46 / 203
1章 幼少期編 I
35.作り置きがなくなった1
しおりを挟むワーナー先生が文字の教材を用意してくれた。
あれですよ、子供用のひらがな表『あ…あり/い…いぬ/う…うさぎ』みたいな絵つきのやつ。
「今日は、これを見ながら文字の練習をしましょう」
机に用意されているのは藁紙と細筆。
細筆は私が離宮で使っているものだ。傷の個所が同じだから間違いない。
今、ワーナー先生が教卓でコシコシやってるのは硯?
はっ! 持ち手がある木のお道具箱がある。もしや習字セットの鞄? ルベール兄さま本当に作ったんだ。
「アルベール殿下が魔導部に藁紙を回して下さいました。羊皮紙と違って気軽に覚書きなどに使えるので助かっています」
たぶん商会からの袖の下だ。
割と魔導部にはおんぶに抱っこ状態なので「これからもよろしく」は必須なのだ。
原価がほぼ無料というところがアルベール兄さまらしいと言うか何というか。
「あぁ、王女殿下、これを忘れていました」
「………」
てるてるマント…… 誰が持ってきたの?
☆…☆…☆…☆…☆
今日、魔導部に来るときは侍女長が付き添ってくれて、迎えに来てくれたのはベール兄さまだった。
ベール兄さまは、この時間はいつもご自分の授業を受けているので付添人は初めてだ。
嬉しいな~、何して遊ぼうかな~、かくれんぼはどうだろう?
「遊ばないぞ」
なんで!?
「知ってるぞ。今日は豆乳バターを作るんだろ?」
「う~、チギラりょうり人に作ってもらいながら、あそびましょ~。りきゅうの2かいで、かくれんぼしたら、ぜったいに楽しいの」
「うっ、二階か。二階にはまだ見てない部屋が……でも、今日は無理。文句言うな。今日は無理なんだ。工房に行けばわかるからっ」
◇…◇…◇
お兄さまの言う通り、工房ゾーンは凄いことになっていた。
二階に置いてあったはずの書類がなぜ、工房の作業台に広げられているのでしょうか。しかも、ぐちゃぐちゃ。
アルベール兄さまはミネバ副会長が次々出してくる書類にサインして、ランド職人長にアレコレ質問しては別の書類にバリバリ書き込んでいる。
その隣でルベール兄さまは、自分で書いたメモをバラバラにして『無い、無い』うなっている。
チギラ料理人は端っこで混合具をポコンポコン。
「あったーっ! 依頼した冒険者の名前!」
一枚の紙切れをうず高く掲げるルベール兄さま。
「兄上、冒険者ギルドに行ってきます!」
「まかせたぞ!」
「了解です!」
ルベール兄さまは上着を肩にかけると工房の裏口から走って出て行った。
『シュシュ~、偉いよ~、よくやったね~』と、遠くから聞こえた。
「アルベール殿下、陛下がお会いくださるそうです!」
入れ替わりで入ってきたリボンくんは息を切らしている。
「会長、これもお持ちください。ガーランド様」
ミネバ副会長は、アルベール兄さまに追従するであろうリボンくんに書類箱を差し出す。
リボンくんは軽くうなずいて心得たと受け取った。仕事モードのリボンくん、尊い。
アルベール兄さまはバタバタ書類をまとめて立ち上がる。そして私に気付いて恐ろしい形相で破顔した。
「見事だシュシューア! 全部紙になったぞ!」
私の頭をクシャッと撫でて、疾風の速さで通り過ぎて行った。
「はっはっはっ、紙になるって言ったでしょう? それじゃ俺は職人の手配に行きますんで」
ランド職人長も書類の束を持って行ってしまった。
「姫さま、これで新城建設も夢ではなくなりましたね。ベール王子、御前を失礼いたします」
ミネバ副会長もメガネをクイッとした後、書類を抱えて行ってしまった。
足取りは軽かったけれど、やっぱり無表情だった。
ポコン、ポコン。
急に静かになってしまった。
「シュシュ……これ、紙じゃないか?」
ベール兄さまは作業台の隅の3枚をペラッと振る。
微妙に質感が違うベージュ色の紙だ。
書かれている数本の棒と渦巻きは、アルベール兄さまたちの試し書きね。滲んでないし、引っかかった跡もない……あ、一ヶ所あった。
でもこれは試作品だもの。内皮の処理や漉きの技術が上がればもっと上質な紙ができるはず。そのコツや工夫なんて私にはわからないけれど……くふふ、楽しみだなぁ。
「藁紙よりずっと綺麗だな」
「はいっ、高く売れそうですね」
「……アルベール兄上みたいなこと言うな」
白い目で見られた。
「姫さま、午後になったら昨日の奴らが来ますんで、静かなうちに豆乳バターを作ってしまいましょう」
は~い。
「ダメだ。手を離すな。シュシュはここから指示を出せ」
は~い。
「チギラりょうり人。とうにゅうシャーベットは作ったのですか?」
「豆乳シャーベット?」
ベール兄さまの体が跳ねた。
「昨日冷凍庫に入れましたので、後でお出ししますね」
「「やった!」」
豆乳アイスクリームのことは内緒にしておこう。
「では、チギラりょうり人、始めましょうか」
まずは前段階のお豆腐作りから。
『にがり』は……来てますね。
豆腐の作り方は、温めた豆乳に”にがり”を加えて混ぜると分離してくるから、そうなったら鍋に蓋をして10分放置する。あとは濾し布にあけて水分を落としたら完成です。お豆腐を食べるわけではないので今回は型に入れません。
ちょっとした待ち時間には、私とベール兄さまは豆乳シャーベットを出してもらって美味しく頂いた。
チギラ料理人は調理台と混合具を行ったり来たりしている……ような感じの物音がする。食堂からは見えない。
豆乳バターは、豆腐・豆乳・油・レモン汁・塩をクリーミーになるまで泡だて器で混ぜるだけ。
「黄ヤギのちちのように固くかたまりませんが、そこは生クリームとおなじです」
223
あなたにおすすめの小説
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜
神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。
聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。
イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。
いわゆる地味子だ。
彼女の能力も地味だった。
使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。
唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。
そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。
ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。
しかし、彼女は目立たない実力者だった。
素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。
司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。
難しい相談でも難なくこなす知識と教養。
全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。
彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。
彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。
地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。
全部で5万字。
カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。
HOTランキング女性向け1位。
日間ファンタジーランキング1位。
日間完結ランキング1位。
応援してくれた、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。とても嬉しいです!
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる