俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

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第二巻 第三章 第二部 ボレロ

第四十八話 セイクリッド

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「お姉ちゃん! 倉庫の中にいろってパパが言ってたよ! なんで外に出ちゃうの!」

 私はこの頃はまだ気が強く、何事にも物怖じしない性格だった。
 その日は外の天気は雨。
 ただの雨ではない、血の雨だ。
 聖戦だ。
 魔王軍が捨て身の一撃を妖精族に加えてきた、あの日のことだ。

「ダメだ、ここはもう直ぐに陥落する!」

 お姉ちゃんは勇ましい羽を持っていた。
 私の小さくてどうしようもない羽とは違い、立派な妖精だとわかるほどに綺麗で悲しげな羽だ。
 月明かりを透き通らせる彼女の羽は、外で飛び散る肉片も映し出す。

「でも、お姉ちゃんがいないと神樹が無くなっちゃうよ! パパもママもお姉ちゃんが居なくなったら困るって!」

 私はその時、思いっきりお姉ちゃんの手を引っ張った記憶がある。
 それは、私のワガママなんかじゃない。
 我が王家の宝、命、名誉の全てを任せられたお姉ちゃんの存在がどの兵士や城や、私の命よりも大事なものであったから止めたのだ。

 パパもママも言っていた。
『この戦争が終わるのは、神樹を失った時だ』と。

 つまり、それは何を意味するかは世間の事を何も知らない私でも分かっていた。

 お姉ちゃんの死だ。
 お姉ちゃんさえ死ねば、この大戦争は終結するのだ。

「アイネ、私のことは好きか?」

 ヴィーナスの名を冠すお姉ちゃんは、私のところへ近づいてくる。

「な、なんでそんなことを聞くの? 大好きだよ!」

 私はお姉ちゃんの手を掴んだ。
 お姉ちゃんの手は温かくて湿っている。
 暖かいのは、お姉ちゃんの手が自分の血で濡れているからだ。

「アイネ。私もお前のことが大好きだ」

 お姉ちゃんはそう言うと、立ち上がって外を見た。
 私は去ろうとする彼女の手をもう一度掴んだ!

「お姉ちゃん! 外に行く気なの!? 死んじゃうよ!」

 しかし、彼女は私の手を思いっきり振り払らい、私の頬を平手打ちしたのだ!

「っ?! お姉ちゃん!」

 よろめいて尻餅をつく私。
 そして、姉は大声で私に叫ぶ!

「私はこの王家の最高位に君臨する王女だ! この戦争を止めずしてなにが王か! 奴らの狙いは私の首であることは分かっている! その意味がわかるか、アイネ!」

 赤い月明かりに照らされるお姉ちゃんの姿は、妖精という可愛いものとはかけ離れていた。
 青い髪が血塗られた汚い色に変色し、凝固して酷く髪が乱れていた。

「やだよ、お姉ちゃん! お姉ちゃんが死んだら、これから私はどうやって生きていけばいいかわからないよ!」

 私は叩かれたにもかかわらず、死の門へ向かうお姉ちゃんの足にしがみつく。
 姉の巫女服から見える素足には、割れたガラスが無数に刺さっていた。
 彼女の血の足跡は廊下からここへ続いていることがここからでもわかる。
 故に、敵から見つかるのも時間の問題だと言うことだ。

 頰が腫れ上がり涙を出せずにいた私、そのとき、不意に私の頬を血まみれの指が撫でた。

「アイネ。もっと強くなりなさい。逃げてばかりでは、何も成せないんだ」

 お姉ちゃんは呆然とする私に歩み寄ると、左手を差し出した。
 私が右手を差し出すと、お姉ちゃんはぎゅっと強く握った。
 瞬間、強い光が私の右手を覆ったのだ。

「お姉ちゃん……」

 導かれるような強い光。
 私はお姉ちゃんの左手に集められた光を見つめる。

「……王家をこれから守るのはお前だ、アイネ。これを受け取りなさい」

 お姉ちゃんの光り輝く左手が、私の右手に乗った瞬間、私の体の中に大量の魔力が流れ込んでくる!

「おっ、お姉ちゃんっ! 熱い、熱いよぉ!」

 あまりの痛みに私は身体を反らせながらお姉ちゃんの強い光を飲み込む。

「これはな、アイネ。妖精族の最高傑作だ。『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。代々伝わって来た最高位魔法の最終形態だ。この魔法は貰い受けた時から、アイネに渡すつもりで編曲して来たんだ」

 彼女の光り輝く魔法が、私の手のひらに入っていく。

「でも、ダメだよ! 私はお姉ちゃんみたいに強い魔法は発動できないし、才能が無いってパパやママもっ!」

「そんなの嘘に決まっているだろう、馬鹿者!」

 お姉ちゃんは私の右手を強く握ると、全ての魔力が私の中に入って来た!
 思い切り突っ込まれた光は私の中を搔きまわすと、全身が焼けつくような感覚に襲われる!

