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1-3 追跡者と変人達と噂の大国
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「ああ、今すぐに感謝の催しをしましょう」
という依頼者の言葉に対して僕は
「いえ結構。私は用事がありますので。では」
とそっけなく返した。
そして、引き留められる前にそそくさとその場を立ち去る。王都から離れたとはいえ、鬼ごっこはまだまだ続いているのだ。
町に僕が居ないと分かり、妙な子供が登録したと知られれば、時期にこの町にだって追跡者の手は伸びてくるだろう。
折角の自由に、水を差されたくはない。ここからさっさと逃げてしまおう。
「どうしようかなあ。どこ行こうかなあ。南に行きたいなあ。暖かいし」
鼻歌まじりに独り言を呟いて、考えを巡らせる。
鉄仮面が鼻歌まじりと言うのも結構不審な姿だけど、見られる心配はなかった。
今は早朝で、ここには飲んだくれも酔いつぶれた人間もいないのだから。
「ここは長閑だなあ」
王都では、健康なんて言葉を見たこともないらしい人間が、明け方になっても陽気な声に騒いでいた。
打って変わってここは一応町とは言うものの、まだまだ村らしい純朴さが残っているのだろう。ここの人間はとても健康的な生活を営んでいるようだった。
立ち並ぶ木製の家はどこもひっそりしていて、看板を掲げている所も『終了』の文字がぶら下がっている。
そんな静かな空間で石畳を踏む音が一つだけが響いているのだ。二階建ての煙突を風が撫でる音だって耳を澄まさないと聞こえない。
静かで、長閑で……だけど簡素な服一枚の僕には少し寒い。
「うん。やっぱり南へ行こう」
南だったなら暖かいし、僕が求めるものに一番近かったはずだ。
そこで隠遁生活をしながらファンタジーを楽しむのだ。
「よし決めた。じゃあ早速……この依頼書をお金に換えて、朝ご飯を食べよう」
いくら僕でも食べずに済むという石は持っていないのだ。
床に穴が空きそうな酒場で報酬を受け取り、そこのカウンターで食事を取る。
ここは少し埃臭く綺麗とは言い難い場所だったけど、ご飯は美味しいのが意外だった。
干し肉を戻したものと葉物の野菜を香草と合わせて、くったりするまで煮込んでいるのだ。
素朴だけど野菜が旨みを吸って、肉もほろりと柔らかくて、一応貴族な僕の舌も満足している。
勿論こんなおいしい食事の最中だ。鉄仮面は外している。
一応やれないものかと頑張ってみたけど、流石に食べられなかったせいもある。
パンとかだったなら多分行けたと思うのだけど、煮込み料理というのは今思えば絶対に無理な話だった。
鉄仮面を着けておんぼろ丸椅子の上で立ち膝。その上食べるのは煮込み料理。
……うん。なんで挑戦したくなったのかさえ、今では分からない。
最初から素直に兜を外せば良かった、と思いながら食事を中ほどまで食べ進めたころ。
「ほう、そんな顔だったか」
そんな声と一緒に隣に誰か座ってくる。
見上げると、薄暗い店内にスキンヘッドが光っていた。
スキンヘッドの、最近見た顔の……
「ゲイルさん!? なんで居るの!?」
王都で別れたはずの二級冒険者、ゲイルがそこに居た。
普通に座っている姿に混乱していると、ゲイルが自身の頭を撫で、カラカラと笑いだす。
「いやな、あの後が気になったんだよ。なんせ俺を保護者と勘違いしたバーテンが、『レイブンって子供が無茶な依頼を受けた』って連絡してきたからな。驚いたか?」
彼は何でもないように言って、更に料理を頼み、食事を始める。
「ああ。しんどかったぜ。子供が死ぬのは寝覚めが悪いからな。でもその様子じゃきちんと終わらせたらしいな」
