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1章 幼少期編 I
58.境の森 2(Side ヨーン男爵)
しおりを挟む嫌だ嫌だと思うとそうなってしまうもので、魔素溜りの洞穴口が3倍の大きさに広がっていると報告が上がってきてしまった。
すぐさま森近くの村人たちを南側の村に避難させ、国への支援要請、隣領のガーランド伯爵とオマー子爵にも要請の鳥を飛ばした。
「あの鳥は、本当に目的地に飛んでいくんですか?」
ルエは疑わしそうに、見えなくなっていく鳥を眺める。
「代官たちがそう言っているんだから、行くんじゃないか?」
俺も鳥を飛ばすのは初めてなんだ。知らん。
「じじい達が持ってきたんですか? んなの信用できませんよ。馬車を探してきます。あいつら走れないんだから森から離しておかないとっ、ぐへっ」
飛び出して行こうとしたので首根っこを掴まえて引き戻す。
あの爺さんたちが甘やかすから、ちっとも立場や身分をわきまえない。
「代官はあそこにいるのが仕事なんだよ。お前はここでお前の仕事をしろ。ほら、またノッツの使者が来たぞ。迎えに行け」
俺たちは討伐には向かわず、1日3交代で森の入口付近に陣を張っている。
魔獣は確実に増えていっている。
以前は3日に1度程度の出動であったが、連日2度3度と、更に大型が目立ち始め、今ではもう森に入らなくとも、あちらから森を出てくるようになってしまっていた。せめて一匹ずつ……と詮無い愚痴が兵たちからこぼれる。俺たちは狩って、狩って、狩りまくるしかなかった。
それにしても、腐らせておくだけの肉がどんどん積みあがってゆく事の虚しさよ。
谷に捨てに行く余裕もないとは、ますます尋常ではない事態に嫌気がさす。
そこに毎日のように、ノッツ伯爵からの使者が森を抜けて逃げこ…書状を持って現れる。良く生きてここまでたどり着くものだと毎回感心さえする。
そうしてやってきた使者と護衛の冒険者たちは、もう一度森を通って帰ろうとはしない。
ここから一番近い港から船で半月かけてゆっくりと帰る。来る時もそうしたかろうが、苦情を急かす領主が許さないのだろう。
冒険者たちの一部には、交渉してそのままこの陣に加わってもらっている。
そこだけはありがたいのだが、使者たちが毎度煩くてかなわない。領民に被害が出ていると悲鳴交じりで訴えてくるのだ。領郷を想う気持ちはわかるが、その訴えは領主か自国の王に向けてくれ。そうできない彼らの立場もわかっているから、無下にもできず聞き流しているのだが。
ノッツ伯爵から届く書状はあくまでも苦情であって、支援要請ではない。
自国の他領や、国にも支援を要請していない。
ノッツ領で何が起きているのか。
問い詰めた使者が言うには、ノッツ伯爵夫人が森の管理責任は風上のティストームにあるのだと言って聞かないのだそうだ。
風向きが何だというのか。
更には、領兵は領主邸を守るためのものであって、領民は自衛しなければならないと、訳の分からない理屈を並べ立てて自領民を守ることもしないそうだ。
領税を何のために納めさせているのか。
よくよく聞いてみると、ノッツ伯爵夫人はトルドンの第一王女だというではないか。
それこそ父王に助けを求めればいいものを。
何を考えているのか、何がしたいのか、まるでわからん。いや、不利益になる責任を他に取らせようとしているのだろうが……理解できん。
そうしているうちにも魔獣がわんさとあふれ出し、兎のような小型魔獣も激増していった。
じきに手に負えなくなる。撤退するべきか……
カーン、カンカーン。
見張り櫓の鐘がなる。
『良い、来た』の合図だ。援軍が来た。この速さだと隣領のガーランドからだろう。
「ウリード! 間に合ったな!」
ありがたい!
ガーランド伯爵は、騎士の下積み時を共に過ごした男を寄こしてくれた。大型魔獣には打ってつけの剛弓の使い手だ。おまけに彼の従兵たちもいい面構えをしている。
「オレドガ! よく来てくれた! 肉は腐るほどあるぞ、たらふく食っていってくれ」
「はっはーっ! 確かに、くせーな!」
相変わらず豪快な男だ。
「鳥、ちゃんと行ったんだ……」
ルエが新しい発見をしたように、唖然とつぶやいた。
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