243 / 339
第5章
238.まだ逃げられない
しおりを挟む
音の発信源であるシリウスに目を向ける。突然テーブルに勢いよく両手を叩きつけたため、驚きのあまり固まってしまった。
何か勘に触るような事したのかしら。彼女の顔を伺ってみようかと思ったが、聖女様の方を向いているため私からは見えなかった。
ただ、相当怒っているということだけは彼女の発する雰囲気から容易に感じとれた。
「おっと、ここまで話すつもりはありませんでした」
ピリ付いた空気の中、全く空気の読めない聖女様はなんでもなかったように笑っている。
失敬失敬と笑顔で繰り返している様子はまるで反省の色が見えない。
今の完全に聖女様に向けたものだったのに、どうしてこんなに平然としてられるんだろう。しかも相手は白龍だ。人間が相手にできるような存在じゃない。
もし逆鱗に触れれば、私たちの命など簡単に奪われるのに。
一瞬、聖女様の内心を考えてみたが今の変人な彼女の事を理解しようとすること自体が間違っているのかもしれない。
「それでどうです? 前世の身内だということも分かった事ですし、私たちと一緒に楽しい楽しい教会ライフを過ごしませんか? 貴方が来てくださるなら、私たちはどんな願いも叶えて差し上げますよ~」
笑顔で両手をひらひらと揺らしながら歓迎モードの聖女様。
最後の一文が何とも魅力的だ。
けれど、頷くことはできなかった。
昨日までの私であれば受け入れていたかもしれない。
しかし、私の正体がヴァリタスにバレてしまった以上彼から逃げるわけにはいかないだろう。
……いいえ、きっと今日の事が無くても私は頷かなかっただろう。
そもそも、ベルフェリト家に生まれ第2王子と婚約関係にある以上それを破棄されるまでは蒸発するわけにはいかない。もしそんなことをしてしまえばベルフェリト家に多大なる迷惑を掛けてしまうのだ。つまりそのしわ寄せがお兄様やシルビアにいってしまうということ。
それに、今のタイミングで私を教会に迎い入れてしまえばヴァリタスがどう思うだろう。
もっと言えばベリエル殿下は?
次期国王である彼が、私に対して不信感を抱いたまま教会に逃げ込んでしまえば一体どうみられるだろう。
教会からすれば危険人物を保護したと主張して乗り切ろうとしているのかもしれないが、この国はそこまで甘くない。
いくら教会の影響力が強いといっても、危険思想を持った人間を教会に預けたまま放っておくなどということはしないだろう。それは危険物を見て見ぬふりをすることと似たようなものなのだから。
ベリエル殿下とはそれなりに付き合いが長く、そこそこ情もあると思う。しかし国王という立場であるならば、知人だからといって見逃すなどということはするべきではないし、決してしてほしくない。
それに今日のヴァリタスの様子を見るに、私に対し相当恨みをつのらせている。
教会に逃げ込んだとしても、彼が私をそのまま放っておくような気は全くしなかった。
もしかしたら乗り込んでくるかもしれない。
詰まるところ、私はヴァリタスとちゃんと決着をつけないことにはどこにも逃げられないのである。
ならば聖女様への答えは一つだけだ。
「申し訳ありません、聖女様。ご提案は大変うれしいのですが、私はその言葉に頷くことはできません」
微笑みを返すことしかできなかった。
ただ、それだけしか私にはできない。
ここまで来て誘ってくるのだから、食い下がってくると思っていた。
しかし聖女様は私に微笑むだけで何も言わなかった。
その柔らかな雰囲気に諭される。
ああ、聖女様はきっとわかってる。
私が頷かない理由を。
そして、聖女様はその理由を求めていない。
彼女の優しさに酷く安心した。
「お嬢様は本当にそれでよろしいのですか?」
「……ミリア」
いつの間にか、扉の近くにミリアが立っていた。
ティーセットを両手に目を見開いき驚愕の色を示している。
「どうして断るのですか? 教会に保護してもらえば、この苦しい世界から解放されるかもしれないのに。どうして?」
一見、私を理解できないように責め立てているように見える。
しかし彼女が向ける視線は、まるで救いを求めて縋っているようなものだった。
ミリアは当事者でもないのに。
優しい彼女は私の幸せを願いすぎなのだ。ただ、彼女は分かっていない。貴族には生まれた瞬間から自分の存在に責任を持たなければいけないということに。
その願いを叶えた後の事まで、ちゃんと考えなきゃいけないのよ。
「ミリア。私はね、自分だけが幸せになりたいと思っているわ。でも、その所為で誰かが不幸になるのはやっぱり見過ごせないの。覚悟が足りないと言われれば、その通りなのだけど」
どう言えば良いんだろう。
どうすれば、ミリアが傷つかないように私の気持ちを伝えられるのだろう。
「でもそれだって、自分が後になって思い返したとき気分が悪くなるのが嫌だからなのだと思うわ」
私の所為で不幸になる人がいた、願いが叶っても素直に喜べない。
それじゃあ叶える意味なんてないから。
結局は自分のために、私は選択したの。
だからそんな顔しないで……。
