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1章 幼少期編 I

49.秋の終わり

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多目的調理台のモニターになっているチギラ料理人は『ここが』『あそこが』と、ミネバ副会長とランド職人長とシブメン4人で改善点を話し合っている。

例のレストラン兼アンテナショップの計画も順調に進んでいるようだ。

鍋や食器もアルベール商会のロゴが入ったものが続々と持ち込まれている。

これは言わずと知れたルベール兄さまが手掛けた〈アルベールブランド〉の第一弾だ。
多目的調理台にも印を入れるべきだと粘って、窯扉の中心に立派なロゴが盛り上がっている。
とっても、とっても楽しそうだった。

私はといえば、食堂にてアルベール兄さまにお品書きメニューの見本を見せてもらっている。
見せてもらっていると言うより、私が音読して料理の説明を受けるという勉強も兼ねている。

メニューはジャガ料理が中心になるのかなと思っていたら、そうでもなかった。
一番多かったのが煮込み料理で、お肉をトロトロになるまで煮込むのがティストーム料理の基本なのだと教えられた。子供の私が食べやすいようにしてあった訳ではなかったのね。

驚いたのが、私たちが食べているお肉の中には魔獣肉もあるということだった。
魔獣は死んでしまうと魔素が抜けるので、普通の動物と同じように食べられているそうなのだ。

「魔素とはなんですか? 体によくないのですか?」

「魔素は澱み……わからんか。魔素溜りにいると気調が乱れるから、体には良くないだろうな。魔素溜りか? 我が国は完璧に管理しているから何の危険も問題もない。ふふん」

ティストームを語る時のアルベール兄さまは、だいたいドヤ顔になる。いいけど。

食事が肉中心なのは魔獣が豊富に捕れるからなのですね。
わざわざ海へ漁に出なくても……ということなのでしょうか。海に囲まれている半島国家なのにもったいない。海の幸もっと寄こせ~!



☆…☆…☆…☆…☆



まだ多目的調理台には火が入れられていないので、工房にある火台を使って昼食を作ってもらいます。

今日は仕込みが終わっている『ミートソース・スパゲティ』だ。

…………………………………………
ミートソースの作り方
①みじん切りした玉ねぎ+人参+ニンニク+ひき肉を炒める。
②ざく切りトマトを加えて水気が出るまで炒める。
③コンソメ+ケチャップ+ナツメグ+塩胡椒を入れて煮込む。
④汁気が無くなってきたら完成です。
…………………………………………
…………………………………………
生パスタの作り方
①強力粉+卵+油+塩を鉢に入れて混ぜる。
②強力粉を敷いた作業台で練ねて、耳たぶぐらいの柔らかさに調整します。
③生地を寝かせる(30分くらい)
④作業台に強力粉を敷き、麺棒で伸ばす(厚さ:1~2mm)
⑤生地に強力粉をふり、包丁の長さに合わせて折りたたむ。
⑥短冊切りする(3mmくらい)
⑦麺をほぐして強力粉をまぶして完成です。
…………………………………………

仕込みがしてあるとはいえ、火台3台フル稼働だ。

生パスタは1~3分茹でて湯切りをする。
じゃんじゃん炒める。
温めたミートソースをかける。
ランド職人長との流れ作業が見えるようだ。

パンは焼きたてではないが保温箱で待機中。
付け合わせのサラダはイタリアンレッシング(油+酢+レベ汁+甘液+パセリ+塩胡椒+すりおろしニンニク)

パスタの基本はやっぱりトマトソースですね。いい匂い。ポポラマームにいるみたい。ドリンクバーが欲しいぞ~。

「万物に感謝を」

ふふふ…… 私、注目されております。
どうやって食べればいいか困惑していますね。

「皆さま、フォークでこうやってクルクルまとめて食べるのが、作法です」

ぱくっ。ちょっとツルッ。
うん、美味しい! 給食の味!

みんなマネして食べる。
ケチャップの味を知っているからびっくりはしていないみたい。

「王女殿下の好きなミエム料理ですな」
「姫さまは玉ねぎもお好きですよね」
「人参も好きだな……これは長くないといけないのか?」
「長くすることで、ミートソースがよくからむのです」
「レストランで出してもいい味だが、食べ方がわからんだろう」
「食べ方を指導するのも変ですしね」

まずい、パスタがピンチだ。

「グラタンにすればよいのでは?」

ナイス、シブメン! ラザニアがあった!

「ゼルドラ魔導士長のおっしゃる通り、この長いのを平たくして、かまで焼くものもあります。グラタンの具がかわる料理ですね。チギラ料理人、以前作った層を重ねたあれ……」

「『みるふぃーゆ』ですか?」

そう!

「鉄皿にミートソース、ホワイトソース、この長いのを平たく伸ばしたものを敷いて、次にまたミートソース、ホワイトソース、平たいのを重ねていくのです。そして一番上にモッツァレラチーズをのせて、かまで焼きます」

アルベール兄さまは少し考えてから、チギラ料理人を見た。
料理人は頷いて即座に答える。

「作り置きもできますし、多目的調理台から出した焼き上がりの見栄えがいいと思います。実演に使えますね。切り分けた断面を見せる形で盛れば綺麗だし…… 焼いて切り分けた後にチーズを乗せて、窯の余熱で溶かすのもやってみましょう。チーズが下に流れていくのも面白いかもしれません」

贅沢なたっぷりチーズ。はぁ~、美味しいだろうな~。

「あと、シュシューア」

「はい」

「チギラはレストラン開店の方で忙しくなる。しばらく来られなくなるから離宮は閉じることにした……畑人は通わせるからそちらは心配ない」

「しばらく……いつまでですか?」

「社交期間が終わるまでだ」

貴族と、それに付随する商人たちは社交シーズンの冬に王都に集まる。
多目的調理台の販売は富裕層がターゲット。レストランもそう。つまり繁忙期だ。

……お仕事だから、仕方がない。

わかっているけど、口がへの字になってゆく。頭もどんどん下に沈んでいく。

やだな。すごく、やだな。

「……あの、姫さま。すぐ戻ってきますよ。ショーユもちゃんと見に来ます」

チギラ料理人は、私の横にしゃがみこんだ。

返事することができない。
だって、やだもん。
やなんだもん。

「……行っちゃ、だめ」

「姫さま……」

淋しいのは、やなの。

「離宮にいるのっ。チギラ料理人は、離宮で料理するのっ」

「やめなさい、シュシューア」

「やっ! だめなの!」

アルベール兄さまが『シュシューア!』と声を荒げた。

ビクッとした。怖かった。


「ひぐっ…っ、ぅぅ……うわぁぁぁ~ん!」


椅子から滑り下りて2階へ逃げた。

置いていかれるのは嫌。嫌なことは要らない。居なくなるなら最初から要らない。全部要らない。知らない。


かくれんぼで入った衣装箱に隠れた。

暫く放っておかれたみたいで、私はいつものごとく、泣きつかれて眠ってしまった。


チギラ料理人に、いってらっしゃいが言えなかった。

ごめんなさい。
ちゃんと、帰ってきてね。



アルベール商会の『乾燥酵母』を使ったパンは~
アルベール商会の『保温箱』で発酵させ~る
アルベール商会の『多目的調理台』で焼いたパンはふっくらだ~
アルベール商会の『多目的調理台』で作った料理は~
アルベール商会の『調味料』を使うと美味しく出来上が~るぅ
アルベール商会の『冷蔵箱』『冷凍箱』で食材を保存すればぁ安心だ~♪


……そんな、うなされるような子守歌が、聞こえたような気がする。

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