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いにしえの神

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 王都商人ギルドの長の手当は、なかなかに時間がかかっているようで、時折客間からは
うめき声のような声が聞こえて来る。

ベテランのメイドが入れ替わり立ち代り台所からお湯を沸かしては運ぶことを繰り返している。

 私も何か手伝えないかと声をかけるが、傷が深すぎて経験の浅い女性が見るものではないと
突っぱねられていて、出来る事と言ったら、お湯を沸かすための水汲みを手伝うくらいだった。

水汲みが一段落すると、料理番がひんやりとした飲み物を出してくれた。

 甘くて刺激的な、緑の葉が入った綺麗な飲み物は清涼感があってとても美味しかった。

「あまりご無理なさらないでくださいよ、ドゥーラ様。皆心配していたんですよ」

料理番のおじさんは、心底心配してくれていたようで、自分のふるさとのとっておきの

ドラケという、祝い事に出す飲み物を作ってくれたそうだ。

 ありがとう、とつぶやいて、その飲み物を飲み干した。

 爽やかでいてとても甘い、すっきりとした飲み物で後味がとても良かった。

 台所で和んでいると、メイドがやってきてファザーンが戻ったことを知らせてくれた。

ケルドの使っている客間に来て欲しいとのことだった。

料理番のおじさんに礼を言ってその場を後にした。

 ケルドの部屋に行くと、幾分顔色の良くなったファザーンが何か包みを持っていることに

気がついた。 どうやら、大きさと形から書籍のようだ。

「ドゥーラ!! 無事に戻ってきたんですね……良かった!!」

包みをテーブルに置くと、ファザーンは私を抱きしめてきた。頬から暖かな涙が流れ落ちている。

「ファザーンさんも、元気になったみたいで良かったですよ 」

 あの青ざめた様子は今はなく、うっすらと目の下にクマは出来てはいるが元気そうだ。

「ガルディアには無事に会えたんですか?」

 ファザーンの心配そうな顔に、ケルドにしたのと同じ説明をする。

すると、全く同じ反応が返ってきた。

「敵対している訳ではないのですね? でも、ある人とは誰なんでしょうか? 」

私も、そのある人のことは聞けないでいた。だから、誰のことかも見当もつかない。

「まぁ、敵方の情報を持って帰ってきてくれて、思った以上の成果です」

「ところで、ファザーンさんは、何を調べに行っていたんですか?」

 私の問いにファザーンは、机の上に載せた包みを広げた。なんか、古めかし書物のようだ。

「取り扱いは慎重にしてくださいね。これ、一応持ち出し禁止の書物なもんですから」

 持ち出し禁止を勝手に持ち出してきちゃったの?!緊急事態だから仕方ないんだろうけど

心の中で突っ込んでみたけれど、中に書かれているものがそれだけ今回の一件に必要な

情報が含まれているということだろう。

ファザーンは、古めかしい書物を開きながら説明してくれた。

もともとの古代文字が何書いてるのかがケルドと私にはさっぱり理解できなかったから。

「この辺りは、神殿の成り立ちが書かれている章なんですが、ユーラーティだけは特別に

ページを割いて事細かに説明しています」

そこには、普通の人間が知らない神殿の成り立ちから歴史まで書かれていた。

秩序と約束と誠実の神 ユーラーティ神は、世界の秩序を守る為にその身のうちに

邪神を取り込み封印したとその書には書かれていた。

その邪神は、この世の中のあらゆる人間の中に住まう恐れや妬み、苦しみなどの

負の感情を取り込み力をつけ、世界を混沌とさせ滅亡に追いやる存在として記されていた。

 無知ゆえに邪悪という名前の邪神は、1000年に一度のユーラーティ神の

力の弱まる時にその封印を解こうと暴れることがあるという。

 その時に、邪神の力を引き出す巫女が必要で、その巫女は世俗の垢にさらされていない

無垢な少女がいいらしい。姫巫女と呼ばれるその少女に、降臨の儀式を行い

邪神を取り込むと、その大いなる力は世界をも混沌に陥れるのだそうだ。

すべての出来事が鮮明に思い出された。

あの隠し通路で聞いた、ユーラーティの男たちの会話にできてた姫巫女という言葉、

上質な天蓋付きのベッドに横たえられ、暗示をかけられたサラエリーナ。


「まさか、その1000年って……」

 嫌な予感がした。 何かの符号がパチるとハマる気がしたから。

「お察しの通り、その1000年目は、今年なんですよ」


 ファザーンの言葉に目の前が暗くなる気がした。


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