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1章 幼少期編 I

43.わたくしとしたことが!

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朝食の席───
朝っぱらからアルベール兄さまの惚気のろけが止まらない。

「レイラが」「レイラの」「レイラは」

昨日ユエン侯爵家で中規模のお茶会が開かれ、招かれた王子さまは意気揚々とお出かけになったのだ。
見ればわかるが結果オーライだったらしい。周囲にふたりの仲を知らしめて牽制にもなったとご満悦だ。

「レイラが」「レイラの」「レイラは」

あ~、はいはい。ん~?
これからは恋愛が流行するだろうと、お父さまとお母さまが笑っていますね。そういうものは釣られて広がってゆくものなのだそうです。

恋は男を変える……変わるのは女だったっけ? どちらでもいいけど、アルベール兄さまがこんな風にニヤける日が来るとは……

「リボンと一緒にいるシュシュみたいだ」

聞き捨てならないことをおっしゃいますね、ベール兄さま。私あんなふうに……あんな? やだ、凄くアホっぽい。直さなくちゃ。



☆…☆…☆…☆…☆



離宮の厨房台に並べられた小さな瓶───旨々料理になるかもしれない香辛料たちだ。

クンクン香りをかぎながら今後の料理を夢想してた時、驚愕の事実を思い出した。

「わたくしとしたことが! バターを作っておきながら、チーズを忘れておりました!」

香辛料とは全く関係のないことだった。

「ほう……その『ちーず』とやらは何に使うのだ?」

物になりそうな新たな香辛料を物色しているアルベール兄さまは、たぶん条件反射で答えている。

「平ジャガといっしょに焼くと、とってもおいしい料理になるのです」

なぜ『ポテトグラタン』を忘れていたのだろう。自分が信じられない。

「そうか、では今日の昼食にしよう……チギラ」
「はい」

いつも通り、何か作りかけていたチギラ料理人がさっと厨房台に来る。

「アルベール兄さま、今日はむりです。黄ヤギの乳がありません」
「また黄ヤギの乳か。豆乳では駄目なのか?」
「こればかりは、ニュ~ッとのびなければならないのです!」
「……時間がかかるのか?」
「いいえ、すぐにできますけど……?」
「よし、ランド! 黄ヤギの乳を誰か買いに行かせてくれ!」

庭から『わかりましたー! おい、お前行ってこい』『うーっす』と聞こえてきた。

「明日、ジャガ料理の最終会議がある。今日中にまとめておきたい」

あぁ、なるほど。急ぐんだ。

「では、黄ヤギの乳がとどくまで仕込みをしてしまいましょう」

……………………………………
ポテトグラタンの作り方
①スライス玉ねぎを、しんなりするまで炒める。
②ベーコン+塩胡椒を加えて炒める。
③火からおろしたら薄力粉を全体にまぶして、粉っぽさが無くなるまで混ぜてください。
④豆乳を加えて、とろみが出るまで火にかけます。
⑤鉄皿にバターを塗ってスライスした平ジャガを並べる。
⑥ ⑤の上に④をかける……そうですね、シチューと似ていますね。

仕込みはここまで。続きは黄ヤギの乳が来てからです。
……………………………………

チギラ料理人は他の料理の続きへ。
私とアルベール兄さまは食堂に移動した。

「明日からは、ジャガ料理を作らなくてもよいと、いうことになるのでしょうか?」

醤油がないのでジャガ料理のネタが尽きかけているのだ。ジャガにも飽きてきたので丁度いいかも。

「思いつく料理があるのなら続けて作りなさい。印刷に間に合わないというだけだ」

「まぁ! いよいよジャガ料理の本ができるのですね!」

「ジャガを北に届ける際に持たせるただの参考資料だ。料理本は絵が入るから、そうだな……」

考えこんじゃった。まだ試行錯誤しているらしい……


◇…◇…◇


ジャガ栽培の王命が出たのは、北の三領地だ。

ガーランド伯爵領/オマー子爵領/ヨーン男爵領

アルベール商会は、ジャガの栽培を心得た畑人を現地に派遣することになっている。
黄ジャガ・平ジャガの種芋と、甘ジャガの苗を大量に持たせ、ジャガ料理をいくつか教え込んでから送り出すそうだ。
現在それらは、秋植えに間に合うよう植物成長魔法で絶賛生育中であります……魔導ギルドが。
阿鼻叫喚か、嬉しい悲鳴か。ブラックな状態だろうけど、がんばれ魔法使いたち。

「ジャガ料理の本は冬の間に形にさせる。貴族用と平民用を作るところが笑えるだろう?」

「うふふ、どっちにどのジャガ料理が載るのか、想像がつきます」

「『ぐらたん』が旨かったら、間違いなく貴族用だな」

貴族用は料理の完成絵をバーンと多色にするそうだ……で、余った色料を適当に混ぜ込んで単色で仕上げるのが平民用。
調理法は文字中心だが、言葉では伝わらない部分は簡単な絵が添えられる。出来上がりが楽しみですね。

お父さまは、歴史本と一緒にこの料理本も外遊視察で配る気のようです。

その外遊や視察旅行は、毎年春から夏にかけて約2か月程かけて行われる。
国内だと5~6年に分けて一巡りがやっとの馬車旅だ。

「そういえば、のりごこちがよくなる馬車はどうなりました?」

「絵を技師に見せたら図面に起こしてみると言っていた。あれじゃ何だかわからん」

……まぁ、我ながら、あの絵はないと思っていました。専門家の洞察力に期待いたします。

「お父さまのしさつに間に合うといいですねぇ」
「そうだなぁ。馬車の中で一日中揺らされるのは辛いからなぁ」

経験者でないと言えない呟き……遠い目をしています。
お父さまと一緒に行ったことがあるのですね、視察旅行。
今年はルベール兄さまが参加するとか言っていましたが……

楽しそう、私も行ってみたい……なんてうっかり言わなくてよかった。
絶対怖い顔されたはず。黒いのは儲け話の時だけでたくさんです。くわばらくわばら。



………続く
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