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第5章

252.愛しき友へ

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「今日はありがとうございました。お話ができて、とても嬉しかったです」

満面の笑みを浮かべる姿は、私の知っているいつもの彼女だった。

まるで今までのいざこざがなかったみたい。
でもきっと、明日学院で会った時は赤の他人のように接するのだろう。

そう思うと、もうこうして話すことなどできないような気がした。

ああ、だから彼女はこんなに喜んでいるのかもしれない。

「ねぇセイラ様。貴方の願いって、幸せってなんだったの?」

なぜ、そんな事を聞いたのか。
分からないけれど、知る必要があるように思った。

静かに振り向く彼女の髪がふわふわと揺れている。
彼女の世界は優しさだけでできているように見えた。
おそらくそれは、彼女の纏う空気がそう思わせているのだろう。

それが偽りなのだと、今は知っているのに。

「ふふ。前にも同じような事を言いましたね」

優しく受け止める彼女の中には仄かに恨みが見える。
小さく、意地悪でもされたような可愛らしい恨み事が。

「私の幸せは貴方と同じ時間に居られる。ただそれだけで十分なのだと」
「ああ、そうだったね」

そう。
いつの日か彼女の口から聞いた言葉。
あの時と同じもの。

彼女と別れる、最後に言ってくれた言葉。

「ありがとう、レイリー。貴方に愛してもらえて、わたしはきっと幸せだった」

夜の帳が下りた時、彼女はわたしに手を振った。
それが最後だと、わたしは知っていながらまた会えると呟いた。

その時笑った彼女の顔を私はいつから覚えていたのだろう。

「ふふ、本当に私の王様は鈍感なのですから」

目じりの涙は見なかったことにした。
彼女はいつだって、私に笑顔しか見せなかったから。


   ***

 冷え込んだ空気が私の胸を劈く。肺に送り込むだけでここまで胸を締め付けるなんて、冬はなんて罪深いのだろう。

昨日出かけたときはそんなに寒くなかったはずなのに、どうして季節って突然やってくるのかしら。

少し憂鬱になりながらも、いつものように時計塔へと急いだ。

とはいえ、どうせもう誰もいやしないのだけど。
土曜日にシリウスが本当は人ではなく白龍なのだという事が分かった。
どうやら私の様子を観察するようにと聖女様から命令を受けていたようだ。

でも、それも私に正体がバレたことで終わりとなってしまった。
彼女は聖女様と共に教会へと帰った。

きっと私は彼女が消えるのが嫌で、言い出せなかったのだと思う。

この憂鬱な気分だって、本当は冬の所為じゃないのに。

扉を開け、2階へと足を運ぶ。
どうせ1人なのだからもう少し図書室でゆっくりしていても良かったのかもしれない。

「あら、エスティ様。今日はいつもより早いですね」

窓から流れる冷たい風に揺られた髪が彼女の美しさを際立たせている。
凛と澄んだ声が私に衝撃を与えた。

「⁈」

あ、あれ?
な、なんで?

「ど、どうしてシリウスがここにいるの?」
「? いちゃいけませんか?」

きょとんとした顔を向けられてしまった。

いや、いけないってことはないけど……。
だって聖女様がいないのに、シリウスがいる理由が無いじゃない。

「貴方、聖女様と一緒に帰ったんじゃないの?」
「帰る? 何を言っているのかわかりませんが、私の帰る場所は彼女の傍ではありませんよ」

ええ~?

だって聖女様のいう事聞いてたじゃない。
それなら、彼女と一緒に行動しているのかと思うのは至極当然な事だと思うけど。

あれ? 私が間違ってるの?

「聖女様と契約していないのはわかっていたけど、彼女に懐いていたからてっきり……」

「懐いていた? 莫迦なことを」

鼻で笑っているけど、少しだけ機嫌が悪くなっている。
伏し目がちな彼女の表情は私からではうまく見えなかったけど、声に険があった。

以前までは龍だと思っていなかったからそんなに気にしていなかったけど、龍って基本気性が荒めなのよね。不機嫌になられるとちょっと緊張しちゃう。

「私はただ、彼女の言う通りにすれば貴方の傍にいられると聞いた。だから彼女を利用したまで。私の本来の目的は貴方を守ることなのです」
「私を、守る?」

守るって一体何から?
それにどうして私を守ろうとするの?

契約した黒龍じゃあるまいし、理由がない。

「白龍は本来、人間と交流を持つことを良しとしていない。それがなぜか、貴方はご存じですか?」
「え? 理由があるの?」

てっきり人という存在が嫌いだからだと思ってた。
そういう気性みたいなものって、動物にはありそうじゃない?

でも白龍の様子から察するに、そういう事ではないみたいなのよねぇ。

「う~ん。なんだろう。多種間と交流すると、生態系が乱れるとかそういう話?」
「いいえ、違います」

人差し指をピンと伸ばされ、きっぱりと否定されてしまった。
いや、こんな問題わかるわけないじゃない。
私、龍専門の博士とかじゃないのよ?

だからそんなはっきり言わなくてもよくない?
ちょっと傷ついちゃう。

「じゃあ、一体どうして?」

急かすように彼女に詰め寄ると、少し嬉しそうに口角を上げた。
うん、シリウスって案外ちょろいのかもしれない。
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