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1章 幼少期編 I
103.マラーナの捜査(Side ティストーム密偵)
しおりを挟む【ティストーム密偵 視点】
放火犯たちを雇ったのは、マラーナの富裕層の子息たちであると、部下から報告が入った。
オマー領の食料を根こそぎ燃やし、橋を落として陸の孤島にさせ、マラーナと繋がる谷道を最後の望みとして残す。
そして準備していた食料を、法外の値で売りつけるつもりであったらしい。
しかし今年は雪解けが遅く、未だに谷を通ることができない。
計画通りに事が進まぬと、子息たちが酒場で管を巻いていたところに、部下が偶然居合わせた……偶然ではない。情報収集の基本は酒場なのだから。
シュシューア姫が危惧した北の大飢饉。
最後の一押しが、この『谷の雪解けの遅れ』だったのだと今ならわかる。
耳の後ろ辺りがゾワリとした。
《予言の書》と《異世界の知恵》……ティストームの掌中の珠。
『そろそろ出がらし~、もうあんまり出な~い、転生者はお役御免~、デュワ~♪』
最近聞いた姫の遊び歌だ。
ご本人はトルドンの王妃を目指していると周囲に吹聴しているが、王が手放すとはとても思えない。
それでなくとも姫が年頃になる頃には……トルドン自体が存在していないような気がする。
王はその準備を疾うに終えているのだ。発動は王次第(王妃が見放したら即)になっている。優しげな顔をして、うちの王さまは容赦がないのだ。
話を戻そう。
ティストーム王国オマー子爵領に山脈を挟んで隣接する、マラーナ海洋王国シュイック公爵領。
オマー領での任務を終えた俺たち密偵は、近くの港から商人を装ってシュイック領に潜入した。
先行していた部下は『子息らの放火計画を聞いてしまった』と、善意の通報者としてシュイック領兵詰所に駆け込んだ。
そして善意の通報者は、そのまま領兵団の補助役として潜り込むという荒業をやってのけた。
徒党を組む子息らの素行の悪さは現地では有名で、通報を受けた領兵は早々に捜査を開始した。
そして迷惑を被っていた住民の協力証言が次々にあがり、不可解なほどの大量の麦の保有が発覚した。
麦を保管していた倉庫の見張りが、領兵の姿を見て逃げ出そうとしていたことだけでも、ほぼ確定である。
捕らえた見張り役は雇い主の名を簡単に自供した。予想通りの子息たちが捕縛された。
犯行の理由は『遊ぶ金が欲しかった』
聞いた誰もが眉をひそめた。
シュイック公爵の指揮で深く捜査され、関わっていた現地商業ギルドの職員数名も捕らえられた。
次にマラーナ全国の福祉総院にも、公爵権限で強制調査が入れられた。
孤児院関係者が次々に捕縛されていった陰で、人身売買組織も一掃できたらしい。
指示は的確、早い判断力。
賢君と言われた公爵の手腕は見ていて気持ちのいいものだった。
順調にこの流れが終わりまで続くと思っていた。
しかし調査の途中で、シュイック公爵自身の長男の名が浮上したことで事態は一変する。
蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、シュイック公爵の事件への追及は、恥知らずにも急激に軟化し始めた。
ティストームの民には死者が少ない事を挙げ、器物破損の賠償金・見舞金を子息らの親族が支払うことで、あっという間に落着とされてしまった。
その額は莫大であったが、放火自体の暗躍は有耶無耶のまま、シュイック公爵子息は己で何の罪を償うこともなく他国へ留学して行った。
平民であるギルド職員、孤児院関係者、富裕層の子息とその手下たちは、尋問が終了するとマラーナの法で死罪となったにも拘わらず、だ。
(人身売買組織の犯も当然死罪だが、上層部は買い手の捜査のために今はまだ生かされている)
雇った破落戸が子供を使うとは思わなかったと、シュイック公爵子息は今でもぼやいていると部下から報告が上がっている。
反省の色はないと、そのまま陛下に報告を上げた。
今は静観している我が王の覇が恐ろしい。
密偵は現地に馴染んだ数人を残して、一旦の解散指示を出した。
俺は裏の任務である【海苔】と【海綿】らしき海産物を持ち帰らなければならない。
シュシューア姫にねだられた王と第一王子からの勅命である。
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