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消えた淑女

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 クアンダーの一族は、古くから王都の経済を支えて来た多岐にわたる事業を行っている。

先代当主の妻は王族から降嫁した姫で、経済界に大きな力を持つクアンダーとの結束を強める、政略的な意味合いの結婚であったもののお互いにすぐに惹かれあい、それはそれは仲睦まじい夫婦であったという。

 由緒正しい血の流れる現当主が娶ったのは、一部の口さがないものの言葉では、素性のしれぬ女性。異国の娘であったという。

 ただ、その類まれなる美貌と、貴婦人には無い行動力と鋼のような精神力、他者への慈愛は、多くの人々を虜にした。

 賛否分かれる女性であったが、クアンダーとその娘がふたりで対立するものの意見を解きほぐしていった結果、無事に結ばれることとなった。

 おとぎ話のような逸話は、戯曲となり多くの吟遊詩人たちに謳い広められていった。
そんな両親を持つ、一人娘のサラエリーナは、王都中の注目を集めていた。


 もともと身体も弱かったが、高名な医師ザーコボルの手により健康を取り戻した話は記憶に新しいが、クアンダー家が手掛けた文化推進事業の要である常設劇場の初演の日に、クアンダー家の一人娘が行方不明になった事は、一夜にして
様々な方面の人が知る事になった。


 娘サラエリーナが病み上がりであることが、クアンダーを不安にさせた。

 クアンダーは自分の持つすべての権力と手段をもって娘の搜索に当たらせた。

クアンダー家の警備員や、王都自警団それに、母親である王家の伝手を使い、王宮騎士団まで動員したが、なんの手がかりも得られず、最後に立ち寄った劇場も予定されていた公演を急遽延期して、団員すべてで捜索活動に協力をしていた。


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 サラエリーナが行方知れずになったと聞いて、居てもたってもいられず劇場の前に
やって来た私ではあるが、何が出来るわけでもなかった。

 劇場の入り口は、どこからか噂を聞き付けた大勢の野次馬でごった返し、自警団の人間が
忌々しそうに野次馬を追い払っている。

 勢いで来たものの次にどうするばいいのか途方に暮れていると、劇場の窓から
見慣れた顔が覗く……ケルドだった。

 私の姿を見つけると、素早く手招きをして私を呼び寄せ、こっそりと目立たない出入口を
指し示して、そこから入って来るように合図した。

 忙しそうに動く自警団の人の隙を見て、出入口に身体を滑り込ませる。

裏から入ると、薄暗く、表の騒動とは打って変わってひっそりとしていて、昨日お芝居で
使われた背景の絵が、いくつかに別れて置かれていて、解体された大道具が積み上げられていた。
 その影から、疲れきったケルドと、険しい顔のガルディア、久々のファザーンが手招きする。

「やぁ、久しぶりだね。大丈夫だった?」
 ファザーンが微笑んで声をかけてくる。
「参ったよ。一番この劇場を建てるのに力を貸してくれた人のお嬢さんが行方不明なんて……」
 ケルドは、弱りきった顔で内心を吐露する。

「調査の為って、せっかく作った道具もバラバラにされちまったよ」

 この日の為に準備してきたものを壊された劇団員の人たちの心を思うと切なかった。

「早く、サラエリーナを見つけて一緒にお芝居を見れるようになりたい」

 私は、唇を噛み締めた。何か手がかりはないものか。

その時、ふと、サラエリーナの最後の姿が脳裏に浮かぶ。

「そうだ。あの時一緒にいたお医者様……」

 どこかで会ったことがある気がしていたあの医師。
小さい頃、旅の途中に故郷のアルカの街に立ち寄って具合の悪い母を看取ってくれた人だった。
どうしてそのことを思い出さなかったんだろう。

 そのことを三人に告げると、意外にもファザーンが反応を示した。

「ドゥーラのお母さんの最後を看取った…?…あの、ブリスコラを探させていた医師ですか?」

 そういえば、あの医者が言ったのだ。この患者には新鮮なブリスコラの花びらが必要ですと。
時期が悪くて、街中の薬草師が総出で探しても見つけられなかったんだ。
だからこそ、父は命をかけてあの禁忌の領域へと足を踏み入れて帰らなかった。

 ファザーンが、何かを思いついたのか、ハッとした表情で告げた。

「糸口が見えましたね。あの医者の家を探りに行きますか」

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