ってきたのか。

そう責められているようで心が痛かった。

本当に。
どうして今日に限ってこんなに遅く帰ってきてしまったのだろう。

いつもの時間に帰っていれば、私も同席できただろうに。

シャルロットの暴走を止められなくとも、シルビアがここまで怯え、傷つくことなどなかったのではないだろうか。

「失礼ですがエスティお嬢様、シルビアお嬢様はシャルロット殿下とお会いして少しお疲れのようですので、こちらで失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」

私とシルビアの間に割って入ったのは、先ほどから彼女の傍に付いていた使用人だった。

「貴方は確か……、リエットだったかしら?」

シルビアをよく世話している人間だったから名前も覚えていた。
歳はミリアよりも少し上だろう。

私が幼い頃からこの屋敷にいるぐらいの使用人だ。

彼女の名前を確認した瞬間、私を強く睨み付けると恨めしそうな声で訴えた。

「私の名前など覚えるぐらいなら、少しでもシルビアお嬢様に優しさを向けられたらどうなのですか?!」

「リエット!!」

途端にシルビアが怒声を浴びせる。
ここまで怒りを表すのも珍しい。

おそらくそれは長年仕えているリエットも同じように感じたのだろう。
いや、怒声を浴びせられた張本人なのだからその衝撃は私よりも大きかったはず。

普段落ち着き払った彼女とは思えないほど、狼狽していた。

「お姉さまになんて口の利き方をするの。謝って」

「で、でも」

「早く謝りなさい!!」

その言葉に従うように、リエットは私に頭を下げる。
小さく呟くような謝罪の言葉はどこか戸惑いの感情が込められていた。

それに大丈夫だと声を掛けると、彼女は顔をあげた。
まだどこか不服そうな表情に少しだけ安堵した。

と、そこへシルビアの手が私の服の裾を掴む。
シルビアへと顔を向けると彼女は縋るように呟いた。

「お姉さま。私、お姉さまを絶対に裏切ったりしません。だから、お願い……」

シルビアの瞳には今にも涙が溢れそうだった。

「ずっと傍にいて」

そう言ってシルビアは両手を顔に当て体を小刻みに振るわせた。
彼女のか細い泣き声が聞こえた。

小さくなって泣いてしまう彼女に、私は胸を貸すことしかできない。

そっと頭を撫でると、せき止められたものが無くなったように今度は大声を上げて泣き始めた。
私の裾を強く掴み、悲痛に泣く彼女の体をそっと抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫だからね……」

慰めにもならない言葉。
今の私は非力すぎて、こんな事しかできない。

それが悔しくてどうにかなりそうだった。



早く、早くしなければ。

シルビアを寝かしつけた後、机に向かうと紙とペンを手に取る。

ベルフェリト家の紋章が入った綺麗な紙につらつらと文字をしたためていく。

綺麗な紙に恨みの文字を綴るのは少し気が引けたが、これもあの子を守るため。
そう思っている自分に気づき、ペンを止めた。

いいえ、駄目よ。

あの子を言い訳にしてはいけないわ。

ベッドの方へ顔を向ける。

酷く疲れたような顔で静かに眠っているシルビアを見る。

可哀そうな私の妹。

あの子は何も悪くない。

私の運命にこれ以上あの子を巻き込むわけにはいかないのだから。

だからこれも私のため。
私が傷つかないために勝手にしているだけ。

決してあの子の為ではない。

そう自分に言い聞かせ、祈るような気持ちでペンを走らせた。


どうか。
どうかうまくいきますように。

そう強く願いながら。
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