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1章 幼少期編 I
95.ジャガ収穫祭(Side ロッド王)
しおりを挟む──【ジャガ収穫祭】当日の朝──
実は櫓に登るのは初めてである。
鐘を鳴らした経験もない。
普段鳴らしている領兵からは、力一杯叩突するように言われた。
そんな事をして吊るしから外れてしまいはしないかと少し気負ったが、登って間近で見た鐘は一抱えできぬほどの大きさであったので遠慮はいらぬようだった。
大きく振りかぶり金槌棒を叩きつけた。
カーン、カーン、カーン、カーン、カーン。
”良い”を5回……目出度いを意味する。
5回目が鳴ると、近くから、遠くから、歓声が上がってきた。
鳴らした鐘に続いて、四方向の櫓の鐘音も答えるように小さく聞こえてきた。
鐘櫓から鐘櫓へ鐘音を連鎖させることが出来るよう、距離を保つ令を国から出している。領端の音が聞こえることはないが、さぁ、祭りの始まりだ。
「出立っ!」
領邸門が大きく開き、王の視察団の出立は祭り道中の装で進む。
旅の無事を祈る言葉を領主夫妻から贈られ、晴れやかに送り出された。
花添え衣装の王を先頭に、王より華やかな出で立ちのルベールが続く。
「「「きゃーーーっ!」」」
「「「うぉーーーっ!」」」
……娘たちだけではなく、男衆にも人気が出てきたようだ。
しかし、やはり違う視線がある。
さぁ、目障りな王はいなくなるぞ。
作られた好機に踊るがよい。
但し、逃げ場はない。
隣領への橋の袂には、祭りと同じ目出度そうな飾り付き天幕を張らせてある。
そこにいる浮かれた仮装をした男たちは、みな兵士だ。
今から橋を渡る者は誰であろうと、そこで足止めを食らうのだ。
道先で魔獣が暴れていると警告すれば文句は出ないであろう。
そして目がありすぎて橋を落とすことも敵わぬはず。
領都の大通りを練り進むにつれ、沿道に民が集まり賑やかになってゆく。
楽器を扱えるものが方々で気ままな楽を鳴らしていた。そこにジャガ料理を無料で配る小鐘と呼び込みが重なる。
王を待っていたかのように両脇の建物の高窓から色とりどりの花びらが撒かれると、一気に空間が華やいでいった。
平時であれば、国の安寧を素直に喜べるところであるのにな。
領都を抜け、人気が疎らになり、今は畑道を通っているところだ。
畑人の姿はない。
火付け役もまだ来ていないようだ。
風に揺らされた麦のサワサワとした音が心地よい。
……ここが夜になれば、火の海になる。
「充分に育っているのに……勿体ないですねぇ」
ルベールは麦の緑絨毯を眺めて、損害の計算を始めた。
「仕方あるまい。下手な小細工をして躊躇されても困るからな。ここで全て終わらせねばならん」
各所の備蓄倉庫と、色づく前の麦畑は捨て石だ。私とて口惜しい。
「父上は黒幕は誰だと思いますか? 兵長は脳筋(妹伝授)だし、家令は鼠輩程度にしか見えませんよね。やはり湯治者から連絡を受けたマラーナの宿客でしょうか」
兵長は地下牢で尋問させたが、自信過剰な部分を家令に上手く担がれていただけのようだ。
その家令は兵長を捕らえた後も泳がせているが、途端に大人しくなた上に外と連絡を取り合う様子もない。
恐らく横領とセクハラ(娘伝授)の発覚から逃れるため、そして旨い汁を吸い続けるために『子爵家乗っ取り』を企てたのであろう。思った以上の小物である。
当然、前領主と子息の事故死も無関係と結論をつけた。
「占領が目的ではなさそうではあるが、マラーナ人が関与しているのは違いないと思っている」
「そうなったら僕の結婚は有利な条件で進みそうですね。あ、もちろんイルゲ王女も好きですよ。でも婿の立場を上げておけば権限が増えるじゃないですか……ふふふ」
「………」
……たくましく育ったのだ。そう思おう。
◇…◇…◇
畑地帯を抜けて開拓されていない荒れ地へ出た。
馬車の轍だけが、まだ見えぬガーランド伯爵領へ渡る橋に続いている。
オマーからの出領だけではなく、オマーへの入領も制限しているのですれ違う者はいない。
昼過ぎに、視察団一行は轍からそれて休憩を装い停列する。
我らはこの先に進むことはない。
警鐘が聞こえたら馬車を置いて戻ることになっているが、陽が落ちたら否応なくとも出る。
今は月の細い時期……軍用の魔導強灯があればこその作戦行動である。
眩しすぎて直視できないほどの光源を持つ魔導強灯は、光魔法陣を地道に強めていった研究院生の発明品だ。夜の庭園を照らすという娯楽のために制作したようだが、何事も使い方次第だということだ。
休憩中の視察団を追い越してゆく馬車は、御者が車上から丁寧に会釈し、乗合馬車であれば客が幌の後ろから頭を下げたり、子供などは『おぅさま~』と元気よく手を振ってくる。応えて手を振り返すと大喜びする。子供は自分の子でなくとも可愛いものだ。
橋を越えた先の天幕には寝床も食事も用意してある。
子供には菓子を出すように言ってあるから、済まぬが事が収まるまで大人しく足止めされてくれ。
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