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1章 幼少期編 I
15.離宮工房で秘密会議
しおりを挟む離宮の二階にて────
アルベール商会の仮事務所には机などない。
他の部屋にあったと思われる同じ高さの飾りテーブルを並べて、ばらばらの椅子が用意されているだけである。
先ほどの藁紙1号は不揃いの羊皮紙の上に置かれた(試し書きだらけだけど裏を使う)
次に、今後作られる藁紙は離宮の外に持ち出さないようにと、私にだけ念が押された──…解せぬ。
暫くして、リボンくんが入れてくれたお茶が並べられる。
作法通り一口飲む。
秘密会議が始まります。
──…え? リボンくんは控室で待機? そんな!
☆…☆…☆…☆…☆
「藁紙の販売はまだ考えていないが、植物で紙ができることは証明された。よくやったな、シュシューア」
──…きゃ~ん、アルベール兄さまに褒められちゃった。
「ルベールから報告を受けた枝木の手配も済んでいるから、届いたら続けて挑戦してみなさい。それが上手くいけば砂糖の資金が作れるかもしれないぞ」
──…あ、砂糖。
「で? 植物図鑑の中に、鼻血を出すほどの発見があったそうだが?」
──…それ。
ルベール兄さまは、そっとハンカチーフを取り出した。
「……おさとう、です」
まだ冷静です。鼻血は出ません。
「おしろのちゅうぼうにあった、おさとうは、あたたかいくにの、とてもながいしょくぶつから、できていませんか?」
「黍のことだな。南大陸の独占植物だ。だから高い」
「さむいとちでもそだつ、さとうをつくれるやさいがあります。ワーナーせんせいにみせてもらったずかんに、にたものがありました。たべると、すこしあまいですが、あとあじがわるくて、あおくさいのがとくちょうです」
ミネバ副会長が不揃いな羊皮紙を取り出したから、私は急いでアルベール兄さまの膝によじ登る。
だって子供用の椅子がないんだも~ん。離宮にはずっとなくていいね。お膝オンリーでお願いします。
……で、描いてみた。蕪みたいなの。これ『甜菜』ね。北海道名産の。
「あぁ、図鑑にあったね。これで鼻血出したんだ」
ルベール兄さまは、まだハンカチーフを構えている。そして私の鼻を見ている。
「本当に砂糖が出来たら、大儲けだな」
アルベール兄さまの顔が怖くなっていない。信じてませんね……藁紙の実績どこ行った。
「甜菜がみつかれば、できますよ」
「見つかれば、だな」
そうだった。
「う~ん。なかったら……」
「無かったら?」
「……つぎのてが」
「次の手?」
「……わたくしは、さとうのくにのひとに、あんさつされるかも、しれません」
「そういう事は作ってから言いなさい」
麦はある。
図鑑に、お米もあったね。
麦もやし……発芽させるのに温度調節が必要か。
「おんどをはかる、どうぐはありますか?」
「ある」
「おなじおんどにしておく、いれものはありますか?」
「なんだそれは」
──…保温機ですが、翻訳できませぬ。
「………会長」
ミネバ副会長が、厳しい顔つきで軽く手を上げる。
「ありますが、大変珍しい魔導具です。貸し出しにも応じてもらえるかどうか……」
「誰の所有だ?」
「所有は国……ですかね。薬草課に調剤用として一具あります。販売の有無は後程確認してみますが、高価だと思われますので、購入せずに借りる方向で交渉を進めてください」
ミネバ副会長の言葉に、アルベール兄さまは呻きだした。
──…あれ、雲行きが怪しくなってきたな。
「シュシューア、その魔導具で何をどうするつもりだ?」
「んと、むぎと、おこめで、水飴をつくります。おんどをはかるどうぐだけでも、なんとかなるかもしれませんが……あ~、でも、フワフワのパンをつくるときに、つかいたいなぁ~。ゼルドラまどうしちょうが、きっと、おおよろこびすると、おもいます」
「ミズアメとは何だ?」
──…あ、水飴、日本語だったね。
「……おさとうがとけて、かたまったら、アメというおかし。ミズはおみず。おみずのアメは……はちみつみたいな、とろ~り」
「甘い樹液のようなものか……あぁ、砂糖より高価だからあきらめろ」
──…さらば、メープルシロップ(泣)
「しかし、そうか、なるほど……麦と家畜の餌で、甘液が……」
アルベール兄さまの顔は、まだ黒くなっていない。
──…もうちょっと押しておこう。薬草課で役立つような何かをでっちあげて……
「……にがいくすりを、のみやすくする、けんきゅうに、きょうりょくする、といって、かしてもらいましょう」
「シュシュ~、兄上みたいにならないで~」
アルベール兄さまより先に、私の方が黒くなっていたらしい。
「いや、いけるぞ。国のものは国王陛下のものだ。父上の理解を得られれば……ちっ、離宮を融通していただいたばかりだった。さすがに無理か? しかし甘液だぞ? ほぼ無料で……」
──…うんうん、あきらめないでください。
「うそなき、する?」
「シュシュ~!?」
ルベール兄さまの目が潤んできた──…はい、もう黒くなりません。だから泣かないで、マイブラザー。
「地味ですが、真摯に要望書を提出しましょう。”苦薬のための甘液の製法” を添付して」
ミネバ副会長は、そう言い終わらないうちに書類入れから真新しい羊皮紙を出す。
そして、アルベール兄さまの「そうだな」と同時に羽ペンを走らせた。
「惜しいが独占は無理か。商会ごと潰されたらかなわんしな」
私の背中に当たるアルベール兄さまのお腹が膨らんで、シュゥと萎む。ため息をついたのだ。なるほど。アルベール兄さまのため息は複式なのだな。
「兄上、商会が潰されるとはどういうことですか?」
ルベール兄さまは、やっと鼻血用ハンカチーフをしまった。
「やりすぎると、国営にされるという事だ。そういう部分での父上は厳しいぞ。南大陸からの圧力から守ると言う意味もあるだろうが……」
「南大陸より、砂糖で利鞘を得ている船舶ギルドの方が厄介ではありませんか?」
「………無論それもある」
あれ、アルベール兄さまの顔が面倒くさそうになってない?
甜菜の話がなくなりそう。プッシュしなくては。
「甜菜がみつかったら、きたのほうのりょうちの、たすけにならないですか?」
「その野菜のことは忘れろ。家畜の餌で甘液が作れるのなら必要ない」
「え~。せっかく、おぼえていたのに」
「まぁまぁ、ワーナー魔導士にテンサイの確認をしてみますよ。発見出来たら話が早いでしょう?」
「それはそうだが……仕方ない(うわぁ、凄く嫌そう)野菜糖と穀物糖の同時進行で行くか。紙と、もう一つの家畜の餌…芋だったな。シュシューア、庭の畑は商会でも使うから芋用には端を使いなさい。それと井戸と火打石の件はそのうちにな。藁紙に描きためておくように」
「はいっ」
では解散!
声に出していないのに、この雰囲気出すの、アルベール兄さま上手いな。
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