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1章 幼少期編 I
63.境の森 7(Side ヨーン男爵)
しおりを挟む本格的に春が来た。
冬の間にみっちり検討された崖下の捕獲用仕掛けは、どんなに頑丈に作っても海風には敵わないと「荒網を浮かせて張っておく」で落ち着いた。
その荒網を引き上げる滑車櫓は二棟建てだ。網を左右から絞りあげて持ち上げられるよう、過ぎるくらい頑丈に作った。
もう一方の討伐場は、円柱状に深く掘った内壁を石で固定する仕上げの段階に入っている。
並べて建てられた、魔獣の『解体』『肉加工』『素材加工』の作業場は冬の間に稼働を始め、増設までもが進められている。
「ウリー…『父上だ』…父上。ノッツからまた使者が来てますよ」
ようやくルエの『父上』『母上』呼びが、照れずに口から出てくるようになってきた。
天才魔導士が『父上だ』『母上だ』と、常に隣で訂正してくれているおかげだ。
「どうせまた苦情だろう。代官にまかせておけ」
俺は今、前回のノッツからの苦情処理で木こりになっている。
魔獣の被害がなくなった途端、今度は畑を荒らす害獣をどうにかしろと言ってきたのだ。
こちらで降っている雪を避けて来るのだから責任を取れと、賠償請求までしてきた。
王命ですから、おっしゃる通りに致しますよ。
そちらに獣が行かないように、森とノッツ領の間に杭を打って柵を作りましょう。森ですから材料費はかかりません。人件費の方はお気になさらず。対トルドン用の予算は国からたっぷり頂いておりますので、商業ギルドと冒険者ギルドから300人ほどの労働力を回してもらっています。賠償請求も喜んで対応させていただきます。苦情内容を記入した納金証と一緒に、王城の官吏に送り届けますので、そちらからお受け取り下さい。貴国の王さまからお叱りを受けなければよいのですが……
「奥さ…『母上だ』…母上が ”そろそろ男爵の練習をしてはいかが?” と言っていましたよ」
「正式に叙爵してから始めるさ。急ぐことはない」
急ぐのはノッツの柵だ。
害獣被害が出るたびにチビチビと賠償請求がまわってくるのだ。代官が対応しているが、地味に癇に障って俺の心が削られる。
柵のせいで討伐場の完成が遅れているのも面白くない。
討伐場側の坑道も貫通済みなのだが、分岐扉の前後に設置する緊急用の落とし格子にまだ手が付けられていないのだ。
しかしこれは、魔素溜りの封印の調整が割に手軽にできてしまうため、後回しにされている面も無きにしも非ず。
『魔素溜りの固定魔導具』と『封印』は全く別のナントカなので、魔導具への負荷は皆無でナントカカントカ……魔導士が常駐していれば、このままのやり方が継続可能らしい。
『やってみたら簡単だった』ということだ。
焦ってやった突貫が無意味になってしまうから、これは極秘事項である。
☆…☆…☆…☆…☆
さて、害獣対策の柵が完成した。
ノッツから急かされたために、一時は千人以上の傭人でお祭り騒ぎとなったのは記憶に新しい。
しかし傭人の半数が領民として残ってくれたのは嬉しい誤算だった。
それでもヨーン男爵領(予定)は万年人手不足(肉加工員)なのだから、傭人をティストーム人に限定した王の策には感謝しかない。
この土木事業に参加したいトルドン人の口利きも来るには来た。
だがそれは王命を振りかざすまでもなく、ルエと天才魔導士が《雑談小劇場》で難なく撃退してくれた。
『この柵はノッツ伯爵の苦情で作っていると知っているか?』
『知ってるぞ、境の森から出てくる獣が畑を荒らして困っているらしいんだ』
『なぜティストームに苦情が来るか知っているか?』
『あれ? 境の森は中立地帯だ。おかしいなぁ、なんで文句言われるんだ?』
『しかし困っているのなら手を貸すべきだと思わないか?』
『思うぞ。困ってる隣人は助けなきゃな』
『困っている隣人に手伝ってもらうのはどう思う?』
『自分で柵を作れないから困ってるんだろ? 働かせるのはかわいそうだ』
これをトルドン人の前でやると、大抵の者は恥じ入って帰っていく。ふたりとも実に楽しそうに揶揄っていた。
討伐場も完成して、今は無事に稼働している。
坑道から出てきた魔獣を瞬殺できるので、目論見通り素材をほぼ無傷で回収できるようになった。
それを見届けてから、俺たちヨーン一家とその一行は、男爵位を頂くために王都へと出発した。
娘は泣く泣く置いてきた。
◇…◇…◇
王都に到着したとたんロッド王子の使いの者が現れて、城に半分引きずり込まれる形で滞在させていただくことになった。
特別扱いに気が引ける。されど妻が喜んでいたので良しとする。
久しぶりにお会いしたロッド王子は相変わらず気さくで、ルエと天才魔導士との再会を喜んでいた。
国王夫妻、重鎮たちに次々と紹介していただいたが、それは叙爵の後の夜会などでするのが常道ではないかと思っていたら、王子が笑いながら首を振った。
「夜会になったらもみくちゃにされるであろうから、きっと紹介どころではなくなる」
……王子の言う通りだった。
魔素溜りの暴走と、魔獣討伐の奮闘を聞きたがる貴族に質問攻めにされた。
やたらとチヤホヤされた裏に『ヨーンの魔獣肉』が高級銘柄になっていたことを後から知ることになる。商業ギルドや商人が上手く販売してくれたらしい。
礼状は出していたものの、ガーランド伯爵とオマー子爵には直接礼が言いたくて、探したのだが見つからず、察してくれた王子が後日茶会を開いて引き合わせてくれた。
有り難くてロッド王子には頭が上がらない。
しかし、これで心置きなく『新ヨーン男爵領』に帰れるというものだ。
ルエはそのまま王子預かりとして、兵士の名簿に名を連ねた。
後ろ盾が凄いから出世は早いだろう。
ロッド王子にはどんどん頭が上がらなくなってくる。
共に上都した天才魔導士は研究院に入ることが決まっている。
社交で王都に来ていた両親に、国王直筆の就学推薦状を突きつけ、泣かせていた。
後に───
俺の息子は着々と力をつけ、人望を集め続け、近衛騎士団長へと見事に昇りつめた。
ヨーン男爵家からの巣立ちも華々しかった。
自力で伯爵位を賜り、ヨーンド伯爵家を興すという快挙まで成し遂げた。自慢の息子だ。
天才魔導士の方も、研究院を首席で卒業し、宮廷魔導士として王子の期待に応えて見せた……らしい。ルエからの又聞きだ。
宮廷魔導士長という地位と、伯爵位も賜った……と知ったのも社交情報だ。
双方とも、昇進も叙爵も陞爵も同時期だった。
明らかに王子にお膳立てされていたものだった。
しかし実力は伴っているので、誰も何も言わないのだった。
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