「うん。依頼だからね。というか、どうやって来たの?」
「そりゃ、色々とだよ。俺は案外器用なんだぜ」
「……そうなんだ」
「あっ。今絶対見えないって思っただろう」
「え? いや……あ、じゃあ僕はそろそろ戻ろうかな」
「ほう、王都にか」
「まあね。放任主義な親だけど、早めに帰らないと」
それだけ言って食事を掻き込んで、兜を被り、僕は酒場を出た。
そして王都へと続く、街道を歩いた処で、大きくため息が出た。
「拙いなあ」
ゲイルは普通に話をしていたけど、観察しているような感覚がした。
あれは間違いなく何かに感づいている様子だった。
カードを作ったときに怪しまれているとは考えていたけど、それでも隣町に急行するくらい怪しまれているとは思わなかった。
あの分だと僕の顔を覚えて、追われている人間がいないか調べ始めるだろう。
こうなると、もう時間的な猶予はない。面倒なことにならない内にさっさと逃げてしまおう。
「もう少しのんびりする積もりだったのに。あのつるっぱげめ。機会があったら磨き粉で磨いてやる」
「スキンヘッドだ。禿げちゃいねえ」
「っ! うわあ!」
全く気配が無くて、後ろに飛びのいてしまった。
と、踵が石畳に引っかかって、後頭部を強打した。
鉄兜が保護してくれたけど、耳元でうるさい音がつんざく。正直、これの方がダメージが大きい気がする。いや絶対そうだ。
「~っ」
「大丈夫か? 陰口言うからそうなるんだぜ」
「何だよ!? いきなり!」
「いや、少し気になってな。逃げるように王都から離れた子供が」
「家出だと思ったの!? 違うよ!」
「そうだろうな。訳ありの何某さんだ」
全くこの男はどこまでしつこいのだろうか。親切そうだという印象だったけど、今はもう不審な感じしかしない。絶対に何か企んでいるだろう。
そもそもそうでないとしても、僕はこう子ども扱いする人間はあまり好きでないのだ。
等々の感想と、恨み言も添えて言ってやろうかと思ったけど、堪える。
口喧嘩をしている暇はないのだ。
「まあ、安心しな。ただの老婆心ってやつさ。もし大変な目に遭っていたら、少し助けてやろうかと」
「へえ、遭っていたらお金でもくれるの?」
「せ、世知辛いな。ちげえよ。勧誘のお誘いってやつだ。俺はギルドを運営してるんだが……ああ、冒険者ギルドじゃねえぞ。要はチームを組んでるって考えてくれ」
チーム……パーティみたいなものだろうか
「それに入らないか、ということだね」
「ああそうだ。どうだ? テストはあるが、クリアーしたら東へ西への大冒険だ。楽しいぜ?」
「嫌だ」
「早っ」
僕が冒険者になったのはあくまで王都から逃げるため。ここからは冒険者として動くわけにはいかない。
何せクロウと言う少年の逃亡と同時刻に、謎の覆面冒険者が登録して王都から離れるような任務を受けたのだ。
調べられれば容易にばれる。
結局のところ、レイブンは使い捨ての身分でしかないのだ。
「じゃあ、親が待っているから」
「おいおい。まだその設定引きずるのかよ。……まあ、無理強いはしねえがな」
食い下がるかと思いきや、急に止まってゲイルは踵を返した。
「ったく飯置いてきた甲斐がねえや」
そしてあっさりと引き下がる。剃り上げた頭を撫でて、文句を言いながら帰っていく。
正直、予想外だ。もう少し粘ると思ったのだけど。
もしかして本当に老婆心というものだったのか。
「まあ、今はいいか」
違った場合が怖いし、彼を相手にしている場合ではない。もう面が割れてしまったのだから。
それにもうゲイルの事は考えても無意味な気がしてきた、というのもあった。
「ゲイルさんより、旅の準備だよ」
切り替えよう。ゲイルがどう動くにせよ、ここを離れれば追跡は不可能なのだから
そろそろ町の皆が動き始めるみたいだし、それに紛れて準備を進めるとしよう。
