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1章 幼少期編 I
35.作り置きがなくなった1
しおりを挟むワーナー先生が文字の教材を用意してくれた。
あれですよ、子供用のひらがな表『あ…あり/い…いぬ/う…うさぎ』みたいな絵つきのやつ。
「今日は、これを見ながら文字の練習をしましょう」
机に用意されているのは藁紙と細筆……私が離宮で使っているものだ。
「植物紙の試作を回して下さいました。羊皮紙と違って気軽に覚書きなどに使えるので助かっています」
つるんの木を教えてくれた人が紙事情を知らないはずはないか。
「あぁ、王女殿下、これを忘れていました」
てるてるマント…… 誰が持ってきたの?
☆…☆…☆…☆…☆
来るときは侍女長が付き添ってくれて、迎えに来てくれたのはベール兄さまだった。
ベール兄さまは、この時間はいつも授業を受けているので離宮エスコートは初めてだ。
嬉しいな~、何して遊ぼうかな~、かくれんぼはどうだろう?
「遊ばないぞ」
なんで!?
「知ってるぞ。今日は豆乳バターを作るんだろ?」
「う~、チギラりょうり人に作ってもらいながら、あそびましょ~。りきゅうの2かいで、かくれんぼしたら、ぜったいに楽しいの」
「うっ、二階か。二階にはまだ見てない部屋が……でも、今日は無理。文句言うな。今日は無理なんだ。工房に行けばわかるからっ」
◇…◇…◇
お兄さまの言う通り、工房は凄いことになっていた。
二階に置いてあったはずの書類が、なぜ工房の作業台に広げられているのでしょうか。しかも、ぐちゃぐちゃ。
アルベール兄さまはミネバ副会長が次々出してくる書類にサインして、ランド職人長にアレコレ質問しては別の書類にバリバリ書き込んでいる。
その隣でルベール兄さまは、自分で書いたメモをバラバラにして『無い、無い』唸っている。
チギラ料理人は端っこで混合具をポコンポコン。
「あったーっ! 依頼した冒険者の名前!」
一枚の紙切れをうず高く掲げるルベール兄さま。
「兄上、冒険者ギルドに行ってきます!」
「任せたぞ!」
「了解です!」
ルベール兄さまは上着を肩にかけると工房の裏口から走って出て行った。
『シュシュ~、偉いよ~、よくやったね~』と、遠くから聞こえた。
「アルベール殿下、陛下がお会いくださるそうです!」
入れ替わりで入ってきたリボンくんは息を切らしている。
「会長、これもお持ちください」
アルベール兄さまはバタバタ書類をまとめて立ち上がる。そして私に気付いて恐ろしい顔で微笑んだ。
「見事だシュシューア! 全部紙になったぞ!」
私の頭をクシャッと撫でて通り過ぎて行った。
リボンくんもアルベール兄さまについて行ってしまった。
「はっはっはっ、紙になるって言ったでしょう? それじゃ俺は職人の手配に行きますんで」
ランド職人長も書類の束を持って行ってしまった。
「姫さま、これで新城建設も夢ではなくなりましたね」
ミネバ副会長も書類を抱えて行ってしまった。
ポコン、ポコン。
「シュシュ……これ、紙じゃないか?」
ベール兄さまは作業台の隅の3枚をペラッと振る。
微妙に質感が違うベージュ色の紙だ。
書かれている数本の棒と渦巻きは、アルベール兄さまたちの試し書きね。滲んでないし、引っかかった跡もない……あ、一ヶ所あった。
でもこれは試作品だもの。内皮の処理や漉きの技術が上がればもっと上質な紙ができるはず。そのコツや工夫なんて私にはわからないけど……くふふ、楽しみだなぁ。
「藁紙よりずっと綺麗だな」
「はい! 高く売れそうですね」
「……アルベール兄上みたいなこと言うな」
白い目で見られた。
「姫さま、午後になったら昨日の奴らが来ますんで、静かなうちに豆乳バターを作ってしまいましょう」
は~い。
「ダメだ。手を離すな。シュシュはここから指示を出せ」
は~い。
「チギラりょうり人。とうにゅうシャーベットは作ったのですか?」
「豆乳シャーベット!?」
ベール兄さまの体が跳ねた。
「昨日冷凍箱に入れましたので、後でお出ししますね」
「「やった!」」
豆乳アイスクリームのことは内緒にしておこう。
「では、チギラりょうり人、始めましょうか」
まずは前段階のお豆腐作りから。
『にがり』は……来てますね。
豆腐の作り方は、温めた豆乳に”にがり”を加えて混ぜると分離してくるから、そうなったら鍋に蓋をして10分放置する。あとは濾し布にあけて水分を落としたら完成です。お豆腐を食べるわけではないので今回は型に入れません。
ちょっとした待ち時間には、私とベール兄さまは豆乳シャーベットを出してもらって美味しく頂きました。
チギラ料理人は調理台と混合具を行ったり来たりしている(いつも通りそんな感じの音が聞こえてくるだけ)。
豆乳バターは、豆腐+豆乳+油+レモン汁+塩をクリーミーになるまで泡だて器で混ぜるだけ。
「黄ヤギのちちのように固くかたまりませんが、そこは生クリームとおなじです」
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