49 / 177
1章 幼少期編 I
43.わたくしとしたことが!
しおりを挟む朝食の席───
朝っぱらからアルベール兄さまの惚気が止まらない。
「レイラが」「レイラの」「レイラは」
昨日ユエン侯爵家で中規模のお茶会が開かれ、招かれた王子さまは意気揚々とお出かけになったのだ。
見ればわかるが結果オーライだったらしい。周囲にふたりの仲を知らしめて牽制にもなったとご満悦だ。
「レイラが」「レイラの」「レイラは」
あ~、はいはい。ん~?
これからは恋愛が流行するだろうと、お父さまとお母さまが笑っていますね。そういうものは釣られて広がってゆくものなのだそうです。
恋は男を変える……変わるのは女だったっけ? どちらでもいいけど、アルベール兄さまがこんな風にニヤける日が来るとは……
「リボンと一緒にいるシュシュみたいだ」
聞き捨てならないことをおっしゃいますね、ベール兄さま。私あんなふうに……あんな? やだ、凄くアホっぽい。直さなくちゃ。
☆…☆…☆…☆…☆
離宮の厨房台に並べられた小さな瓶───旨々料理になるかもしれない香辛料たちだ。
クンクン香りをかぎながら今後の料理を夢想してた時、驚愕の事実を思い出した。
「わたくしとしたことが! バターを作っておきながら、チーズを忘れておりました!」
香辛料とは全く関係のないことだった。
「ほう……その『ちーず』とやらは何に使うのだ?」
物になりそうな新たな香辛料を物色しているアルベール兄さまは、たぶん条件反射で答えている。
「平ジャガといっしょに焼くと、とってもおいしい料理になるのです」
なぜ『ポテトグラタン』を忘れていたのだろう。自分が信じられない。
「そうか、では今日の昼食にしよう……チギラ」
「はい」
いつも通り、何か作りかけていたチギラ料理人がさっと厨房台に来る。
「アルベール兄さま、今日はむりです。黄ヤギの乳がありません」
「また黄ヤギの乳か。豆乳では駄目なのか?」
「こればかりは、ニュ~ッとのびなければならないのです!」
「……時間がかかるのか?」
「いいえ、すぐにできますけど……?」
「よし、ランド! 黄ヤギの乳を誰か買いに行かせてくれ!」
庭から『わかりましたー! おい、お前行ってこい』『うーっす』と聞こえてきた。
「明日、ジャガ料理の最終会議がある。今日中にまとめておきたい」
あぁ、なるほど。急ぐんだ。
「では、黄ヤギの乳がとどくまで仕込みをしてしまいましょう」
……………………………………
ポテトグラタンの作り方
①スライス玉ねぎを、しんなりするまで炒める。
②ベーコン+塩胡椒を加えて炒める。
③火からおろしたら薄力粉を全体にまぶして、粉っぽさが無くなるまで混ぜてください。
④豆乳を加えて、とろみが出るまで火にかけます。
⑤鉄皿にバターを塗ってスライスした平ジャガを並べる。
⑥ ⑤の上に④をかける……そうですね、シチューと似ていますね。
仕込みはここまで。続きは黄ヤギの乳が来てからです。
……………………………………
チギラ料理人は他の料理の続きへ。
私とアルベール兄さまは食堂に移動した。
「明日からは、ジャガ料理を作らなくてもよいと、いうことになるのでしょうか?」
醤油がないのでジャガ料理のネタが尽きかけているのだ。ジャガにも飽きてきたので丁度いいかも。
「思いつく料理があるのなら続けて作りなさい。印刷に間に合わないというだけだ」
「まぁ! いよいよジャガ料理の本ができるのですね!」
「ジャガを北に届ける際に持たせるただの参考資料だ。料理本は絵が入るから、そうだな……」
考えこんじゃった。まだ試行錯誤しているらしい……
◇…◇…◇
ジャガ栽培の王命が出たのは、北の三領地だ。
ガーランド伯爵領/オマー子爵領/ヨーン男爵領
アルベール商会は、ジャガの栽培を心得た畑人を現地に派遣することになっている。
黄ジャガ・平ジャガの種芋と、甘ジャガの苗を大量に持たせ、ジャガ料理をいくつか教え込んでから送り出すそうだ。
現在それらは、秋植えに間に合うよう植物成長魔法で絶賛生育中であります……魔導ギルドが。
阿鼻叫喚か、嬉しい悲鳴か。ブラックな状態だろうけど、がんばれ魔法使いたち。
「ジャガ料理の本は冬の間に形にさせる。貴族用と平民用を作るところが笑えるだろう?」
「うふふ、どっちにどのジャガ料理が載るのか、想像がつきます」
「『ぐらたん』が旨かったら、間違いなく貴族用だな」
貴族用は料理の完成絵をバーンと多色にするそうだ……で、余った色料を適当に混ぜ込んで単色で仕上げるのが平民用。
調理法は文字中心だが、言葉では伝わらない部分は簡単な絵が添えられる。出来上がりが楽しみですね。
お父さまは、歴史本と一緒にこの料理本も外遊視察で配る気のようです。
その外遊や視察旅行は、毎年春から夏にかけて約2か月程かけて行われる。
国内だと5~6年に分けて一巡りがやっとの馬車旅だ。
「そういえば、のりごこちがよくなる馬車はどうなりました?」
「絵を技師に見せたら図面に起こしてみると言っていた。あれじゃ何だかわからん」
……まぁ、我ながら、あの絵はないと思っていました。専門家の洞察力に期待いたします。
「お父さまのしさつに間に合うといいですねぇ」
「そうだなぁ。馬車の中で一日中揺らされるのは辛いからなぁ」
経験者でないと言えない呟き……遠い目をしています。
お父さまと一緒に行ったことがあるのですね、視察旅行。
今年はルベール兄さまが参加するとか言っていましたが……
楽しそう、私も行ってみたい……なんてうっかり言わなくてよかった。
絶対怖い顔されたはず。黒いのは儲け話の時だけでたくさんです。くわばらくわばら。
………続く
応援ありがとうございます!
30
お気に入りに追加
1,477
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる