悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第5章

231.思わぬ助け

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 抵抗していた手を止め、放した。
まるで力の入らない腕はだらしなく揺れている。

このまま終わってしまえば楽になれるのかもしれない。
今まで辛かった記憶が走馬灯のように流れていく。

思えば前世の記憶を思い出してから、辛い事ばかりだった。
両親には嫌われ、人を信用することもできず、いつも疎外感を感じていた。

いつも寂しかった。

それでも前世を、リヴェリオを恨むことはできなかった。

彼は酷く寂しい人だった。
今の私よりもずっとずっと辛い思いをいくつもしていた。

それでも彼は笑っていた。

いつかわかりあえる日がくると信じていたのか、それとも元から強い人だったのか。
どうしてそこまでできたのか、私にはわからない。

けれど彼は誰も恨まないし、誰も憎まない。
ただひたすらに、全ての人を愛していた。

きっと彼だけは、本当の私を知っても好きになってくれる。
いつしか私はそう思っていた。
私の前世を知っても、受け止めてくれる人はいても好意を抱いてくれる人はいない。
そんな人はこの世には現れない。

だから私は彼が好きだったのだと思う。

閉じる世界で願うことがあるとすれば。
それはきっと。

彼に会いたい。

ただそれだけなのだろう。
絶対に叶わない願いに心の中で笑うしかできなかった。

徐々に暗くなる視界に、ぼんやりとヴァリタスが映る。

先ほどまで感情のない瞳を向けられていたのに、いつの間にか彼の目にはまたしても憎しみが込められていた。

ああ、私はまた彼に罪を着せてしまう。
それだけは、させたくなかったのに――――。

険しい目の前の顔に、いつの日か見た優しく笑うヴァリタスが重なる。

漆黒の髪に赤い瞳。
初めて見たとき、なんて綺麗なんだろうと思った。
なんて寂しい顔をする子なんだろうと。

隅にいた彼に声を掛けると、怯えた顔をしながらこちらを向いたあの日の彼を思い出す。

その時の事を考えると、彼はなんて立派になったのだろう。

よかった。

もう、1人で歩けるよね。

「バー、トン……」

わたしがいなくても、もう大丈夫なんだよね。

「ごめ、んね……」

そういって、微笑んだ。

最後まで貴方の王様になれなかったわたしを、貴方が許さなくても構わない。

ただ最後にこんなことをさせてしまった彼にどうしても謝りたかった。
あの時は謝れなかったから。

上手く笑えただろうか。
彼は私を、うまく殺せただろうか。

視界の先はもう闇しかなかった。


 しかし、その暗闇も一瞬にして砕け散った。
首を絞めていた力が緩み、手が放された。

すでに体の力が無くなっていた私はそのまま床に叩きつけられる。

遮られていた空気が一気に入り込み、ゲホゲホと咳き込んだ。

何が起こったのかわからず、顔を上げるが視界がぼんやりしてうまく見えない。

ただヴァリタスは右肩を手で押さえているということはわかった。
そこから血が滴り落ちている。
どうやら怪我をしているらしい。

いつの間にか結界は無くなっており、聖女様が私の背中をさすっている。

「な……に?」

やっと出た言葉は聞き取れないほど掠れて消えた。

ヴァリタスは部屋の扉を凝視し、鋭い視線を送っている。
そちらに目を向けると、何か黒いものがそこに立っている。

誰しもが沈黙している中、それは低い声でヴァリタスを名指しした。

「よぉ、最低最悪の騎士王さま」

その声に聞き覚えがあった。

「黒龍……?」

以前白龍と対面したときに

「黒龍。なぜ貴方がこんなところに……」
「はっ、馬鹿かお前。俺が主様の危機に駆け付けないわけないだろ」

そういうと一瞬にして私の目の前に黒龍が現れる。
しゃがみこみ私の顔を覗き込む彼の顔は申し訳なさそうに歪んでいた。

「遅くなってごめんね……」

どうして彼が謝るのだろう。

辛そうな彼の顔が見ていられなくて慰めの言葉を掛けたかったのに、咳き込んでしまって何も言えなかった。

「貴方がこの国を守っているのは、自身の主の不甲斐なさを嘆いてのことだと思っていたのですが」

痛みで顔を歪めたヴァリタスが黒龍に投げかける。
黒龍はその言葉を冷たくあしらった。

「あんなしょうもない奴の魔法にかかって何も見えなくなった人間が治める国に、守る価値なんてあるかよ」

ヴァリタスの方を少しも見ずに告げる。

黒龍はスッと私の首に手をやると、何かの魔法を発動させた。
優しい光が首を包み、暖かさを感じると同時に痛みが消えていく。

光が消える頃にはもう何ともなくなっていた。

「あ、ありがとう」

お礼を言うと黒龍は嬉しそうに笑った。
黒龍はスッと立ち上がるとヴァリタスを睨みつけた。

「俺はただ、主様が願ったからこの国を守っているだけ。仕えるべき主を殺した挙句、王様になっても4年かそこらでその役目を放り投げたお前なんかのためじゃない」
「なっ」

どうやら痛いところを突かれたらしい。
ヴァリタスはばつの悪い顔をしながら顔を逸らした。

「挙句また主様を殺そうとするなんて。お前、何のために生まれたんだ?」

その言葉に違和感を覚える。
どうして黒龍はそんなことをヴァリタスに聞いたのだろう。

生れてきた意味なんて、誰もわからないはずなのに。

「なんのためにって……。そもそも生まれてきた意味など誰もわからないものだろう?」

半分馬鹿にしたような言い方でヴァリタスは答える。
すると黒龍は鼻で笑った。
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