僕は人目がまだ少ないうちに鉄兜を脱いで、物陰に捨てた。短剣も背中に隠し持っている一本を除いて全部捨てる。謎の鉄仮面、レイブンはここで消息を絶つのだ。
そして、ただの町民その一となって開店準備に勤しむ人々に入り込む。
先ずは食料を調達しよう。
そう思って比較的早く開いている食料店を探すと、肉屋が開いていた。
「ごめんくだ……」
「いらっしゃい。御使いかい?」
入ると、ソーセージや干し肉が並ぶ棚と店長らしいおじさんが出迎えてくれた。
「は、はい。その……ええと」
でも、これは聞いていいものなのだろうか。いや聞けないだろう。
なんで店の真ん中で簀巻きにされているのですか、なんて。
おじさんは何故か分からないけどロープで幾重にも巻かれて、正座をさせられて、次いでに足に重石を乗せられているのだった。
そしてその後ろで奥さんが冷たい目線を浴びせているのだった。
ゲイルの事で少し真面目に考えていたけど、その裏でこんな修羅場が起きているなんて誰が想像しただろうか。
出て行こうかと思ったけど、取り込み中ではないらしい。
一瞬戸惑ったけど、疑問を飲み込んで、用意していた通りに話を進めてみる。
「う、うん。ギルドの人が保存の利く干し肉を買えって」
「ほう、ギルドの関係者か。若いのに大変だねえ。何日分かね?」
あなたの方が大変みたいだけど。いや間違いなく、絶対に僕よりあなたの方が大変だ。
特に足が。重みで潰されている足が。
「え、えーと兄ちゃんが駄目にした分だから、五日分だけ……」
「あはは、駄目にしちゃったのかい。じゃあ千シール。いやまけてやろう! 七百五十シールでどうだ?」
と言った途端、おじさんの足に乗った重石に奥さんの片足が乗った。多分この『まける』という行為がこの事件の発端だったのだろう。
しかも、余程腹に据えかねているらしい。足をダンダンと叩きつけて苛めている。
素人目から見ても、随分と酷い拷問だった。
ある意味凄い。ファンタジーな世界なのに、こんな本格的な拷問があるなんて。
凄いけど……必要性が感じられない。魔法でいいような気がする。
「今月入って、七ミール損。今月入って、七ミール損」
ぶつぶつとつぶやく奥様に、おじさんは苦笑いをする。
苦笑いしているけど、絶対に痛いはずだ。何故そこまで平然としていられるのだろうか。
というかそもそも七ミールなんて額をどうしてまけることになったのだろう。
確かその値段は日本円にして七万円だったはずだ。月に七万もまけていたら、それは怒られるだろう。家計的に不味すぎる。
「あの、定価でいいです」
思わず僕が言うと、奥様の足が少し浮いて
「いやいや遠慮することは無いよ」
という返しに思い切り叩きつけられた。
「た、叩きつけた!?」
思わず叫んでしまい、奥様の目線がこちらに向く。例の冷たい眼差しだ。
僕はもう、見ていられなかった。耐えられなかった
僕は商品である干し肉を取って、そこにお金を置いた。
「あ、あの……じゃあお金置いておきます」
「毎度あり~」
「七ミール二百五十シール損!」
そんな声に押されるまま逃げるように外に出た。
色々と凄い店だった。
あそこは随分と複雑な関係らしい。もう会うこともないけど、あの人達の幸せを祈っておこう。
さて五日分買ったけど、本来は三日で着く計算だった。
残りの二日分は万が一だ。それにまけてくれたから、あまり財布にダメージがない。
「代わりにおじさんにダメージがいってそうだけど」
特に足回りが。
いやいやもう考えるのを辞めよう。気を取り直して、次の目的地に向かう。
今度はお土産屋だ。別に衣類店でもいいけど目についたから入ってみる。
「ごめんくださーい」
先のこともあるから、覚悟は決めておきつつ顔を覗かせる。
「いらっっしゃーい」
