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1章 幼少期編 I

83.いいね。

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冬の社交シーズン───

国王主催の新年祝賀パーティー会場において、アルベール第一王子とレイラ・ユエン侯爵令嬢の婚約が大々的に発表された。

事前に告知されていたにもかかわらず、どうしようもない程のお祭り騒ぎになって沸きに湧いたらしい。

未来の国王夫妻である。
アルベール兄さまとレイラお姉さまは、当然あちこちの会に引っ張りだこになってしまった。

もともと忙しい社交シーズンだ。
新年も祝うから、冬は夏より忙しくなるのだ。
そこに婚約発表が加わったのだから、なお忙しくなるのは仕方がない。

結局あのお茶会以降、冬の社交シーズン中は会えることなく終わってしまった。


「いいですか、ベール兄さま。今が最後の好機チャンスかもしれませんよ。もうちょっと大きくなったら、アルベール兄さまは許さないような気がするのです」

レイラお姉さまが領地へ発つ前に挨拶に来てくれるという先触れを聞いて、私はベール兄さまとこっそり打ち合わせをしている。

何の打ち合わせ?…ふふふ。

挨拶返しとして、別れ際にほっぺにチュウをさせてもらう作戦なのです。
右のほっぺが私。左のほっぺがベール兄さま。
ついでにキャッキャと抱き着いて、ふたりでふかふかを堪能させていただきます。

大成功!! いい匂いだった。

「兄上、僕も……」

ルベール兄さまは最後まで食い下がったけど、手の甲へのキスさえさせてもらえなかった。
拗ね気味に口を尖らせたルベール兄さまなんて初めて見た。そうだった、女の子大好き少年だったっけ。

お父さまとお母さまは、普段着でくつろいで見守っていてくれている。
そう、ここは応接室ではなく、いつもの”家族の間”なのだ。レイラお姉さまは、もううちの子に認定されています。

「領での仕事に段落が付いたら、また顔を見せに来なさい」
「あなたの部屋を用意して待っていますよ」

お父さまとお母さまの言葉に、レイラお姉さまは泣いちゃった。

でもうれし泣きだから、いいね。
ハンカチーフで涙をぬぐうのはアルベール兄さまの役目です。うんうん。

ふたりは改めて頭を下げて部屋を後にした。

これからユエン侯爵領は大忙しになる。
その手伝いのために、アルベール兄さまもしばらくユエン侯爵領に滞在するのだそうだ。

行ってらっしゃい。

泣き喚きませんよ、もう5歳ですからね。


………嘘です。
馬車に乗り込んで、一緒に行くと暴れました。



☆…☆…☆…☆…☆



婚約発表のお祝いムードの王都の裏では、たくさんのことが動いていた。

ワーナー先生が、今そう言っています。

「こういう騒動の一端に立ち会うのも何かの縁です。ユエン侯爵領で起きていることを例にとって、勉強していきましょう。王女殿下はどこまでご存じですか?」

「レイラお姉さまのお母さまが亡くなられて、ユエン侯爵が愛人と再婚しました。愛人との間にできた娘は侯爵家の養子にしました。父親は後妻と妹娘の味方です。頼りになりそうな長男は外国に留学させられていて領地にはいません。それで一人になったレイラお姉さまは、蔑ろにされていたのではないでしょうか。ぜんぜん負けていませんでしたけど」

拳で語る女でしたから。

「そうですね。ユエン侯爵令嬢の聡明さは有名です。留学されている兄上様と連絡を取りあって、領地経営をしていたそうですよ。領民にも大変慕われていると聞いています。第一王子殿下は良い方をお選びになりました」

うんうん。

「あれ? 息子と娘が領地経営ですか?………あ、はい(丸い人がダメ男)だからこういうことになったのですよね」
「いない方が良いという場合も……いえ、ゴホン」
「ゴホンですね?」
「はい、咳でごまかすことができる勉強です」
「はい、くすくす……ゴホン」

楽しい話題ではないけれど、暗くなる必要はないのだ。
さぁ、お勉強しちゃいますよ!


◇…◇…◇


まず最初に取られた措置が、現ユエン侯爵の、後妻と妹娘との離縁である。

何故離縁が必要なのか。

ティストームでは、罪人は貴族籍に名を連ねてはならないという法があるのだ。

ユエン侯爵夫人と、リリ侯爵令嬢は罪人なのである。

ふたりはアルベール王子に対して、口にするのも憚られるような相当の不敬を働いたらしい。
誰も教えてくれないところをみると、子供には話せないアレ的なアレコレをされたのだと推察しております。

王族に不敬を働いた罪がある母娘には、それに終わらず後もあった。
後妻の部屋には、男娼との不貞と豪遊の証拠。
妹娘の部屋には義姉の部屋から盗んだ宝石やドレスと、それらを勝手に売り払った証拠。
そこへ持ってきてリリの本当の父親の存在と、侯爵家の財がその男に流されていたこと。
これらは領地内の横領として内々に処理されたそうだ。

ユエン侯爵自身が離縁を拒むのであれば、彼も貴族籍から外されることになる。
貴族は罪人との婚姻は認められていないからだ。

──妻たちの裏切りを知った侯爵は、すんなりと離縁を承諾した。


次は、ユエン公爵令息・イーデン(17)の結婚である。

未婚では襲爵できない貴族院の法があるのだ。
これは王族も同等かそれ以上の縛りがあり、アルベール第一王子が王太子となっていない理由がそこにある。
妻を得て、初めて王太子として認められることになるのです。もうすぐですね。
(事情があって未成年で襲爵する場合は、貴族院から後見人が派遣されます)

イーデン令息の帰国が叶ったのは、つい先日のことだった。
父親である侯爵当主の命令で、留学校の卒業資格を得るまでは帰国が許されなかったのである。

イーデン令息の帰国と、侯爵家の騒動の発覚はほぼ同時であった。
おかげで婚約者である令嬢との再会を喜ぶ間もなく、慌ただしく結婚式を挙げることになってしまったらしい。


次に、現侯爵の離爵式と、新侯爵の譲爵式だ。

封地貴族の譲爵式は、領地で領民に囲まれて行われることが常であるが、急であることと前侯爵の不名誉な離爵ということで、王都の侯爵邸タウンハウスで簡素に済まされた。


ユエン侯爵領が忙しくなるのはこれから……レイラお姉さまは補佐のために領地へ帰り、そのまたサポートのためにアルベール兄さまも同行した。

アルベール兄さまからの手紙によると、領主の代替りを望んでいた領民に迎えられたイーデン卿は、大変な歓迎を受けていたそうだ。
王都で結婚式を挙げて帰領してすぐ、道すがらに畑人が馬車に向かって手を振り、領都に続く道にはお祭り騒ぎの領民が行列を成していた……というか、祭りが開かれていたらしい。
もちろん悪い気はしませんよね。
そんなイーデン卿は今まで領を離れていた反動もあって、領民への愛が暴走しているのですって。
止めるのが大変だって、そんなボヤキでアルベール兄さまの手紙は締めくくられていました。


まぁ、良い意味で忙しいみたいだから、いいね。うん。

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