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不満が無いわけないじゃん
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「貴女のお気持ちはわかりました。僕から皇太子にお話は通しておきましょう。
ですが人を挟めばどこかで絶対に拗れが起きます。だから貴女と殿下で話し合いなさい。
場を整えましょう。互いに優劣が出ぬように関係者に連絡もしましょう。公平な第三者として教会関係者も紹介しましょう。
ただ会話をしあうのは、気持ちの確認は本人達でやりなさい。
僕は貴女と殿下の気持ちを知り理解に尽力は出来ますが、心意を完璧に汲み取る事なんて出来ない」
この次期神官に出来る最善はこれぐらいだった。
本来婚約の話に関わって良いのなんて本人以外ならせいぜい両家親族ぐらい。部外者がして良い事は限られる。
「自分でですか…そうですね。お言葉に甘えさせて頂きます。どちらにしろ一度両家で話し合わなければなりませんから。
その際に一つお願いをしても?」
「それが不和を生まない願いでしたら、『はい』と」
A令嬢が笑った。普通の女の子みたいに、悪戯っ子のように、貴族としてではなく個人として。
「特に意味のない下らない会話をしたいです。殿下だけじゃなくて貴方や参謀役様、騎士見習い様も含めて。
ずっと羨ましかったんです。婚約者となってしまったあの日から私には婚約者としての振る舞いを求められた。
殿下も勘違いしておりましたが、私や公爵家が望んでその地位を勝ち取ったのなら当然それに見合う行動ぐらい取るようにと周囲から圧力をかけられた。大口を開けて笑ってはいけない。涙を見せてはいけない。弱音を吐く事は許されない。狼狽えてはならない。どんなに疲れていても背筋を伸ばして。怪我をしても冷静で。慌てふためく無様をさらすな。心から他人を信用するな。淑女らしく。国母らしく。
国の為民の為と思えば耐えられました。ですが辛くない訳ではなかった。
もっと綺麗な庭園を走り回り遊びたかった。料理長から美味しい料理を習いながらつまみ食いして笑いたかった。参謀役様と政治や行政に歴史とか色々と議論したかったし騎士見習い様と馬術で遠出したかった!貴方とだって共に信仰についてあけすけに語り合いたかった!
…まだ私が公爵令嬢という肩書しかなかった頃のように、殿下とただの友達として、素直でありたかった」
今まで完璧な淑女として振る舞っていた姿が崩れた瞬間だった。
どんなに有能であれA令嬢だって十八歳、まだ喜怒哀楽の感情を簡単になんて割り切れない女の子なのだ。
時折強い口調になってしまうのをどうにか落ち着かせて、でも今度は悲しみが滲み出てしまって、愚痴の一つや二つ溢れてしまう。
「っ、みっともない姿をお見せしてすみません」
必死にまだ勝手に開きそうな口を閉じて謝罪した。でもやはりどこか嬉しそうだった。
ずっとこの先一生言えないと覚悟していた事が言えたのだから。
「貴女のそんなお姿、殿下こそ知るべきでしたね」
「もう何年も婚約者をしておりますから、きっといざ殿下を目の前にするとカッコつけてしまいます」
「殿下も以前似た事を仰ってましたよ。淑女の前では、とりわけ有能な婚約者殿の前では完璧でならないと」
「それはお疲れでしたでしょう」
「気苦労で疲労が一気に溜まるとボヤいていましたね」
「同感です」
「やはりもっと早い段階で会話すべきでしたね」
「過ぎた事ですわ」
一番彼女の心を知るべき皇太子がこの場にいない事が悔やまれた。
「お話しすればするほど貴女の罪がわからなくなる。
当初は非道な真似をした人物として厳正に対処しよう思っておりましたが、感情と態度を直結させず状況を見て行動出来る貴女がイジメなど愚かな事するとは思えませんし、横暴な態度で周囲に敵をつくるなんて考えられません。
ですが参謀役と共に聞き取りや証拠集めをしたのです。その全てが嘘だとも考えにくい」
その言葉に参謀役は証拠の書類を次期神官に渡す。
それをペラペラと捲り確認していると、スッと横の群衆から人が出てきた。
彼もまた神官であり、この学園に常駐している相談役兼保険医助手だ。
「次期神官様、ワタシからもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか」
「その証拠の内容を知る前にお聞きしたいのですが、横暴についてです。
横暴とは力や権力を使って他者に迷惑をかけたり、不快な想いをさせたり、そういった振る舞いと考えてよろしいですか?」
「はい、僕も同じ考えです」
「あー、さようですか」
相談役はなんとも言えない顔をして黙り込んだ。しいて言うなら引きつった半笑いで何か言い淀む、見てる方が何だどうしたと言いたくなる感じの顔だ。
「どうかしましたか?」
例に漏れず次期神官も尋ねたが相談役は答えない。
実は参謀役は既に相談役が何を言い淀んでいるかは察しがついている。だからどうせこの交渉の最中話題に出さねばと考えていたのでアシストを出した。
「相談役様に関してはその神聖な業務上、守秘義務に囚われているかと存じます。なればこそ伝えられる範囲で伝えるべき事を伝えるのもまた大事かと。
神官とはいえ人であるのだから、言いたい事があるでしょう」
『言いたいことが』という言い回しにA令嬢も気付いた。
不満があるのだな。遠回しな表現をしているが『言いたい』という願望、その後に続く『が』という断定的な言葉、そして最初の引きつり笑い。言いたいことが愛の告白などのプラスの感情なら引きつった顔はしないだろう。
「相談役様の日頃の誠実なお人柄は生徒間だけでなく教員間でも有名で御座います。