品物の間から出てきたのは、いたって普通のおば様だった。
服装も普通の町人で、変な所はない。
「すみません。お母さんのプレゼントを買いたいんですけど」
「あら、いい子ねえ。何がいいの?」
「お面集めが趣味なんです。でも最近新しいローブもほしいって言ってました」
どちらも顔を隠すためのものだ。お面戦士レイブンか、謎の男レイブンか。
「じゃあ、両方買いましょう。値引きするわよ~」
お面謎戦士レイブンがいいらしい。商魂逞しい奥様だった。
こうして奥様の口車に乗せられるまま、僕はフクロウのお面と防水性の高い暖かなローブを手にしていた。
「あら」
店の前まで見送ろうと付いてきた店員が、ふと僕の手にある干し肉に気づいた。
「あらあら、貴方ティンバーさんの所に行ったのね」
「え? 多分」
そう言えばあのお肉屋さんはそんな名前だった気がする。でもあのインパクトが強すぎて、全く覚えていない。
「あの夫婦また石乗っけてたでしょ?」
「あのインパクトが日常茶飯事なんだ!」
凄い。ある意味ファンタジーだ。全然ワクワクしないけど。
「今月も色々やり過ぎたのねえ。全く、色々不安なご時世だってのにあそこは変わらないわねえ」
「不安?」
「ええ。大国が何か大変らしいわよ」
「大国って北の? それとも西?」
「西のアシュルグリスって国よ。世界で一番大きな国で、今国王が代替わりしたらしいわ。でも変わった王様っていうのが何か色々と野心家みたいでねえ。全く。魔物で手一杯じゃないのかねえ」
ティンバーさんは人が好過ぎて手一杯だけど、とクスクス笑って、さておすそ分けでもしましょうか、と僕を置いて店の奥に行ってしまった。
大国の情勢が不安定か。なら西には行かないようにしないと。
まあ、南に行く僕には関係ない話だ。とにもかくにも準備は整った。
日はまだ高く、人が活動するにはもってこいである。
「よし寝よう」
から、僕は眠るために町の外れに足を向けた。
という依頼者の言葉に対して僕は
「いえ結構。私は用事がありますので。では」
とそっけなく返した。
そして、引き留められる前にそそくさとその場を立ち去る。王都から離れたとはいえ、鬼ごっこはまだまだ続いているのだ。
町に僕が居ないと分かり、妙な子供が登録したと知られれば、時期にこの町にだって追跡者の手は伸びてくるだろう。
折角の自由に、水を差されたくはない。ここからさっさと逃げてしまおう。
「どうしようかなあ。どこ行こうかなあ。南に行きたいなあ。暖かいし」
鼻歌まじりに独り言を呟いて、考えを巡らせる。
鉄仮面が鼻歌まじりと言うのも結構不審な姿だけど、見られる心配はなかった。
今は早朝で、ここには飲んだくれも酔いつぶれた人間もいないのだから。
「ここは長閑だなあ」
王都では、健康なんて言葉を見たこともないらしい人間が、明け方になっても陽気な声に騒いでいた。
打って変わってここは一応町とは言うものの、まだまだ村らしい純朴さが残っているのだろう。ここの人間はとても健康的な生活を営んでいるようだった。
立ち並ぶ木製の家はどこもひっそりしていて、看板を掲げている所も『終了』の文字がぶら下がっている。
そんな静かな空間で石畳を踏む音が一つだけが響いているのだ。二階建ての煙突を風が撫でる音だって耳を澄まさないと聞こえない。
静かで、長閑で……だけど簡素な服一枚の僕には少し寒い。
「うん。やっぱり南へ行こう」
南だったなら暖かいし、僕が求めるものに一番近かったはずだ。
そこで隠遁生活をしながらファンタジーを楽しむのだ。
「よし決めた。じゃあ早速……この依頼書をお金に換えて、朝ご飯を食べよう」
いくら僕でも食べずに済むという石は持っていないのだ。
床に穴が空きそうな酒場で報酬を受け取り、そこのカウンターで食事を取る。
