私馬鹿は嫌いなのです

藍雨エオ

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白馬の王子なんて必要無い

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「そうか…ありがとう、少し下がっていてくれるか?」
 皇太子の言葉に一礼し相談役は群衆の近くまで下がる。
 その姿に手を伸ばしそうになる。次期神官は抱えるにはまだ苦しい思いに翻弄される。
「A令嬢、結局婚約を破棄するのならば公爵家と王族が仲違いしたとなり、結局は国が揺らがないか」
 皇太子の質問は質問では無かった。
 どう答えるか予想がつく。その答えをA令嬢に言わせる事に意味があるのだ。
「私が知る殿下でしたら故意に国を揺るがす様な愚行は犯しませんでしょう?
先程から言っている通り、非は私にある。公爵家や領民は関係無い。受ける被害の補償も考えている。ならば公爵家や領民を理由に王族に楯突く事は叶わない。
そして非がある私を理由にしたいのならば私を利用する為に説得せねばなりません。
ですが私はか弱い乙女でございますのでねぇ…怒りに捕らわれ思わず暴言を吐いてしまいましたが、正気ではとてもとても」
 わざとらしく胸の位置で手をにぎり、体をくねらせる。
 か弱い乙女とどの口が言うか。か弱い乙女が男四人と正面から喧嘩するわけ無いだろ。なんてツッコミを入れられる勇気がある者はいない。
「か弱い乙女である君が担ぎ上げられ皇室に楯突く事は無いだろうな。
しかし君の名を利用する者が現れたら?」
「私の名を利用する事は公爵家が許しません。
そもそも貴族の名を勝手に使うなら重罪ですし、此度の騒動の後に私はどれぐらい貴族のままでいられるでしょう。他国の貴族になれる可能性はありますが、仮にこの国の貴族のままではいられても、ね」
 先程同じ考えをした騎士見習いは目眩がした。
 彼はあの時軽くこうなるだろうと予想を立てたが今ならわかる。彼女が言った事実はもっと悪い。
 他国への人質か橋渡し役の貢物か、嫁入りと言う名の国外追放ならまだ貴族でいられる。
 領地で監禁ならば名だけの貴族となる。監禁される娘はこの後社交界どころか嫁ぐ事も無い。気が狂った女を療養として閉じ込めているというのが公然の事実となるからだ。当初は正気であろうと閉じ込められた者はその大半が狂う。狂って自死してくれた方が有り難いからだ。他に使い道が無ければだが。
 修道院での従事は一見優しい処理に見える。大体の貴族が嫌がるのは贅沢が出来なくなり、今までとは信じられない程の慎ましやかな生活になるからだ。
 だがそれはまともな修道院の話。
 次期神官が語ってくれた将来の夢がある。それは修道院の皮を被り暴利を貪っている施設を正すこと。そんな施設を無くしたいと語っていた。
 そんな施設で元貴族であり元皇太子の婚約者、そして可愛げが無いと言うが完全に見た目だけの話をするのなら美人と呼んで差し支えない容姿の女性が行ったらどうなるだろう。
 さぞかし目玉商品として売りさばかれるだろうな。
 何より問題なのがどれがそんな施設なのか、未だに国や敬虔な信者側で把握出来ていないのだ。
 彼女が送られるそこが本当にまともな施設かなんてわからない。
 そんな屈辱に彼女が気付かない訳がない。ならばそれも折込済みの覚悟という事か。
「君は君自身に利用価値すら残す気が無いのか…悔しくないのか、私達を恨みたくは無いのか!」
「うるさっ、大きな声を出さないで下さい。
悔しいですし思い切り恨みますよ。何で恨まれないと思っているのですか」
「なら何故恨み言の一つも言ってくれないんだ…」
「最初の暴言で充分だってので」
「私にその役を背負わてはくれないんだな」
「あげません。倒れるのは私だけです」
 国は政治と信仰により成り立っている。
 政治という柱は王や各領地の代表、それに予算や軍備などの各分野代表を集め出来ている。
 この中で圧倒的に権力があり代わりの用意が難しいのが王だ。そんな王は健在だが次期王がいないのではなく、いなくなる。これは大きな衝撃だ。
 柱に大きな亀裂が入れば修復する前に倒れてしまうかもしれない。
 そうなれば国を支えるのは信仰のみ。さてその信仰のみで国が保てるのか。無理だ。
 一柱から二柱にし権力と仕事の分散をするならまだしも、逆にしてしまえば一柱にその二つが集中してしまう。
 権力に溺れるか、仕事の重さに潰れるか、どちらが早いだろう。
 彼女は亀裂を最小限にする、だからその後の補修を迅速にしろと言っているのだ。
「…ここが告解の場で無くなったら、君はどこへ行くんだ」
 自分の行いの尻拭いを押し付けるなんてしたくない。皇太子はまだ諦めきれない。
「その前に美味しいお酒とお料理を少し頂いて、最後になるだろう景色をバルコニーから眺めて、告解の場で無くなった瞬間に会場の皆様に恭しくカーテシーをして家に帰ります」
「その後二度とここにいる者達に会えなくなるかもしれないんだぞ。それだけでいいのか」
「これだけの事をしたんです。これ以上はいらないでしょう?」
「ははっ、それもそうだ」
 二人はくすくすと静かに笑う。
「もう充分ですか?」
「もう充分だ。もう充分なんだな?」
「もう充分です」
「ではお手を」
 皇太子がA令嬢に手を差し出した。
「貴方をバルコニーまでエスコートする名誉を頂けますか?」
 A令嬢はその手に自分の手を重ねた。
「よろしくってよ王子様」
 嫌味半分、悪戯半分といったところか。彼女が物語の素敵なその人の様に、殿下を『王子様』なんて呼び方をするのは初めてだ。
 それに皇太子も悪戯で返すことにした。
「参りましょうかお姫様」
 一国の皇太子が美しき令嬢と腕を絡め、星の煌めく夜空を眺めるその姿は、恐ろしいほどにお似合いだった。
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