何か勘に触るような事したのかしら。彼女の顔を伺ってみようかと思ったが、聖女様の方を向いているため私からは見えなかった。
ただ、相当怒っているということだけは彼女の発する雰囲気から容易に感じとれた。
「おっと、ここまで話すつもりはありませんでした」
ピリ付いた空気の中、全く空気の読めない聖女様はなんでもなかったように笑っている。
失敬失敬と笑顔で繰り返している様子はまるで反省の色が見えない。
今の完全に聖女様に向けたものだったのに、どうしてこんなに平然としてられるんだろう。しかも相手は白龍だ。人間が相手にできるような存在じゃない。
もし逆鱗に触れれば、私たちの命など簡単に奪われるのに。
一瞬、聖女様の内心を考えてみたが今の変人な彼女の事を理解しようとすること自体が間違っているのかもしれない。
「それでどうです? 前世の身内だということも分かった事ですし、私たちと一緒に楽しい楽しい教会ライフを過ごしませんか? 貴方が来てくださるなら、私たちはどんな願いも叶えて差し上げますよ~」
笑顔で両手をひらひらと揺らしながら歓迎モードの聖女様。
最後の一文が何とも魅力的だ。
けれど、頷くことはできなかった。
昨日までの私であれば受け入れていたかもしれない。
しかし、私の正体がヴァリタスにバレてしまった以上彼から逃げるわけにはいかないだろう。
……いいえ、きっと今日の事が無くても私は頷かなかっただろう。
そもそも、ベルフェリト家に生まれ第2王子と婚約関係にある以上それを破棄されるまでは蒸発するわけにはいかない。もしそんなことをしてしまえばベルフェリト家に多大なる迷惑を掛けてしまうのだ。つまりそのしわ寄せがお兄様やシルビアにいってしまうということ。
それに、今のタイミングで私を教会に迎い入れてしまえばヴァリタスがどう思うだろう。
もっと言えばベリエル殿下は?
次期国王である彼が、私に対して不信感を抱いたまま教会に逃げ込んでしまえば一体どうみられるだろう。
教会からすれば危険人物を保護したと主張して乗り切ろうとしているのかもしれないが、この国はそこまで甘くない。
いくら教会の影響力が強いといっても、危険思想を持った人間を教会に預けたまま放っておくなどということはしないだろう。それは危険物を見て見ぬふりをすることと似たようなものなのだから。
ベリエル殿下とはそれなりに付き合いが長く、そこそこ情もあると思う。しかし国王という立場であるならば、知人だからといって見逃すなどということはするべきではないし、決してしてほしくない。
それに今日のヴァリタスの様子を見るに、私に対し相当恨みをつのらせている。
教会に逃げ込んだとしても、彼が私をそのまま放っておくような気は全くしなかった。
もしかしたら乗り込んでくるかもしれない。
詰まるところ、私はヴァリタスとちゃんと決着をつけないことにはどこにも逃げられないのである。
ならば聖女様への答えは一つだけだ。
「申し訳ありません、聖女様。ご提案は大変うれしいのですが、私はその言葉に頷くことはできません」
微笑みを返すことしかできなかった。
ただ、それだけしか私にはできない。
ここまで来て誘ってくるのだから、食い下がってくると思っていた。
しかし聖女様は私に微笑むだけで何も言わなかった。
その柔らかな雰囲気に諭される。
ああ、聖女様はきっとわかってる。
私が頷かない理由を。
そして、聖女様はその理由を求めていない。
彼女の優しさに酷く安心した。
「お嬢様は本当にそれでよろしいのですか?」
「……ミリア」
いつの間にか、扉の近くにミリアが立っていた。
ティーセットを両手に目を見開いき驚愕の色を示している。
「どうして断るのですか? 教会に保護してもらえば、この苦しい世界から解放されるかもしれないのに。どうして?」
一見、私を理解できないように責め立てているように見える。
しかし彼女が向ける視線は、まるで救いを求めて縋っているようなものだった。
ミリアは当事者でもないのに。
優しい彼女は私の幸せを願いすぎなのだ。ただ、彼女は分かっていない。貴族には生まれた瞬間から自分の存在に責任を持たなければいけないということに。
その願いを叶えた後の事まで、ちゃんと考えなきゃいけないのよ。
「ミリア。私はね、自分だけが幸せになりたいと思っているわ。でも、その所為で誰かが不幸になるのはやっぱり見過ごせないの。覚悟が足りないと言われれば、その通りなのだけど」
どう言えば良いんだろう。
どうすれば、ミリアが傷つかないように私の気持ちを伝えられるのだろう。
「でもそれだって、自分が後になって思い返したとき気分が悪くなるのが嫌だからなのだと思うわ」
私の所為で不幸になる人がいた、願いが叶っても素直に喜べない。
それじゃあ叶える意味なんてないから。
結局は自分のために、私は選択したの。
だからそんな顔しないで……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
207
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる