私馬鹿は嫌いなのです

藍雨エオ

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フザケた事によくある話

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 謝罪を受け入れた騎士見習いが農家息子に尋ねる。
「オレもと言ったが、君以外にも俺の発言に不満を覚えた者がいるって事だな」
「そうです。他の人を探るのは止めて下さいね」
「安心してくれそんなつもりは無い。
ただ、この人数に対して複数人いるって事は、俺は噂というものをだいぶ過小評価していたようだ」
 農家息子はコクリと頷いた。
 言葉の力は数だ。
 正論でも一人の叫びは簡単にかき消され、虚偽でも大勢の囁きは濁流の如く世界を駆け巡る。
「我が家は複数の地域に跨り土地を買い、そこで従業員を雇って畑の運営をしています。
ですがこの話はあくまでオレの生まれた故郷で起きてる話です。
オレの故郷はある年、例年に無い長期の雨季に襲われ川は氾濫、山は崩れ、村は土砂に襲われてしまいました。
でも皆が力を合わせて復興した。そこまでは良かったんです。
時が経つにつれて少しづつ少しづつ村人の体を異変が襲った。
最初は単純にダルさだけでただの疲れや風邪だと思っていたのに、いつしか骨が脆くなり体中が痛みに襲われて、痛みにのた打ち回れば骨が折れ、その痛みにまたのた打つ悪循環。
国のお偉いさんが調査して判明した原因は山だった。
故郷の山の奥深くには沢山の鉛があったみたいで、それが異例の雨で崩れた土砂と一緒にそこら中に広まってしまった。
川の水に井戸水、土が汚れてしまったせいで農作物にも鉛が混ざり、取り込んだせいでそれが体に悪さをしていた。
それからも色々とあったらしいんですが、当時の領主様や国の支えで今や以前より水も土も綺麗になったんです。
国王陛下と調査隊責任者の判が押された改善完了証明証も発行されているんで間違いない」
 誰も悪くない自然災害による凄惨な事故だ。
「綺麗になったんですよ…。長い期間をかけて綺麗にしたんです!
それでも!…今のお話でオレの故郷に検討は付いているでしょう?有名ですもんね。
オレの故郷の人達はかつてのように鉛の悪さで苦しんでいる人はもういない。高名な医者を呼んで検査もしてもらった。
だけど故郷の名を出すと『病気で体が弱っちい所の』と言われ、職を探そうにもそれを理由に断られる。わざわざ村の中でも鉛の被害が無かった土地を探し出し育てた農産物は不当に安く買い叩かれる。
わかりますよ。かつてとはいえ実際に事故とそれに伴う被害はあった、そりゃ怖いですよね。
それも傷付きますが、ですが一番悲しいのは何だと思います?
『うつる』って言われて、遠巻きにされるんです。まるで汚物を見るかのように」
 話すに連れ興奮して荒くなる口調はそれほど彼の中で溜まっていた鬱憤が強いのだろう。
 農家息子の憤りは一点、『真相が嘘の噂』だ。
 『うつる』と言うが体内に入れなければ鉛は悪さをしない。だから近くにいるだけで同じ病にかかる訳が無いのだ。
「アナタは気付きましたよね逆だって!
故郷を襲った迷惑は自然が起こした事だそれは諦めがついてます。
でも実際オレも言われましたよ。『病で有名な場所だから仕方がないよ。もっと汚名をはらすように頑張らなきゃ』って。
荒れ果てた土地を立て直した努力は無視ですか?壊れた自然をより良くしようと木を草花を畑を増やした考えは徒労ですか?何度も頼み込で発行してもらった改善完了証明証は無駄ですか?
もう安全だとアピールだってずっとし続けていた!
だけど出稼ぎ組の給料は減ったままで、買い叩かれるせいで村に金は中々落ちない…。
どん詰まりになって食っていけないって事はないけど、後は先細って行くだけ。これ以上発展も見込めない状況で、これ以上どうやればいいのかオレにはもうわからない…」
 シンっと静寂が包む。
 農家息子の故郷のような所はよくあるのだ。
 努力したのだ、し続けているのだ。しかし人の努力の全容なんて目を凝らして見たってわからない。
 参謀役がした説明はまだいろんな可能性を考える優しい人の考えだ。
 最初の質問を単純に真逆にすれば、『本人たちが努力を怠っているから、当人が悪い』になってしまう。
 そうすると本来被害者のはずの人達が、あっという間に加害者のようだ。
 本来こんな話よくあってはならないのだが。
 騎士見習いはテーブルに置かれたペンを取り、一枚の紙にガリガリと一気に書き上げた。
「俺は参謀役と違って考え足らずだ」
 その紙を相手に向け置いた。
「頭の中で湧いた質問を思い出せるだけ書いた。これに対する質問に答えてくれ。
それも踏まえた上で俺は俺の意見を言いたい」
 それを農家息子は覗き込んだ。
 そして騎士見習いからペンを受け取る。
「最初の腹立つ質問よりだいぶマシですね」
 一つ一つをよく読み込み迷わずペンを滑らせたと思ったら、眉間にしわを寄せ長く考えみ、空いているスペースに返答を書いていく。
 質問の最後に証印こそ無いが、署名があった。
 それはそこに名のある者が関わったというあかしであり、責任という枷だ。
 紙を渡した時点で書いてあったのは騎士見習いなりの誠意なのだろう。
 ならばその誠意に応えようと、農家息子はその横に己の名を連ねた。
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