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1章 幼少期編 I

13-1.離宮工房 1

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果報は寝て待てと申します(日本では)

実際にお昼寝から起きたら、離宮の準備が整ったとの嬉しい知らせが届きました。

リボンくんが迎えに来てくれて、離宮まで手をつないでエスコートしてくれるというオマケ付きです。



☆…☆…☆…☆…☆



王城の敷地を含む「王政区」─総じて”城”とも呼ばれる─…は、人工川に囲まれた浮島のような形をしていると聞いている。

全体像はまったくわからないけど、城の建物などは広大な敷地のほんのちょびっとの面積らしい。

きっと騎士団の訓練場とか、魔法の実験場とか、もろもろのファンタジーな物件がたくさん点在しているに違いない。
この間伺った魔導部の事務棟も大きな建物だったし、ワーナー先生にお願いして遊…見学させてもらった薬草課の調合棟も別の建物だったし。
くすくすくす……その調合棟は事務棟の裏手にあるのだけど、薬草園にぐるりと囲まれた中心にポツンと建っているのです。これは理由がわかると誰でも笑うと思う。だって独特のニオイが漂っているのだもの……臭くはなかったよ。いい匂いでもなかったけど。

見学と言えば、アルベール兄さまの執務室には、やっぱりお許しが出なくてまだ行けていない。当分は無理そうだ。残念。
でもまぁ、いいのだ。今こうして、リボンくんと手を繋いで離宮に向かっているのだもの。ララ~ン♪


お散歩気分で向かっている離宮は、王宮の庭園を突っ切った先にあるらしい。

到着した。

今までの私の世界は狭かったのだと気づいた瞬間だった。
目の前にそびえ立つ高い生垣が庭園(=王宮)の終わりだと思っていたのだ。
まさかその向こうに建物があったとは気づきもしなかった。しかも、すごくわかりやすい門まである。庭園のあちこちを探検し尽くしたつもりだった3歳児の目は、節穴だらけだったということだ。地味にショックだった。

リボンくんが槍門の鍵をカチャリと開ける。
背の高い草が蔓延っているので、ここからはまだ建物は見えない。
リボンくんに手を引かれて、獣道のような草のトンネルに足を踏み入れる。

草しか見えない! ドキワクだ! 冒険が始まりそう!


───あっという間に抜けちゃった。


開墾途中らしき荒れた場所に出た。
そこには整地している男たちが大勢いて、私たちに気付くと微妙に並んで頭を下げてくる。
彼らの足元にまとめられている刈られた枝木の残骸は……花の時期は終わっているけど、たぶん、薔薇の木ね。

作業を続けるようにリボンくんが合図を送ると、男たちは再び根っことの格闘を始めた。
私たちはそれを横目で見ながら中道を通り過ぎる。

花園だったと思われる庭が更地になろうとしている。私は思わず手を合わせた……合わせようとしたけどリボンくんと手を繋いでいるので、片手で『ごめんよ』のポーズになった。

薔薇の精霊たち。これからそこは芋畑になるの。芋の精霊を悪く思わないでね。迷わず成仏(?)してください。

そんな私の姿を見たリボンくんは、繋いでいる手をキュッと握ってくれた。

「子供の頃に聞いたことがあります。植物や小さな生き物は、人の少しの想いだけで全てを受け入れてくれるのだと……姫さまのお気持ちも届いているはずですよ」

「……そうかな」

「ええ、きっと」

そう言って、リボンくんは優しく笑ってくれた。




進む中道の先にあるのは、離宮と呼んでいる二階建ての豪邸だ。

屋根にも窓があるから、屋根裏を入れたら三階建てなのかな?

(……屋根裏か。ワクワクする響きね。ふたたび冒険の予感!)

