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純粋な研究者

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 入ってきたと同じように慌ただしく出て行ったアダラ達は、ドアに鍵をかけるのを忘れていたようだ。静かに目を開けて、ドアを確認する。やはり鍵が開いている!

 チャンスか、はたまた何かの罠なのか……。

こんなわけのわからない現状で動くのはまずいと思う反面、ここでいろいろ探ってみたいと好奇心も湧いてくる。

知らないよりも知っていたほうが後々何かの役に立つはず、と思い切ってドアノブを回す。

静かなろうかは、何の飾り気もない土壁に木目の廊下で部屋は並びで2つ、向かい側に3つの作りになっていた。何の知識もなく部屋を出て、ドキドキの私。

隣の部屋のドアノブを回す。当然のように鍵はかかっている。見える部屋全て鍵はかかっていた。

そのまま館内を探索することにした。出来るだけ足音は立てないように歩く。

階段を見つけて、下の階の様子を伺うけれど特に人の気配を感じない。

どうしよう……見つかったらどうなるか。

でもここまで来たんだし、思い切って進んでみよう。

下の階に降りると、慌ただしい足音が聞こえてきた。

上の部屋には戻る時間はないし、どこかに隠れないと!!

とっさに一番近い部屋のドアノブを回す。抵抗なく扉が開き慌てて身を潜める。

この部屋に用事じゃありませんように!!

そう祈りながら部屋の外の様子を伺うと、大きな独り言が聞こえた。

「しまった鍵を閉めてくるの忘れたよ。人質の女、グースカ寝ていたから大丈夫だろうけど」

え?! あの捕まっていた部屋に鍵を掛けに戻ってきたんだ!!うわぁ。戻れる場所がなくなっちゃったわ。とは言っても今更捕まっていた部屋に戻れないし、もう少しここで様子を見ることにしよう。

しばらくして、慌ただしい足音は部屋の前を通りすぎ、遠くで扉の閉まる音がした。

慌てて鍵を閉めた手下が階段を降りて玄関から外へ出たのだろう、静かになった。

 潜めていた息を大きく吐き出した。

少し落ち着いてくると、周りが異常に書物や書類が積まれている事に気がついた。

 埃にまみれた部屋のその中の一冊を手に取る。

それは、生まれた家にもあった、父の持っていた薬草辞典の表紙とそっくりだった。
 父のものよりさらに古い書物のようだった。

 中を見てみると、色々書き込みがされていてそれは自分で研究して文面の訂正を
行っているようだ。書き込みの文字は今知られている辞典と同じ文面になっている。

 その他のものもまさか、と手に取ると見事に薬草に関する研究資料となっている。

珍しい薬草から、ありふれた薬草まで様々なモノについての研究がされているようだ。

 つい、時間を忘れて読みふける。どの本にも綿密に書き込まれた文字。

この訂正されている直筆の文字に見覚えがある。

どこで見たのか思い出そうとしているとき、突然大きな声が響いた。

 しわがれた声なのに迫力のある堂々とした声。

声のした方に振り向くと、深いシワを刻み込まれた眼光の鋭い老人が立っていた。

ローブはヨレヨレで長年手入れされていないであろう髪は伸び放題。後ろに垂らされている。

やせ衰えた容貌なのに、鋭利な刃物を思わせる雰囲気を持っていた。

「貴様、どこから潜り込んだのじゃ!!」

「ごめんなさい。私、気がついたらここにいて……」

 老人は、じっと私を舐めまわすように見る。

「……その衣装は、異国の人間か?お前さん、砂漠の国から来たのか?」

なぜか、興味津々に聞いてくる。先ほどまでどこから来たのかを聞いていたことなんかそっちのけで。

「いいえ、実はこの服、借り物なんです」

老人は私の返答に明らかに落胆しているようだった。

「なんじゃ。砂漠に住む民ならば、わしの研究の参考意見を聞けると思ったのにのう」

「あの、ここにあるこの薬草辞典、父も持っていました。この辞典、すごいですね」

明らかにがっかりしている老人に、思わずこの薬草辞典を持っている共通点を言ってみた。

「なに!!お前さんの父親はその辞典を持っとるのか!!」

先ほどよりも数段キラキラとした目で見つめる老人の勢いに思わずうなづく。

「そうなんです。でも、この本より新しい物みたいですけど」

「そうかそうか!!!お前が手にしとる本はな、初版の見本じゃ」

初版の見本、ということは、父の持っていた辞典は版を重ねたものだったのだろう。
この本はその初版に発行された物の見本ということは、それを持っているこの老人は……。

「あの。もしかして、この植物辞典をお書きになったのは、あなたですか?」

その一言に老人は満足そうに答える。

「そうじゃ。わしが、その植物辞典を編纂へんさんした、ナバート・ダスカロスじゃ!」

老人は、ご機嫌でいろんな薬草学の話をしてくれた。
主に著書の事についてを。手書きで訂正を繰り返し、版を重ねているそうだ。

 主にこの部屋の書物について嬉々として話をするナバート師は滝のように薬草の知識を私に伝授した。

 その時、また玄関の方が騒がしくなり、何人かの足音がこの部屋を素通りしていった。
そして階段を駆け上がっている音がしてすぐに、大きな声がこだまする。

《部屋に女がいません!!》

 やばい!!!!やばいやばいやばい!!!!部屋にいないことがバレてしまった。
さすがにナバート師もこの様子を不審に思うだろう。

この屋敷の中をさがす音がする。当然どこにもいない。居るはずがない。ここにいるんだから。

そして、この扉をノックされた。

「先生、少しお時間よろしいでしょうか?」
 
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