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1章 幼少期編 I
42-2.昼食係2(Side チギラ料理人)
しおりを挟む【アルベール商会 料理人 チギラ視点】
その日の午後には『ぽんぷ』と呼ばれる器具が井戸に設置された。
取っ手を上下に動かすだけで水をくみ上げるという凄い仕掛けのものだ。
細い筒に押し込んで一瞬で火を起こせる『着火筒』も、会長に使ってみろと渡された。
どちらも造りを聞くと単純だが、これを考えた異世界人にはとんだ天才がいたもんだ。
しかし自分にとっては『ぴーらー』なる皮むき道具の方が衝撃だった。
面倒な皮むきが面倒で無くなった。早い、早い、早い、安全、早い……
『すらいさー』も同様だ。
薄く、均等に、早く、安全、薄く、均等に……姫さんにねだられていた『薄切り黄ジャガのアゲル』も労なく作ることが出来た。
おやつにお出ししたら『ちっぷ~、ちっぷ~、ぽてとちっぷす~♪』と皿を掲げて踊りだし、転んで床にぶちまけて、魔導士長に叱られていた。
仕方がないので作り直していたら、姫さんがわざわざ謝りにやってきた。しなびた姿に吹き出しそうになったが我慢……するしかないだろう。大人として。
しかし、平民に頭を下げるのは王女としてどうなのか。いかんだろう。姫さんらしいといえばらしいが……前世の名残りだろうか。
いや、それだけじゃないだろう。よく考えたらウチの国の王族って変だろう。気さくすぎるだろう。
いくら王子が経営している商会の傭人でも、自分は平民だ。平民の上に孤児だ。子供の頃はかっぱらいでも何でもした底辺の出身だ……よく雇ってくれたな。
そう、王族……口止めされているから誰にも言っていないが、自分は先日3ヶ月程寿命が縮む経験をした。
翌日のための仕込みやらで離宮に遅くまで残っていたら、王様と王妃様が忍んでやってこられたのだ。
侍従も護衛も伴わず、夫婦ふたりきりで、酒持参で……つまみを要求された。
どうやら子供たちとの会話で出てきた『枝豆』に興味を持ったらしく、そして普段の子供たちの様子も知りたかった様子で、根掘り葉掘り質問されて、しどろもどろに答えて、仕舞にはつまみが足らないと追加注文が入ってしまった。
ううぅぅ……ここで出すものだったら異世界風がいいんだろう…な。
よしっ! よしっ…よ………ふぅ、気合が入らない。凝ったものを出すのはやめておこう……
姫さんのおやつ用に干してあったイカを炙って、マヨネーズを添えて、とりあえず出す。
好評だった茄子と薄切り猪肉と大葉のミルフィーユ…のアゲルは仕込みに時間がかかるから、巻き串刺しの炙り焼きだ。
後は作り置きから、蒸し豆腐の白ごまとネギ塩のせと、肉団子と白菜の乳煮……このくらいで、え? もう一品? さっぱりしたもの?
乱切りキュウリ+乱切りミエム+ちぎりレタス。フレンチドレッシングのまぜまぜサラダ…『姫さまが毎日でも食べたいとおっしゃっている野菜盛りです』…娘さんの逸話入りですよ。これで温かい気持ちになって誤魔化されてください。
はぁぁぁぁぁ……やっと帰ってくれた。
見送りながら、もう来ないでくださいと念を送ってみた。星にも願っておいた。
皿を洗ってもう帰ろう。
「………」
……あぁ、皿……残された皿…王妃様が使った皿………くぅぅ……ううぅ…
花のような王妃様が、裂いたイカを食いちぎっていた、串焼きにかぶりついていた……うわぁ、自分は何てものをお出ししてしまったんだ。うっかりいつも通りの流れにしてしまったんだ。気づいた時にはもう遅かったんだ。ぅぅぅぅぅぅ……
うろたえる自分を見る王様の目が、意地悪く笑っていた。
たぶん滅多に見られない王妃様の姿も、酒の肴にしていた。
本当はもっと食べにくいものを出させたかったはずだ。
味を占めて(料理ではない)また来られたらどうする?
期待する何かを要求されたらどうする?
下げ渡された残った酒。名前だけ聞いたことがある高級酒……口止め料だと、去り際に肩を叩かれた……何を口止め?
───王様、怖い。本当にもう来ないでください!
メレンゲ棒?……一度使ったがそれきりだったな。魔導泡だて器があるから必要なかった(姫さんには内緒だ)
酒?……あんな格調高い酒、誰かと一緒に飲めるかよ。どうやって手に入れたか聞かれても困るし。
自分だけの特別な日に、こっそり飲むご褒美にするんだ。文句あるか?
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