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2章 幼少期編 II
19.第一王子の命令
しおりを挟むもうすぐ春も終わろうとしている麗らかな日……離宮に念願の『桃』がやってまいりました!
桃ですよ! ピーチですよ!
ティストームに桃の木は1本も生えてなくて、アルベール商会の伝を使って捜索してもらっていたのです。
結果、西大陸の北の方で細々と生息していると情報が入ってきました。
隣国マラーナの貿易商を介して速攻でお取り寄せ致しましたよ。
そして白桃ちゃんと黄桃ちゃんのシロップ漬けが、帆船でどんぶらこされてきたのでございます。
さすがに輸送期間が長すぎて、まんまは無理でした。苗を入手して王都近くの農園で栽培するそうですけど、桃栗三年というのは本当でしょうか。
……う~ん、カルシーニ邸の温室で、シブメンに植物成長魔法を施してもらおうか。
「あ~ん」
冷やしたシロップ漬けを綺麗に盛ってもらって、おやつの時間です。
始めて食べる桃に皆の顔がとろけています。
「はい、次はシュシュの番。あ~ん」
「あ~ん、もむっ、むひゅっ」
おいち~。
「あ~ん。あ~、シロップが……ふきふきしましょう」
「ん~、ふふっ」
ハンカチーフでルベール兄さまの口元を拭ってあげています。
「次は大きいの行きますよぅ。ひとくちで食べられますかぁ?」
「大丈夫だよ~、あ~ん」
──ババンッッッ!
「うっとうしい!!」
アルベール兄さまが怒りの形相でテーブルを叩いた。しかも両手で。痛そう。
「ルベール! マラーナへの出立を命じる。5日後に船を手配してやるから、さっさと行ってしまえ!」
ななっ!
「賛成~」
ちょっ、ベール兄さま!
「それがいいですな」
シブメ~ン。
「会長、明後日に出る船もありますよ」
ミネバ副会長、余計なことを!
「兄上、酷いですよ。僕はもう少しダラダラ……いえ、傷ついた心をシュシュに癒してもらいたいのです」
ルベール兄さまはキュッと私を抱きしめる。キャッ。
「……マラーナの夏の社交期に自分の披露目をしなさい。留学も前倒しだ。できるな?」
「兄上~」
「そういえば、桃と同じ船でマラーナ王家から大箱が届いていたな。父上宛だったが、中に可愛らしい封書を見かけたような……お前宛かもしれん」
ルベール兄さまの体がピクリと反応する。
……あら? もしかして、ラブレター?
「イルゲお姉さまからの恋文かもしれませんよ! 早く確認しに行ってください!」
そして、私に読んで聞かせてください!
ペシペシ叩いて送り出す。
桃を頬張って走って行くルベール兄さまは、もう女の子大好きな少年の顔になっていた。
わくわく、恋文のお返事は直接ってことになるのかしら~……ん? ってことは……
「あの~、アルベール兄さま。5日後の出発と言うのは、冗談ですよね?」
目がマジになってるけど、まさかねぇ。そんな急にねぇ。
「5日後ではなく明後日になりそうだ。無理だと思うか? 可能だぞ。その身一つで行かせてもいいくらいだ」
鼻息も荒く言い捨てられた。
「そんなぁ、まだ先だと思っていたのに。寂しくなるではないですか」
「ふん。冬には私の結婚式で一旦戻るのだ。それまでルシューアと遊べばよかろう?」
「ルーちゃんは寝てばかりいて、まだ遊べないのですよぅ」
「王女殿下、近ごろは勉学が疎かになっているように見受けられますが?」
うっ、シブメンの視線が冷たい。
「ルベール兄上と遊んでばっかだったからな~」
うぐぐぐ。
「まったくだ……旅の慰めを作って送り出してやれ。急がないと間に合わないぞ」
旅の慰め…お菓子。他にも何か餞別を……外国だからなぁ。身を守るものとか。お守り? ないね、その習慣。じゃぁ防御魔導具……護衛が用意してるか。武器…バキューンと!…火縄銃どころか火薬がないわぁ。そもそも間に合わないよ、出発は明後日だもの。
「ねぇ、アルベール兄さま。硫黄はどうなっていますか?」
「ここではその話をするな。後日、父上の執務室でな」
アルベール兄さまの顔が普通に戻った。そして桃を食べ始めた。すぐさま美味の世界へ旅立った。
お父さまの執務室ということは、もう黒色火薬を作り始めているのですね。では私も覚悟を決めます。やりましょう。出来ることはとことん、ティストームのために。
──その前に
「チギラ料理人……」
あ、スタンバってる。よしっ、新しいお菓子を作ってもらおう。
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