貴方ほどのお方が思う事があればぜひ一言頂きたいです」
お願いできませんかと請われ、それを無下に出来ない人だと知っている。
表情豊かに悩み意味も無く手を彷徨わせて、覚悟を決めた相談役は震える唇を開いた。
ですが人を挟めばどこかで絶対に拗れが起きます。だから貴女と殿下で話し合いなさい。
場を整えましょう。互いに優劣が出ぬように関係者に連絡もしましょう。公平な第三者として教会関係者も紹介しましょう。
ただ会話をしあうのは、気持ちの確認は本人達でやりなさい。
僕は貴女と殿下の気持ちを知り理解に尽力は出来ますが、心意を完璧に汲み取る事なんて出来ない」
この次期神官に出来る最善はこれぐらいだった。
本来婚約の話に関わって良いのなんて本人以外ならせいぜい両家親族ぐらい。部外者がして良い事は限られる。
「自分でですか…そうですね。お言葉に甘えさせて頂きます。どちらにしろ一度両家で話し合わなければなりませんから。
その際に一つお願いをしても?」
「それが不和を生まない願いでしたら、『はい』と」
A令嬢が笑った。普通の女の子みたいに、悪戯っ子のように、貴族としてではなく個人として。
「特に意味のない下らない会話をしたいです。殿下だけじゃなくて貴方や参謀役様、騎士見習い様も含めて。
ずっと羨ましかったんです。婚約者となってしまったあの日から私には婚約者としての振る舞いを求められた。
殿下も勘違いしておりましたが、私や公爵家が望んでその地位を勝ち取ったのなら当然それに見合う行動ぐらい取るようにと周囲から圧力をかけられた。大口を開けて笑ってはいけない。涙を見せてはいけない。弱音を吐く事は許されない。狼狽えてはならない。どんなに疲れていても背筋を伸ばして。怪我をしても冷静で。慌てふためく無様をさらすな。心から他人を信用するな。淑女らしく。国母らしく。
国の為民の為と思えば耐えられました。ですが辛くない訳ではなかった。
もっと綺麗な庭園を走り回り遊びたかった。料理長から美味しい料理を習いながらつまみ食いして笑いたかった。参謀役様と政治や行政に歴史とか色々と議論したかったし騎士見習い様と馬術で遠出したかった!貴方とだって共に信仰についてあけすけに語り合いたかった!
…まだ私が公爵令嬢という肩書しかなかった頃のように、殿下とただの友達として、素直でありたかった」
今まで完璧な淑女として振る舞っていた姿が崩れた瞬間だった。
どんなに有能であれA令嬢だって十八歳、まだ喜怒哀楽の感情を簡単になんて割り切れない女の子なのだ。
時折強い口調になってしまうのをどうにか落ち着かせて、でも今度は悲しみが滲み出てしまって、愚痴の一つや二つ溢れてしまう。
「っ、みっともない姿をお見せしてすみません」
必死にまだ勝手に開きそうな口を閉じて謝罪した。でもやはりどこか嬉しそうだった。
ずっとこの先一生言えないと覚悟していた事が言えたのだから。
「貴女のそんなお姿、殿下こそ知るべきでしたね」
「もう何年も婚約者をしておりますから、きっといざ殿下を目の前にするとカッコつけてしまいます」
「殿下も以前似た事を仰ってましたよ。淑女の前では、とりわけ有能な婚約者殿の前では完璧でならないと」
「それはお疲れでしたでしょう」
「気苦労で疲労が一気に溜まるとボヤいていましたね」
「同感です」
「やはりもっと早い段階で会話すべきでしたね」
「過ぎた事ですわ」
一番彼女の心を知るべき皇太子がこの場にいない事が悔やまれた。
「お話しすればするほど貴女の罪がわからなくなる。
当初は非道な真似をした人物として厳正に対処しよう思っておりましたが、感情と態度を直結させず状況を見て行動出来る貴女がイジメなど愚かな事するとは思えませんし、横暴な態度で周囲に敵をつくるなんて考えられません。
ですが参謀役と共に聞き取りや証拠集めをしたのです。その全てが嘘だとも考えにくい」
その言葉に参謀役は証拠の書類を次期神官に渡す。
それをペラペラと捲り確認していると、スッと横の群衆から人が出てきた。
彼もまた神官であり、この学園に常駐している相談役兼保険医助手だ。
「次期神官様、ワタシからもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか」
「その証拠の内容を知る前にお聞きしたいのですが、横暴についてです。
横暴とは力や権力を使って他者に迷惑をかけたり、不快な想いをさせたり、そういった振る舞いと考えてよろしいですか?」
「はい、僕も同じ考えです」
「あー、さようですか」
相談役はなんとも言えない顔をして黙り込んだ。しいて言うなら引きつった半笑いで何か言い淀む、見てる方が何だどうしたと言いたくなる感じの顔だ。
「どうかしましたか?」
例に漏れず次期神官も尋ねたが相談役は答えない。
実は参謀役は既に相談役が何を言い淀んでいるかは察しがついている。だからどうせこの交渉の最中話題に出さねばと考えていたのでアシストを出した。
「相談役様に関してはその神聖な業務上、守秘義務に囚われているかと存じます。なればこそ伝えられる範囲で伝えるべき事を伝えるのもまた大事かと。
神官とはいえ人であるのだから、言いたい事があるでしょう」
『言いたいことが』という言い回しにA令嬢も気付いた。
不満があるのだな。遠回しな表現をしているが『言いたい』という願望、その後に続く『が』という断定的な言葉、そして最初の引きつり笑い。言いたいことが愛の告白などのプラスの感情なら引きつった顔はしないだろう。
「相談役様の日頃の誠実なお人柄は生徒間だけでなく教員間でも有名で御座います。
貴方ほどのお方が思う事があればぜひ一言頂きたいです」
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