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1章 幼少期編 I

62.境の森 6(Side ヨーン男爵)

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魔素溜りの洞穴口は魔導具で完全に固定されたと、魔導士が疲れた顔で報告に来た。

聞いた者たちはすぐさま洞穴口に走り、駆けつけた。

洞穴の上地面は岩場であったが、半円形の石橋を跨がせて更に頑丈に覆いこんである。それをそのまま坑道へと斜をつけて伸ばし、地面の中に入れ込むのがこれからの作業だ。

固定している魔導具の調整は、地上から遠隔操作が出来る仕掛けが施され、最後には土をかぶせて完全な地下にしてしまう。ここを外から見るのは今日が最後となるであろう。

……とはいえ、誰も感慨深く思う者はいなかったので、洞穴口と坑道の連結作業はさっさと行われた。

崖側の坑道はだいぶ前に貫通済みである。
討伐場側は分岐扉を設置するところまでで一旦休止させている。崖側が上手く機能してから再開される予定だ。



連結した。



土をかぶせるのは後だ。

仮封印が解かれて、魔素溜りの口は解放された……らしい。
俺たちには違いが全くわからないが、魔導士が言うならそうなのだろう。



「……出ました」



天才魔導士が足元を凝視しながら言った。

彼は鑑定眼の持ち主なのだとか……よくわからんが、魔素溜りから魔獣が坑道に出てきたらしい。

魔獣が崖下に落ちた合図は、崖上の監視係からの狼煙のろしだ。
魔導士団も、坑道団も、崖方向から目を離さない。

「陽が落ちる前にはっきりさせたいな」

俺が愚痴っぽく言うと、天才魔導士以外は、みな苦笑いで答えた。

王子とルエは、連結が終わった段階で崖に向かってここにはいない。
崖肌の穴から魔獣が飛び出てきたら、ルエは大騒ぎすることだろう。

「煙です!」

狼煙が上がった。

成功だ!

「はぁぁ~」

天才魔導士以外の全員が、脱力して大きく息を吐いた。これでやっと一息入れられる。

※数年後の『事語り』では、ここで歓声が上がったことになっている。


「今日は仕舞にしましょう。いつもの夜番を……」

のろのろと引き上げようとした時だった。
ドドドと馬蹄の音が近づいてきた。
見ると、王子の馬がやけに飛ばして向かってくる。
嫌な予感がするな。

「封印をもう一度かけてくれ! 崖下に魔獣の山が出来そうだ!」

俺たちは一斉に天才魔導士を振り返る。

「出続けていますが、個体数まではわかりません」

しれっと言われた。



再び封印はされ(またも一瞬)計画はもう一度練り直すことになってしまった。

「崖下の肉の回収にいきますか」
「また肉が増えたな」
「討伐場より先に解体作業場を作っちゃいましょうよ」
「燻製場もな」
「氷室も広げないと」
「崖下に落ちる前に捕獲できる何か……」
「網とか」
「吊り下げ檻とか」

みなブツブツ言いながらその場を離れた。

※数年後の『事語り』では、一発で成功したことになっている。



☆…☆…☆…☆…☆



ここは本土より一足早く冬がやって来る。

雪がちらつき始めると、家族がいる傭人や商人はそれぞれの郷に帰ってゆく。
王子たちも代官を連れて王都へ帰還した。

心強いことに、魔導部隊の半分はこのままここで冬を越してくれるという。
土木関係者も吹雪の日以外は作業を続行してくれるとのことで、こちらも半数が残ってくれた。

急に寂しげになったところへ、出産で実家に帰っていた妻が多くの使用人を引き連れて戻ってきた。
妻は東大町の町長の娘だ。
鳥の連絡で知らされていた俺の初めての子、丸々とした健康そうな女の子との初めての対面だ。
想像以上の愛くるしさに胸が苦しくなった。
みなに祝福されて感動がさらに増した。
出産直後は猿のようにシワシワだったと笑う妻に、感極まって猛烈な接吻をしたら殴られた。

「実はな、夏に男爵位を賜ることになってな、この王都直轄領をヨーン男爵領として治める恵与もいただくんだ。力を貸してくれるか?」

「まぁ、当たり前じゃないの」

特に驚いた様子はない。
商人あたりから聞いて知っていたようだ。

「男爵夫人として立派に支えてみせるわ。町の器量よしの女の子たちを連れてきたのもその一環よ。これからは人手が多く必要になりそうだもの、領民をたくさん増やさないとね。大丈夫、あの娘たちのやる気は本物よ」

「やる気?」

連れてきたのは若い女ばかりだったので、働き手は男の方がよかったのにと密かに思っていたが、そこは妻にも密かな計画があったのだ───それは春になって形となって表れた。

北の女は自分の嫁ぎ先は自分で決める。

将来を見越した女たちの目は厳しいが、好みの男を見つけると積極的に、しかし巧みにしおらしく、じわりじわりと……見ていて痛かった。

女慣れしていない研究畑の魔導士や、技術畑の土木士、無骨な鉱山男たちは、コロリと落ちていった。

そして、求婚女たちはこの地に残りたいと科を作る。

王子の梃子入れで集められた人材が多かったのもあって、どの男も優秀な者ばかりで有り難い限りだ。そして期待通り、結婚後はみな領民として残ってくれることになった……北の女の情は深い。安心して幸せになれ。な?


「さぁ、ルエ。私をお義母さまとお呼びなさい」

妻はルエの養子話の事も知っていた。

「そんな気取った呼び方出来ませんよ!」

似合わないしな。

「そんなことではいけないわ。ねぇ、ゼルドラさんはお母さまをなんて呼んでいらっしゃるの?」

「”母上” です」

「それもいいわね……『お義兄ちゃま~、男は度胸よ~』ほら、義妹も言ってるわ。ハ・ハ・ウ・エ。呼んでごらんなさい?」

バンナ(娘の名)の手をフリフリさせながらルエを煽る。

「うわぁぁぁ!」

真っ赤になって逃げてしまった。

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