ここは少し埃臭く綺麗とは言い難い場所だったけど、ご飯は美味しいのが意外だった。
干し肉を戻したものと葉物の野菜を香草と合わせて、くったりするまで煮込んでいるのだ。
素朴だけど野菜が旨みを吸って、肉もほろりと柔らかくて、一応貴族な僕の舌も満足している。
勿論こんなおいしい食事の最中だ。鉄仮面は外している。
一応やれないものかと頑張ってみたけど、流石に食べられなかったせいもある。
パンとかだったなら多分行けたと思うのだけど、煮込み料理というのは今思えば絶対に無理な話だった。
鉄仮面を着けておんぼろ丸椅子の上で立ち膝。その上食べるのは煮込み料理。
……うん。なんで挑戦したくなったのかさえ、今では分からない。
最初から素直に兜を外せば良かった、と思いながら食事を中ほどまで食べ進めたころ。
「ほう、そんな顔だったか」
そんな声と一緒に隣に誰か座ってくる。
見上げると、薄暗い店内にスキンヘッドが光っていた。
スキンヘッドの、最近見た顔の……
「ゲイルさん!? なんで居るの!?」
王都で別れたはずの二級冒険者、ゲイルがそこに居た。
普通に座っている姿に混乱していると、ゲイルが自身の頭を撫で、カラカラと笑いだす。
「いやな、あの後が気になったんだよ。なんせ俺を保護者と勘違いしたバーテンが、『レイブンって子供が無茶な依頼を受けた』って連絡してきたからな。驚いたか?」
彼は何でもないように言って、更に料理を頼み、食事を始める。
「ああ。しんどかったぜ。子供が死ぬのは寝覚めが悪いからな。でもその様子じゃきちんと終わらせたらしいな」
「うん。依頼だからね。というか、どうやって来たの?」
「そりゃ、色々とだよ。俺は案外器用なんだぜ」
「……そうなんだ」
「あっ。今絶対見えないって思っただろう」
「え? いや……あ、じゃあ僕はそろそろ戻ろうかな」
「ほう、王都にか」
「まあね。放任主義な親だけど、早めに帰らないと」
それだけ言って食事を掻き込んで、兜を被り、僕は酒場を出た。
そして王都へと続く、街道を歩いた処で、大きくため息が出た。
「拙いなあ」
ゲイルは普通に話をしていたけど、観察しているような感覚がした。
あれは間違いなく何かに感づいている様子だった。
カードを作ったときに怪しまれているとは考えていたけど、それでも隣町に急行するくらい怪しまれているとは思わなかった。
あの分だと僕の顔を覚えて、追われている人間がいないか調べ始めるだろう。
こうなると、もう時間的な猶予はない。面倒なことにならない内にさっさと逃げてしまおう。
「もう少しのんびりする積もりだったのに。あのつるっぱげめ。機会があったら磨き粉で磨いてやる」
「スキンヘッドだ。禿げちゃいねえ」
「っ! うわあ!」
全く気配が無くて、後ろに飛びのいてしまった。
と、踵が石畳に引っかかって、後頭部を強打した。
鉄兜が保護してくれたけど、耳元でうるさい音がつんざく。正直、これの方がダメージが大きい気がする。いや絶対そうだ。
「~っ」
「大丈夫か? 陰口言うからそうなるんだぜ」
「何だよ!? いきなり!」
「いや、少し気になってな。逃げるように王都から離れた子供が」
「家出だと思ったの!? 違うよ!」
「そうだろうな。訳ありの何某さんだ」
全くこの男はどこまでしつこいのだろうか。親切そうだという印象だったけど、今はもう不審な感じしかしない。絶対に何か企んでいるだろう。
そもそもそうでないとしても、僕はこう子ども扱いする人間はあまり好きでないのだ。
等々の感想と、恨み言も添えて言ってやろうかと思ったけど、堪える。
口喧嘩をしている暇はないのだ。
「まあ、安心しな。ただの老婆心ってやつさ。もし大変な目に遭っていたら、少し助けてやろうかと」
「へえ、遭っていたらお金でもくれるの?」