「どうやったら恋ができるか知ってるか? どうやったら他人を喜ばせられるか知ってるか? どうやったら子供ができるか知ってるか?」

 私は涙を溜め込むお姉ちゃんの表情を見て、目玉が熱くなっていく。

「お前は切り札なんだ、この王家のな。私が死んだ後に代理となる妖精王だ。だから、アイネは敢えて世間のことをなにも聞かされずに生きてきたんだ」

 お姉ちゃんは強く撫でると、私の顔を眺め続ける。

「選択をさせてあげたかった。アイネには、自分で幸せを見つけて欲しかった。――結局、私と同じ様に、言いなりになる生活が待っていることだろう。だが、アイネ。自分で自分の道を決めていいんだ。アイネが望む様に生きていきなさい」

「お姉ちゃん……!」

 姉は血まみれの手で髪の毛を縄で結うと、大きな羽を広げてみせた。

「神の代理は、何も望んではならない。巫女は生贄にされるまで純潔で居ないといけない。色恋など言語道断なんだ」

 私はその当時、なんのことを言っているかは分からなかった。

「だから、アイネ。どうか、好きな男性を探しなさい。そして、生まれてくる子供達に伝えてくれ、『巫女はもっと自由に生きるべきだ』と」

 お姉ちゃんは私に抱きつくと、涙を流しながら震える。
 私と言えば、本当に逝ってしまうお姉ちゃんの最後の言葉を脳で咀嚼することで精一杯だった。
 涙は結局出ない、まだ信じていないからだ。

「お姉ちゃん……?」

「――私、実は神樹様を裏切ったんだ。巫女の宿命を破り、私は処女を喪失したんだ」

「それって、どう言う意味なの?」

「そのうち分かるさ。とにかく、私は好きな人と共に歩んでいこうと思っている」

 お姉ちゃんの目から涙が止まらない。
 恐らく、お姉ちゃんが好きだと言った人はもう既に――。

「私は、先に行くよ。大丈夫だ、お姉ちゃんは強いから、アイネのことを守ってみせるから!」

 そして、お姉ちゃんはポケットから一つの木の枝を取り出す。
 綺麗な茶色い枝、それは神樹の強い魔力を発していた。

「私が儀式中に握って折ってしまった枝だ。両親に見つかったらいけないと隠し持っていてな。私が死んだ後にこのような不名誉を残したく無い。預かっておいてくれ」

 そう言い残すと、お姉ちゃんは立ち上がって赤い月を眺める。

「お姉ちゃんは、アイネを死なせない。約束するよ」

「ダメだよっ! お姉ちゃん! 行っちゃ嫌だ!」

 言葉数が足りない、語彙力の無い私。
 もうお姉ちゃんは振り返ることはない。
 そして、ようやく涙が流れ出した頃、お姉ちゃんは最後に私に一言、一言だけ声を渡してくれた。

「素敵な王子様を見つけろよ、アイネ」

 そして、姉は大きな扉を閉めた。
 それから先は暗闇の中、開かない扉をただただ叩き続ける時間が続いた。
 折れた枝を握り締め続けた。
 痛いはずなのに、血が流れているはずなのに私はノックし続けた。
 何時間も何時間も。

 ……。
 あれから激しい音は鳴り止んで、静寂が私の心を騒つかせる。
 戦争が終わったことをどこか嬉しく、そしてどこかで怒りと悲しみを感じていた。

 私は試しにお姉ちゃんからもらった魔力を手の中で使ってみた。
 明るくて優しく輝く彼女の命の結晶。
 その曲は王位継承者が持つべきクラシックの魔法だった。

『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』

 意味は『小さな夜の曲』。

 私はその曲を聴きながらお姉ちゃんが死んでいく様を心に浮かべていた。
 優しくて、温かくて、寂しい音楽。
 私は、この曲が大嫌いだ。
 だから、私はお姉ちゃんが大嫌いだ。

 ……そう思って生きていかないと、心が死んでしまう気がした。
 そう、心の中では忘れられるわけない。
 あんなに優しいお姉ちゃんが、本当に死ぬの?
 誰よりも笑ってたお姉ちゃんが……?

 私はお姉ちゃんが大好きだ。
 だからこそ、嫌いにならなければならなかった。

 人は忘れることで生きていける。
 いつまでも依存して生きていきたくないでしょ?
 だから、私はもうお姉ちゃんを思い出さないようにするよ。
 だから、許してください。

 私はお姉ちゃんが大嫌い。

 ……。

 それから程なくして聖戦は終戦した。
 神樹が枯れ果てたことを考えると、なにが起きたかは明白だった。

 倉庫から出してもらった時、気つけば私の右手に握られていた神樹の枝は手のひらに深く突き刺さっていた。
 血だらけになった私の巫女服が、私の手のひらの大出血がどれくらいなものかを物語っていた。
 だけど、お姉ちゃんの痛みに比べればこんなの痛くないよ。
 だから、これから私の身に起こる全ての痛みに耐えるよ。
 だから……どうか安らかに眠ってね。

 大嫌いだよ、いつまでも――。
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