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2章 幼少期編 II
12.長いの
しおりを挟む子供用の椅子に座らせてもらって、一息つく。
テーブルの位置は食堂の中央、豪華なシャンデリアの下。ほんのりスポットライトを浴びているような最上級席だ。
他の席にも序列が付いているみたいだけど、私は一生このテーブルにしか着かないはずだから覚えなくてもよいのです。よくないか。
「どう? シュシュ」
離宮での食事をレストラン仕様にして練習したのでバッチリです。でも、そういうことが聞きたいのではないですよね。
「食堂の中の人のザワザワがウキウキします。厨房から漏れてくる食器の音もワクワクします。天井が王宮よりも高いから良く響いて、音楽も気持ちがいいです。どこから聞こえてくるのですか?」
見たところ、食堂に楽団はいない。
「楽団は隣の部屋だよ。壁と天井の間の空洞……あそこが隣の部屋と繋がっていてね、ふふっ、凄く狭い部屋で演奏しているんだ。見に行かないであげようね」
裏舞台か……見に行きたいけど我慢しよう。
「失礼いたします」
制服姿の給仕が、おしぼりとレベ水を持ってきた。
食事前に手を拭くという習慣は「お手水」同様まだ布教中だ。
おしぼりはアルベール商会の他のレストランでも提供されている。ただ周知はされていても普及がイマイチ。ならば王族のデモンストレーションで確固たる地位を築きましょう。控室で手を洗った直後だろうが関係ないのだ。ふきふき。
次は、メニューを開いて注文……とはならない。ティストームの高級レストランでは事情が違う。
メニューは予約時のためのものであって、来店時には予定の仕込みが全て終わっているものなのだ……あ、日本でもそうだった?…そうだったかも。料亭とか。ごほん…テーブルに案内されたら、美味しい食事が運ばれてくるのを大人しく待ちましょう。
「追加をしたい時? 給仕に言えば、希望に沿うそれらしきものを出してもらえるよ。もちろん無理な時は断るけどね。プリンアラモードのおかわりとか」
「まだ無理ですか……」
「プリンアラモードだけは無理だねぇ。レストランで出すプリンはチギラの特別レシピだから……追加を受けると争奪戦が起きるらしいよ」
特別レシピですと!?
「僕たちは離宮で食べてるよ」
……ならいいです。文句ありません。
「お待たせしました」
サラダが運ばれてきた。
「枝豆の冷製スープでございます」
枝豆の冷たいポタージュが運ばれてきた。
「万物に感謝を」
上流階級の食事には出される順番というものがある。
最初に冷製のものが出される……これだけ(笑)そして完食しなくても次が運ばれてくる。温かいものを先に出すと冷めてしまうから後に来るというだけだ。そして、こまめな空皿の回収はない。給仕が割り込むことで会話を途切れさせてはならない、という心遣いでそうなっている。
一方、宅の常餐や晩餐会などは、大皿から給仕が取り分けていく形式が多いと聞きます。
城の料理長は時折遊び心を利かせて、冷/温/冷/温と小皿で出してきたりしますけど、それはそれで楽しいです。
「ミエムのファースでございます」
はい、待っていました、スパゲティナポリタン。
和風だしとすりおろしニンニクで、昔懐かし喫茶店の味を目指した一品です。
ホール内がザワリとした。
『あれは何だ?』
『”長いの”と聞こえましたわ』
『ミエム……ケチャップ味?』
よしよし、皆さん興味津々ですね。
「粉チーズと刻みパセリはいかがいたしますか?」
給仕の盆には、粉チーズと刻みパセリの小皿がふたつ。
「僕は粉チーズたっぷりとパセリは程々に」
「わたくしは両方少しずつ」
スプーンでパラパラとかけてくれる。
給仕が下がる。
フォークを手に取る。
注目されている。
『さぁ、アルベール兄さまからの任務を遂行する時が来ましたよ!』
巻き巻きとルベール兄さま。
クルクルと私。
ふたり同時にパクリ。
モグモグモグ。
よく噛んでごっくん。
「美味しいね」
「はい、美味しいです」
離宮で食べるいつもの味。
ルベノールの厨房には、今日だけチギラ料理人が来ているのだ。
巻き巻き、クルクル、モグモグ……むふふ。
美味しいので演技をしなくても自然と顔が緩んでくる。
ルベール兄さまも……くぅ、モグモグしながらの微笑みは反則です。胸を押さえている令嬢が何人かいますよ。
はい、そうです。
私のプチデビューの方がおまけです。
今日のメインは『ファースのデビュー』だったのでした。
反応はすぐに表れた。
給仕が呼ばれている…質問されている…追加された。
あっちで給仕が呼ばれる…質問して…追加した。
こっちでも給仕が呼ばれる…質問…追加。
やった! 任務達成!
ケチャップが苦手な人には、カルボナーラとペペロンチーノも用意してあるのでご検討ください。でも今日の追加はハーフサイズだけですよ。今日の予約した食事が食べきれなくなりますからね──それでは、新生ファースをどうぞお楽しみください。
◇…◇…◇
王族がフォークで巻き取って食べる姿を見せるだけでいい。
それで抵抗なくファースは受け入れられるはず。
これはミネバ副会長が考えた作戦である。
当初は食べ方が特殊な麺類をレストランに出す予定はなかった。
しかし、世間にファースを広める必要が出てきたのだ。
……なぜなのか。
パスタ、中華麺、うどん……
私たち離宮メンバーは、あまりにも「長いの」が好きすぎたのだ。
『自分しか使わないかもしれませんが、姫さまが言う「ぱすたましん」を作ってください』
チギラ料理人は会長に泣きついた。
泣きつかれたアルベール兄さまも、例にもれず麺好きのひとりである。もっと頻繁に食べたいと思っていた。
『ファースの販売計画書です』
ミネバ副会長が書き立てホヤホヤっぽい発案書を提出した。彼も同類だった。
ひとたびプロジェクトが動き出したら、とんでもないことになっていった。
パスタマシンでは済まなくなったのだ。
『製麺機』を作ることになったのだ。
その流れで、チギラ料理人は研究院に出張していったのだ。泣きすがる私を置いて……
製麺機は3台に分かれた。
『まぜるくん』
『のばすくん』
『かっとくん』
…適当に私が呼んだら採用された(注:西大陸語)
ここでいよいよ、ミネバ副会長のファース販売計画が発動されるのだ。
1.ルノベールでファースのデビュー!(今ここ)
2.…以降は聞いていないけど『乾燥パスタ』を作るための実験が、研究院に丸投げされた事だけは知っている。
中華麺とうどんも諦めている様子はない。箸はどうする? ズルズル音はどうする? 販売計画に入っているんでしょ? またデビューに協力してもいいよ。王族のデモは最強だもの。
◇…◇…◇
そんなわけで、美味しいスパゲティナポリタンを完食。
ごちそうさまでした。
………続く
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