「せ、世知辛いな。ちげえよ。勧誘のお誘いってやつだ。俺はギルドを運営してるんだが……ああ、冒険者ギルドじゃねえぞ。要はチームを組んでるって考えてくれ」
チーム……パーティみたいなものだろうか
「それに入らないか、ということだね」
「ああそうだ。どうだ? テストはあるが、クリアーしたら東へ西への大冒険だ。楽しいぜ?」
「嫌だ」
「早っ」
僕が冒険者になったのはあくまで王都から逃げるため。ここからは冒険者として動くわけにはいかない。
何せクロウと言う少年の逃亡と同時刻に、謎の覆面冒険者が登録して王都から離れるような任務を受けたのだ。
調べられれば容易にばれる。
結局のところ、レイブンは使い捨ての身分でしかないのだ。
「じゃあ、親が待っているから」
「おいおい。まだその設定引きずるのかよ。……まあ、無理強いはしねえがな」
食い下がるかと思いきや、急に止まってゲイルは踵を返した。
「ったく飯置いてきた甲斐がねえや」
そしてあっさりと引き下がる。剃り上げた頭を撫でて、文句を言いながら帰っていく。
正直、予想外だ。もう少し粘ると思ったのだけど。
もしかして本当に老婆心というものだったのか。
「まあ、今はいいか」
違った場合が怖いし、彼を相手にしている場合ではない。もう面が割れてしまったのだから。
それにもうゲイルの事は考えても無意味な気がしてきた、というのもあった。
「ゲイルさんより、旅の準備だよ」
切り替えよう。ゲイルがどう動くにせよ、ここを離れれば追跡は不可能なのだから
そろそろ町の皆が動き始めるみたいだし、それに紛れて準備を進めるとしよう。
僕は人目がまだ少ないうちに鉄兜を脱いで、物陰に捨てた。短剣も背中に隠し持っている一本を除いて全部捨てる。謎の鉄仮面、レイブンはここで消息を絶つのだ。
そして、ただの町民その一となって開店準備に勤しむ人々に入り込む。
先ずは食料を調達しよう。
そう思って比較的早く開いている食料店を探すと、肉屋が開いていた。
「ごめんくだ……」
「いらっしゃい。御使いかい?」
入ると、ソーセージや干し肉が並ぶ棚と店長らしいおじさんが出迎えてくれた。
「は、はい。その……ええと」
でも、これは聞いていいものなのだろうか。いや聞けないだろう。
なんで店の真ん中で簀巻きにされているのですか、なんて。
おじさんは何故か分からないけどロープで幾重にも巻かれて、正座をさせられて、次いでに足に重石を乗せられているのだった。
そしてその後ろで奥さんが冷たい目線を浴びせているのだった。
ゲイルの事で少し真面目に考えていたけど、その裏でこんな修羅場が起きているなんて誰が想像しただろうか。
出て行こうかと思ったけど、取り込み中ではないらしい。
一瞬戸惑ったけど、疑問を飲み込んで、用意していた通りに話を進めてみる。
「う、うん。ギルドの人が保存の利く干し肉を買えって」
「ほう、ギルドの関係者か。若いのに大変だねえ。何日分かね?」
あなたの方が大変みたいだけど。いや間違いなく、絶対に僕よりあなたの方が大変だ。
特に足が。重みで潰されている足が。
「え、えーと兄ちゃんが駄目にした分だから、五日分だけ……」
「あはは、駄目にしちゃったのかい。じゃあ千シール。いやまけてやろう! 七百五十シールでどうだ?」
と言った途端、おじさんの足に乗った重石に奥さんの片足が乗った。多分この『まける』という行為がこの事件の発端だったのだろう。
しかも、余程腹に据えかねているらしい。足をダンダンと叩きつけて苛めている。
素人目から見ても、随分と酷い拷問だった。
ある意味凄い。ファンタジーな世界なのに、こんな本格的な拷問があるなんて。
凄いけど……必要性が感じられない。魔法でいいような気がする。
「今月入って、七ミール損。今月入って、七ミール損」
