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2章 幼少期編 II

13.デパートメント

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レストランを出てショーウィンドーを通り過ぎ、建物の角を曲がると売店の正面入口がある。
東ビルは中主通りに面しているうえに、左右に2車線路地というお誕生日席のような立地なのです。
魔導冷蔵箱の販売時に培った人脈でね、併結業マッチングに莫大な利益が出たからってね、バーンと買ったビルなのだそうですよ……凄いね。やっぱり本業が一番儲かるんだ。

「相変わらず混んでるなぁ。早く新店舗を作らないと暴動が起きそうだ」

呆れるルベール兄さまの声につられて、背伸びして窓から店内を覗いてみた……背伸びしても見えなかった。むぅ。
抱っこをねだろうと思ったら、背後から脇に手を入れられて持ち上げられた。これは抱っこではない。むむぅ。

(……おぉ、客層がルベノールと全然違う。カフェチェーン店のランチタイムみたいだ)

混んでいて見えないけど、生菓子や軽食を販売しているであろう奥から凄い行列ができていた。
テイクアウトの人が店外に出て行っても、たいして変わらない。焼け石に水状態だ。
食べられるイートンコーナーもあったはずだけど、ここからは見えないね。満席だろうけど。

「どうぞ、中へお入りください」

従者が呼んできた店員が、私たちを丁寧に迎えてくれた。
列に並ぶ人々を横目に『横入りじゃありませんよ~、わたくしたちは上の階に用があるのですよ~』と全身で語ったのは伝わっただろうか。
こういう時に堂々としているルベール兄さま……流石です。輝いています。王子さまです。はっ! 周囲にバレました。女の子たちの目がハートになっています。

「いらっしゃいませ」

案内されたのは、きれいなお姉さんがいる受付カウンターだ。
その後ろの扉はたぶん階段室。受付を通さないと上に行けないという事ですね。


アルベール商会【商品館】
───────────
 7階:倉庫/事務所
 6階:事業案内室
 5階:改装築案内
 4階:商品展示室
 3階:贈答用雑貨
 2階:贈答用食品
 1階:食品/飲食
───────────


……う~む、難しくて読めない。

「6階と7階は面白くないから……いや、5階もいいか。館長、4階に頼むよ」

「かしこまりました」

館長と呼ばれた中年の男が、丁寧な動作で階段室の扉を開けた。

護衛が先に入って安全の確認。それが済むと階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。色々重そうなものを装備しているのに機動力が半端ない。手摺の繊細な花彫刻を壊さないように気を付けてね。

そんな様子を眺めながら入った階段室は、全員が入っても窮屈に感じないほどの広さがあった。小休憩用の椅子まで置いてある。見覚えがあるぞ。離宮で使ってなかったやつだ。

え? あれ? ちょっと待って。

この階段室……階段もあるけど、この蛇腹の引戸は何ですか? とっても機械チックなものが天井を突き抜けているようなのですが。もしかして、もしかして……

「シュシュ~、これ何だかわかるか~い?」

わかりますよ! どう見ても『昇降機エレベーター』ですよね! 重りと巻上機のやつ! 藁紙に描きましたよ! 適当に!

「うっ、動くのですか? 乗るのですか? 安全対策は出来ているのですか?」

ちょ~っと不安だなぁ。あんまり乗りたくないかなぁ。

「ゼルドラ魔導士長の魔法陣が、乗籠の床裏に設置してあるから安全だよ。たとえワイヤーが切れても緩やかに着地するようになっているんだ」

……そっか。シブメンが関わっているなら大丈夫かな。ほっ。

「この魔導昇降機も売り物なんだよ。高価すぎて1基も売れてないみたいだけど、兄上は新城に設置するんだって息巻いていたなぁ……さぁ、乗ろうか」

「はいっ」

手をつないで元気に乗り込んだ。

「もう、魔導士長の名前を出すだけで信用しちゃうんだから……」

「んふっ、やきもちですか?」

「プニプニィィィッ」

「あはははは(初めてのお出かけでハイになっております)…はっ!」

館長が居心地悪そうに昇降機の前でたたずんでいた。

私はサッとアルベール兄さまとの間隔を詰めて、操作盤の前を開けた。
手動ですよね、一緒に乗り込むんですよね。どうぞ、どうぞ。
素敵な笑顔らしきものを浮かべてごまかしてみた。わざとらしすぎたのか、隣の兄が吹き出した……むぅ、館長はごまかされてくれましたよ。いい人です。お城に帰ったら『館長は感じの良い方でした』とアルベール兄さまに報告しておきますね。


蛇腹の扉が締められ、操作盤の蓋が鍵で開けられた。
館長は操作盤の中を見やすくしてくれて説明までしてくれる。嬉しい。

「上の摘まみは右に捻ると魔力が流れるようになっています。下の摘まみは早さの調節ですね。本日はゆっくりの上昇に致しましょう。それでは危険ですので、金属扉には手を触れないようお願いいたします」

昇降操作に使われる握り棒レバー誤操作防止金具ストッパーが外された。
階数表示がないという事は館長の腕次第という事ね。たぶんたくさん練習したはず。動作が危なげないもの。

それにしても、この鳥籠のような骨組みにガラス張り……スチームパンクみたいで格好いいな(動力は魔力オンリーだけど)

「シュシュ、こちら側からは外が見えるようになっているんだよ」

ガラス張りの謎が解けた、けど、う~ん。

強化ガラスは、あることはある。
700度以上に熱して急速に冷やす……魔導具を使えばそんな芸当も可能なのだ。シブメンが超高温と超低温の発動は簡単だと言っていたもの。
逆に、繊細な微調整が必要な冷蔵具/冷凍具/保温具/エアコンは難しくて、天才魔導士であるシブメンにしかできない魔法構築なのです……って本人が自慢していた。今でもしている。
……いや、シブメンはどうでもよくて、とてつもなく高価なはずなのですよ。いったいどれだけお金をかけているのでしょうか。う~ん、ん? 1基も売れてないって聞こえた?……うん、空耳ですね。うん。


「起動いたします」

カチッ。魔力注入は無音。ちょっとつまらない。

「4階まで上昇いたします。外の景色をお楽しみください」

レバーがゆっくり上げられる。
巻上機のウィーンって音と、足元でブンと魔導具が作動する音がした。
前世では気にも留めていなかった久しぶりの上昇感覚……胸が躍る。

パッと乗籠内に外の陽が差し込んだ。
外壁がガラス張り! マジでシースルー! やっちまった感が半端ない! じわじわ来るぞ。いくら飛んでったぁ~。

何処からか『わぁぁぁ』と歓声が聞こえてきた。

「シュシュ、手を振ってあげて」

ルベール兄さまは王子の微笑みで手を振っていた。
見ると、裏手にある馬車止めから沢山の人たちが大きく手を振っている。

私もあわてて手を振り返す。

注目の的だ。みんな魔導昇降機を観に来たんだ。遊園地のアトラクションを眺める子供のように目を輝かせている。

「こうやって外から見えるようにしてあるのも、宣伝なんだよ」

「……これも実演販売なのですね」


多目的調理台の次は魔導昇降機が狙い目ですよ!

早く手に入れてお友達に自慢しよう!

金持ちカモン!




………続く
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