129 / 203
2章 幼少期編 II
11.ルベノール
しおりを挟む気を取り直して、次はルベノールで昼食だ。
神殿から歩いて行ける距離なので、ルベール兄さまと手をつないで、街のお店を眺めながら向かいます。
「誰もこちらを見ていませんね」
ルベール兄さまが言っていた通り、私たちはまったくもって目立っていない。
ガタイのいい護衛さえ、花装いの通行人に埋もれてしまっている。
びっくりだ。
だったら、気になったお店を覗きに行っちゃったりしても、いいかな?
──くいっ。
雑貨屋さんに行こうとしたら引き戻されちゃった。
……駄目かぁ。まぁ、眺めるだけでも楽しいけどね。
あ、あの角に立っている人、神殿の敷地にいた警備兵さんだ。他にもいるかな? はっ! 休憩しているように見えるあの老人、目つきが鋭い。もしかして私服警備兵? 悪漢が出たら仕込み杖でシュパッと! ふはっ、カッコいい! 弱そうな悪漢が出てこないかな。ドキドキドキ。
「期待しているところ悪いけど、騒ぎは起きないよ。毛色の悪いのは弾いてもらっているからね」
悪戯が成功したような顔で、ルベール兄さまはウィンクを飛ばしてきた。
「どこですか? どこではじいているのですか?」
キョロキョロと周囲を窺う。お行儀が悪いと叱られた。
「ほら、ルノベールだよ。先に多目的調理台の実演を見てみようか……よっと」
ショーウィンドウの前に人だかりが出来ている。チビッコの私には見えないので抱き上げてくれた。
発売から1年以上が過ぎているというのになんという人気。
おっ、実演販売の焼く係…『お手伝いをする男の子』という演出みたいだ。
「今話題の子役だよ。観客を泣かせるのが上手いらしい」
言われてみれば、健気な雰囲気が漂う男の子だ。
見物客と目が合うと『ぼく、お手伝い出来て偉いでしょ?』ってな得意げな顔をするのだ。老若男女の心は鷲掴みにされていた。
はっ!……あれは『鍋つかみミトン試作2号くん』! ランド職人長~、デビューしてるよ~。ぼくちゃんが使ってくれてるよ~(1号は離宮で活躍中。ランド職人長は裁縫も得意なのだ)
「もう行くよ」
あ~ん、まだ見てたいのに……私の乗り物はさっさとレストランの方に向かってしまった。
☆…☆…☆…☆…☆
アルベール商会が所有する会屋3号 東建物。
紺色の7階建てで、ここの壁にも花が描かれている。
飾り柱に刻まれた店名の花文字(お洒落すぎて読めないやつ)
金属の袖看板も花のモチーフ(これもお洒落すぎて読みにくい)
全ての窓の飾り棚に、人の邪魔にならない箇所に、きれいな花の植木鉢が並んでいる。
この街全体が花屋さんのようだ。
お店の配置は以前に見せてもらった図面の通り、レストラン/実演販売/売店と分かれている。
2階から上は半分に仕切られていて、レストランの上部分は事務所・倉庫・店員の寮となり、ショーウィンドーと売店の上部分は百貨店のようになっているらしい。食後に行くのでしっかり堪能する予定である。
レストランの入口は、柱だけあるテラスを通り過ぎた先にある。
店名の入ったガラス扉が店員によって開かれ、待合を兼ねた前室で確認事項の伝達をしあう。
慣れた様子で対応するルベール兄さまが、はぁ~…スパダリみたいで格好いい。
次に案内されたのは個別の控室だ。
身だしなみを整える場所として、食事中の主を待つ護衛や従者の待機場所としても使われる。
私たちが使う部屋以外にも5部屋あったよ。豪勢ですなぁ。
「お疲れ様でございました」
控室にはヌディが待機していた。ルベール兄さまの侍女もね。打ち合わせの通りだから驚きませんよ。
まずは、手洗いとうがいだ。
外出先でまでやるのはやりすぎだけど、布教のためだから、やるったらやる。
ジャパニーズ神社の御手水習慣を甘く見てはいけません。伝染病の穢れ払いとしての効果は抜群なのだ。
偉い人たちに率先してやってもらっているので、私が面倒がるわけにはいかないというのもある。
神殿にだって王様からお勧めしてもらってい……今日は何の用意もされていなかったね……どういうこと? 帰ったらお父さまに言いつけよう。
ルベール兄さまは皺の寄った上着を取り替え、私はヌディが用意したドレスに着替える。
控室の中に更衣ブースまであるのですよ───ここより高級なアルベノールは果たしてどうなっているのか! 驚愕の事実があなたを待っている!……続く。続きません。
外食するときは毎回着替えるのかと聞けば、そんなことはないと答えが返ってきた。
ただ、今日は特別なのですって。
高級レストランは小規模な社交場でもあるからして……うんうん、それで?
そうか……
私のプチデビューなのか!
……とはいっても食事をするだけなのだけど『ルベール殿下のお連れ様は?』…と、周囲のお客が思うわけだ。どう見ても『シュシューア姫』なのだけど、認識されることが大事、注目されることが大事、噂されることが大事なのです。以降、お見知りおきを……
……いや、もう、デキレースなんですどね。
この時間の予約客は、アルベール兄さま厳選のもとに選ばれた人々なのです。テーブルに案内される時なんて、待ってましたとばかりの視線を浴びましたよ。
挨拶はしません。
知り合いがいたら一声かけるのは当然としても、今日はそういうのはなし。
初めての外食を楽しむお姫さまを、そっと見守ろう会なのです。
………続く
162
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜
咲月ねむと
ファンタジー
息苦しい貴族社会から逃げ出して15年。
元公爵令嬢の私、リーナは「魔物の森」の奥で、相棒のもふもふフェンリルと気ままなスローライフを満喫していた。
そんなある日、ひょんなことから自分のレベルがカンストしていることに気づいてしまう。
「せっかくだし、冒険に出てみようかしら?」
軽い気持ちで始めた“冒険の準備”は、しかし、初日からハプニングの連続!
金策のために採った薬草は、国宝級の秘薬で鑑定士が気絶。
街でチンピラに絡まれれば、無自覚な威圧で撃退し、
初仕事では天災級の魔法でギルドの備品を物理的に破壊!
気づけばいきなり最高ランクの「Sランク冒険者」に認定され、
ボロボロの城壁を「日曜大工のノリ」で修理したら、神々しすぎる城塞が爆誕してしまった。
本人はいたって平和に、堅実に、お金を稼ぎたいだけなのに、規格外の生活魔法は今日も今日とて大暴走!
ついには帝国の精鋭部隊に追われる亡国の王子様まで保護してしまい、私の「冒険の準備」は、いつの間にか世界の運命を左右する壮大な旅へと変わってしまって……!?
これは、最強の力を持ってしまったおっとり元令嬢が、その力に全く気づかないまま、周囲に勘違いと畏怖と伝説を振りまいていく、勘違いスローライフ・コメディ!
本人はいつでも、至って真面目にお掃除とお料理をしたいだけなんです。信じてください!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる