私馬鹿は嫌いなのです

藍雨エオ

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お互いさまだわ

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 サラサラといくつか書き連ねると、それを次期神官へ差し出す
 恋愛・親愛・友愛・敬愛・家族愛・慈愛・自愛。その中から親愛と敬愛の二つの下に、二重線が引かれている。
「私は皇太子殿下の日々努力する姿に『敬愛』を抱き、婚約者として関わる内に『親愛』を抱きました。
そんな殿下をお慕いし、いつの日か家族となり『家族愛』を持って共に歩んで行けたらと思っておりました。
そこに書かれた文字は今私がすぐに思いついた愛の数々です。
この愛は次期神官様から見て恋愛に劣るのですか?
私はどんな形であれ愛が芽生えればその愛の為に相手を大事にし、『愛』の定義を多く持つ事で責任ある貴族の立場としての心を守る処世術だと教えられたのです。
恋をした事はありません。ですが愛し愛され生きてきた」
 次期神官はA令嬢を見つめる。
 その言葉が本心であるか、嘘は無くとも誤魔化しはないか。視線をそらさず探るように。
「私は神の『博愛』に感謝し、『信愛』によりその愛に応えいます。
そして全ての人々に『慈愛』を持って接し『盲愛』はせぬよう心がけております。
それが他の愛に劣るかと言われればそんな事はありません。貴女の愛だってそうです、何より」
 紙に大きく一つだけ、次期神官は言葉を追加した。
「僕も貴女もきっとここにいる皆さんも『愛国心』を持っている。愛に優劣をつけるなんて無理な事でしょう」
 そもそも愛の定義は様々だ。
 執着、優しさ、情欲、憧れ、唯一無二であり無限大。それこそ言葉で表現出来ない感情を愛と呼ぶ者もいる。
 人の心を理解しきる事が出来ない以上、同じ表現をしている個人個人の持つ愛が本当に同一か、それとも違うモノなのかなんて比べられない。
「貴女の言う愛が処世術とはいったいどういう事でしょう」
 A令嬢の愛が正しいとは言えないが納得は出来る。だからこそ自分の中で引っかかりを覚える処世術という言葉を無視するわけにはいかない。
 次期神官にとって愛を道具として扱う事は到底理解出来ないが、それは今の己が生きてきた人生経験では理解出来ないのであって、他の人はそれが理解出来るのかもしれない。
 なによりA令嬢令嬢の人生なんてこの学園で関わった三年間、しかも学園にいる間だけしか知らないのだ。
「貴族社会ですとどうしても世継ぎの問題が出てきます。
私は公爵家を継ぐつもりでしたので、公爵家に迎え入れても良い程の能力を持ち身体に問題のない男性を婿取りせねばならなかった。
私だって恋をして結ばれてと夢見ないと言えば嘘になりますが、領地と民の繁栄を考えるとそれの優先順位は低いのです。
ですから叶わぬ恋に焦がれて気を病んでしまわぬように、愛をたくさん持ちなさいというのが幼い頃からの習わしでした」
「それが処世術と」
「もちろん恋し恋され愛し愛されが理想ですよ。でもそればかりを追うわけにはいかないですから」
「それは諦めでは」
「諦め?」
「互いに恋し恋されと言いますが、相手に恋をする努力を。恋に落ち相手を心から口説いて、相手にも恋に落ちてもらう。
そういう努力をしないのですか?
貴女は皇太子殿下に対してどこか最初から諦めて接していたのではないですか?」
「…そうかもしれません」
 曇った顔をしてA令嬢は肯定した。
 本人の意思に沿わなくてもそういう状況になったのなら、最大限の努力はすべきだったのだ。相手を思いやるとはそういう事。
「僕は貴女を否定はしませんが、他にもやりようがあったとは思います」
「耳が痛いですね…ですがそれは私に非があるからこそ。しっかりと心に留めておきます。
同じ言葉を皇太子殿下にもお伝え下さいね」
「えぇ、貴女にも反省すべき…今なんと?」
「同じ言葉を皇太子殿下にもお伝え下さいと言いました。
相手と恋する努力をと言うのなら、それは皇太子殿下にも当てはまりますわよね」
 そしてそれは相手も同じ。
「貴女を大事にしていたでしょう!?」
「婚約者として形式的に大事にされておりました。正直に言ってそれ以上でも以下でも無かった。
私の愛が殿下に伝わっていなかった事が私の責任なのでしたら、殿下の愛が私に伝わっていないのも殿下の責任です」
「それは、その」
「まさか次期神官ともあろうお方が人により差別するなんてしませんわよね?」
 グッと押し黙る。
 愛を理解しようとしなかったでは、愛の伝え方に問題があったのでは、他にも色々と思いつくが全部当事者同士にしかわからない事だ。
 会話が無くても触れ合って、触れ合いが無くても手紙で、手紙が無くても見つめ合って、幾つも存在する想いの確認方法に問題は無かったか、なんて調べようがない。
「貴女は反省するのですね?」
 どうにか次期神官は声を絞り出した。
「はい。次期神官様の仰る通り、私は少し諦めグセがついていたようです。もっと、特に意味のない下らない会話をしたらよかった…」
 あぁ彼女は本当に彼を愛していたんだ。
 スッと納得がいった。
 男女であるからこその拗れだろう。A令嬢令嬢と皇太子殿下の間で育まれるべきだった愛はきっと『友愛』だ。
 国を守るために戦い背中を預けられる戦友として、共に支え合い歩んでいければ良かったのだ。
 たまにフザケて笑い合って、カッコつけずに力を抜いても許される相手。
 女でありしかも婚約者となってしまったからこそ、この道は潰えてしまった。
 もしかしたらA令嬢と皇太子、そして僕たちが肩を組む日があったのかもしれないのに。
 そんな可能性に気が付きたくなかったと次期神官は泣きたくなった。
 
 あり得ていた愛に泣きたくなった。
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