ぶつぶつとつぶやく奥様に、おじさんは苦笑いをする。
苦笑いしているけど、絶対に痛いはずだ。何故そこまで平然としていられるのだろうか。
というかそもそも七ミールなんて額をどうしてまけることになったのだろう。
確かその値段は日本円にして七万円だったはずだ。月に七万もまけていたら、それは怒られるだろう。家計的に不味すぎる。
「あの、定価でいいです」
思わず僕が言うと、奥様の足が少し浮いて
「いやいや遠慮することは無いよ」
という返しに思い切り叩きつけられた。
「た、叩きつけた!?」
思わず叫んでしまい、奥様の目線がこちらに向く。例の冷たい眼差しだ。
僕はもう、見ていられなかった。耐えられなかった
僕は商品である干し肉を取って、そこにお金を置いた。
「あ、あの……じゃあお金置いておきます」
「毎度あり~」
「七ミール二百五十シール損!」
そんな声に押されるまま逃げるように外に出た。
色々と凄い店だった。
あそこは随分と複雑な関係らしい。もう会うこともないけど、あの人達の幸せを祈っておこう。
さて五日分買ったけど、本来は三日で着く計算だった。
残りの二日分は万が一だ。それにまけてくれたから、あまり財布にダメージがない。
「代わりにおじさんにダメージがいってそうだけど」
特に足回りが。
いやいやもう考えるのを辞めよう。気を取り直して、次の目的地に向かう。
今度はお土産屋だ。別に衣類店でもいいけど目についたから入ってみる。
「ごめんくださーい」
先のこともあるから、覚悟は決めておきつつ顔を覗かせる。
「いらっっしゃーい」
品物の間から出てきたのは、いたって普通のおば様だった。
服装も普通の町人で、変な所はない。
「すみません。お母さんのプレゼントを買いたいんですけど」
「あら、いい子ねえ。何がいいの?」
「お面集めが趣味なんです。でも最近新しいローブもほしいって言ってました」
どちらも顔を隠すためのものだ。お面戦士レイブンか、謎の男レイブンか。
「じゃあ、両方買いましょう。値引きするわよ~」
お面謎戦士レイブンがいいらしい。商魂逞しい奥様だった。
こうして奥様の口車に乗せられるまま、僕はフクロウのお面と防水性の高い暖かなローブを手にしていた。
「あら」
店の前まで見送ろうと付いてきた店員が、ふと僕の手にある干し肉に気づいた。
「あらあら、貴方ティンバーさんの所に行ったのね」
「え? 多分」
そう言えばあのお肉屋さんはそんな名前だった気がする。でもあのインパクトが強すぎて、全く覚えていない。
「あの夫婦また石乗っけてたでしょ?」
「あのインパクトが日常茶飯事なんだ!」
凄い。ある意味ファンタジーだ。全然ワクワクしないけど。
「今月も色々やり過ぎたのねえ。全く、色々不安なご時世だってのにあそこは変わらないわねえ」
「不安?」
「ええ。大国が何か大変らしいわよ」
「大国って北の? それとも西?」
「西のアシュルグリスって国よ。世界で一番大きな国で、今国王が代替わりしたらしいわ。でも変わった王様っていうのが何か色々と野心家みたいでねえ。全く。魔物で手一杯じゃないのかねえ」
ティンバーさんは人が好過ぎて手一杯だけど、とクスクス笑って、さておすそ分けでもしましょうか、と僕を置いて店の奥に行ってしまった。
大国の情勢が不安定か。なら西には行かないようにしないと。
まあ、南に行く僕には関係ない話だ。とにもかくにも準備は整った。
日はまだ高く、人が活動するにはもってこいである。
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から、僕は眠るために町の外れに足を向けた。
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