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1章 幼少期編 I
72.アルカリの反対は酸
しおりを挟むチョコレート用の石臼の絵を描きながらシブメンに説明していたら、また羽ペンの先が潰れた。
シブメンに削ってもらったが、しばらくしてまた潰れた。
使い方が下手なのはわかっている。私が悪い。イラ、イラ、イラ。また筆に戻しちゃおうかな。
「ふむ」
私の手元をジ~ッと見ている。
何か考えているようなので邪魔をしないでおく。
私は別の羽ペンで黙々と描き進める。
石臼はこれでいいか。
焙煎道具を描いておこう。
筒状の金網に入れて火の上でグルグル回すやつ。ガス台と違って火の調節が難しいから、高さを簡単に調整できるように……それは職人に考えてもらおう。足の部分に『高さを調整できる』とシブメンに書いてもらう。ん? 鉢炉の高さを上げ下げできた方がいいかな? その絵も描いておこう。くぅ、この羽ペン欠陥品じゃないの?
「お待たせしました。ミキサーの用意ができました」
はいっ、待ってました。
シブメンと手をつないで厨房に行く。わくわく。
「コーヒー豆をミキサーで粉にしてください」
ミル用の刃を使います。これは、あっちゅー間。
「お湯は沸いていますね。では漏斗に濾し布を敷いて茶瓶の上に。コーヒーの粉は、このくらい漏斗に入れてお湯をゆっくり注いでください。1回目は少し蒸らすといいらしいですよ」
茶瓶の中が見えないから色はまだわからない。味がイマイチだったら……いやいや、美味しくなるまでチャレンジだ。
ちょぽぽぽ…3つのカップに注がれる。味見だからちょとずつとね。
色はちょっと濃いめかな?
ふうふうふう………くぴっ。
子供には苦いが、まぁコーヒーだ。
「ほぅ」
ほぅ、じゃわからん。
「へぇ」
へぇ、もわからんて。
「黄ヤギの乳を鍋で温めてください」
カフェオレなら、もっとはっきりした反応が出るだろう。
「甘液はお好みで、私はこのくらい」
くるくるかき回して、ふーふーふー。
──美味しい! これが飲みたかった!
「ほぅ、これはこれは」
美味しかったんですね。わかりますよ。
「旨いですねぇ。こりゃぁ、会長が騒ぎ出しそうだ。豆乳では…「ソイラテはわたくしの主義に反します」…駄目なんですね」
単に好みの問題ですが。
「この飲み物はなんて名付けましょう。カフェオレでは伝わらないし。あ、カフェはコーヒーと同じ意味です」
「そういうのは会長に考えてもらいましょう。他の飲み方はありますか?」
「もうひとつのわたくしのお気に入りが、先ほどの苦いコーヒーの上に甘い生クリームを浮かべるものです。冷やして飲むのも美味しいのですよ。アイスクリームを浮かべるのもいいですねぇ。わたくしはコーヒーゼリーの上に乗せたアイスクリームとの間のシャリッとしたゼリーの部分が好きなのです……はっ、大変ですチギラ料理人。ゼラチンがありません。寒天では代用したくありません(寒天もありませんが)」
──ゼラチン。
煮凝りは簡単だけど、ゼラチンとして使えるように臭いを取るにはどうしたら……
「かんてん?…『ぜらちん』とはなんですか?」
「えと、動物の骨肉を煮たスープが冷めると、上に半透明の油ではないプルプルしたものが固まっていますよね。あぁ、ごめんなさい、膠のことです。それを使うのですが、臭いが取れないとお菓子に使えません。……ん~、アルカリ処理すればいいのよね。石灰水をどうするのだったかしら。草木灰では駄目なのかな。でも3ヶ月漬けるのじゃなかった? 3ヶ月も? 腐らない?」
う~ん。
「王女殿下『あるかりしょり』とは何ですかな?」
……それを私に説明しろと?
「う~~~、アルカリの反対が『さん』で、レベの酸っぱさが『酸』です。その酸をもの凄く濃くさせると物が溶けるほどになるのですが、え~と」
「『酸』のことです。『アルカリ』もわかりました。それでは『せっかいすい』とは?」
「地面にある白い砂? 粉? 貝殻を焼いた灰だったかな? それが『石灰』で、『すい』は水です。建築などに使われていませんか? 石灰はアルカリなのです」
「『石灰』ですな。なるほど。研究院の院生に脱臭の研究をさせましょう」
研究院の教師? あなたが!?
「魔導学部長です。何もしていませんが」
何もしていないのはわかります。毎日ここに来ていますものね。魔導副学部長が苦労してそう。
「……あれ? 石灰水が、アルカリ?」
あら?あらららら?……草木灰のアルカリより、石灰のアルカリの方が強そうじゃない? 紙作りの苛性ソーダの代わりは石灰水の方が良いのではない?
「ゼルドラ魔導士長、アルカリが濃縮されたものは……」
「ありますぞ。強ゾンアですな」
ひえぇぇぇ! あったーーーっ!
「……ゼルドラ魔導士長」
「はい」
「紙になる木皮を煮るときに、草木灰の灰汁を使っていましたが……」
「あぁ、そうでした。強ゾンア液の方が有用ですな。深く考えませんでした」
あ”あ”あ”~、やっぱり~。
がくり。
骨折り損でもないはず。
くたびれ儲けでもないはず。
「ルベール兄さまに報告しなくちゃ」
一歩前進したのよ、そういうことにしておこう!
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