その前に外観を堪能しよう。

ベージュ色が基本の石造りと、白い石膏のような凝った彫刻入りの塗り壁が半々。
お洒落な格子窓が並んで、バルコニーはパーティが開けそうなくらい広そうで、もうもう、まるでイタリアの億万長者が暮らすような豪奢さなのだ。
イタリアじゃなくて南フランス? イスタンブール?……どこでもいいか。とにかく乙女心がくすぐられる、ヨーロピアンなスタイリッシュ豪邸なのである。

1階向かって左には憧れのテラスがあるね。
右側には東屋があって良く見えないけど、奥まで部屋が続いているはず。
中心にはガラスとアイアンで出来ているお洒落な両開き扉があって『お帰りなさいませ』ってセバスチャンが迎えてくれそうな雰囲気だ。
きっと扉を開けたその先には吹き抜けの玄関ホールがあって、ロマンチックな曲線の階段から降りてくるドレス姿の貴婦人が……あぁ、妄想が止まらない。

「こちらは先々代の王太后さまが過ごされた宮でございます。姫さまの曾祖母さまにあたる方ですね。建てられてからまだ40年ほどですから、新しくてきれいですね」

リボンくんの感覚では、40年前の建物は新しいのか。

でも離宮を見たら、王城周辺が古ぼけて思えてくるのもまた事実。
歴史があると言えば聞こえはいいが、蔦が這ってもっさりしていたり、苔が生えてたりしていて外観がいまいちなのだ。内装はそんなことないんだけどね。

「おうじょうは、なんねんまえに、できたのですか?」

「763年と3ヶ月前…(細かいね)…ティストーム建国の年に建設が始まりました。王城は完成に8年ほどかかったと言われておりますね。長い歴史がありますから、伝説や不思議な話もたくさん伝わっておりますよ」

へぇ、伝説かぁ。

「………」

───伝説。

乙女ゲームのプロローグが伝説になってたらやだなぁ……


《秘密の国の秘密の恋》……………………

激しい戦闘のアニメーションが流れて、
『西大陸を蹂躙していた”魔王”との戦いは終わった』…と、文字語りが始まる。

戦士たちはそれぞれの故郷に帰っていったとかなんとか。故郷を失った者たちが集って建国されたのが『ティストーム王国』なのだとかなんとか。

……ほにゃららと続いて、ティストームの若き初代王(当然イケメン)の憂い顔がアップされる。
共に戦い、支えあってきた愛する聖女の命が尽きようとしているのだ。

『泣かないで……私たちは、また…出会うことができるから……』

聖女は予言めいた言葉を震える唇にのせた。

そして儚く微笑み、恋人の頬を伝う涙を細い指でたどると……ぱたりと手が落ちるお馴染みのアレをして、お亡くなりあそばした。
なぜ死んでしまったのかは興味がなかったので不明だ。

そんな恋人同士の悲しい別れのシーンが緩やかにフェードアウトし、タイトルが、タイトルが……あぁ、そういえばサブタイトルが『~聖女の帰還~』だったよ……つまらないことを思い出してしまった。


それで転生した聖女が再びティストームの地を踏むと、ゲームが始まっちゃうのですよ。


攻略対象の王子たちは『ティストーム初代王の子孫』である。
───初代王妃は聖女ではありません。

初代王の魂は『子孫たちに受け継がれている』とされている。
───どんだけ小分けされた魂なの?

ティストーム王家の男子は『全員聖女の恋人候補』である。
───女子は?

逆ハーレムありきの、とんでも設定である。
───…そうだね。


何かを待っている素振りの王子はうちにはいませんよ~。
自分が聖女だったと思うのは勘違いですよ~。
大人しく出生国で人生を全うしてくださ~い。


あ~、本当だったら入国制限とか予防策を立てておきたい。
だけどヒロインの情報が少なすぎて困っている。

まずヒロインの出身国の設定がない。
名前も任意でつけられるシステムだったから事前に探しようもない。
わかるのは『ピンク頭の美少女』ということだけ。

(ピンクの髪……ありえるのだろうか)


なんにせよ、ヒロインがティストームに来るのは……え~と、ベール兄さまが年下ポジションだから、恋が芽生えそうな12~13歳になってからよね……最短で5~6年先というところか。
うん、まだ時間はある。お父さまに相談して、なにかしらの準備はしておこう。

……………………………………………………



「来たな、シュシューア」

アルベール兄さま! 今日は乗馬服なのね! 素敵!

「水場は裏だ。こちらから行った方が早い」

そう言うとクルリと背を向けて建物の脇に消えていった。
今日もせかせか……いえ、忙しそうですね。





………続く
………………………………………………
加筆修正したら長くなってしまったので
2話に分割しました。
………………………………………………
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