僕は亡者だから(戯れる)。

鹿

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「出る」


 カキが出した精液は、降り注ぐ雨によって、僕を流れていく。
 中に出しても変わらないだろうに。
 いつからかカキは初めての時のように、僕の外に精液をかけるようになった。

 カキは、雨の中でも僕を抱くようになった。全く切らないようになってしまった。
 これが愛だろうか。ジキも全く、少年を殴らないようになっている。
 カキの手が僕の頬を撫でた。

「俺だけ見てよ」

 腑抜けた声が聞こえて、僕は苛立った。
 僕を殺してくれ。云うのを押さえた。彼をこんな腑抜けにしたのは、誰でもない僕だ。
 カキの陰茎はその甘えた声と裏腹に、僕の中で勃っている。

「ヨスガ」

 カキは僕の身体におぶさると、再び腰を動かし始めた。腹の中がまた押される。
 もう慣れてしまったのか、痛みよりも他事に意識が向く。
 僕は目を閉じて、雨音を聞いた。

 スッと身体から力が抜けていく。
 ここにいるのは、僕だけ。腹にくる衝撃で、そうでないと分かる。
 僕とカキだけ。目を開けると、そこにジキと少年がいる。

「ヨスガ!」

 耳元で叫ばれた声に向くと、カキが泣いていた。
 雨で涙を流しているかどうかは分からない。
 けど、顔を愚図らせている。

「ごめん」

 僕が顔を撫でると、カキの顔は少しだけ緩んだ。腹に衝撃が来ない。
 それでもモノは僕の中に硬く留まっている。

「俺の事が嫌いになった?」

 返す言葉は決まっている。
 そうでなければ、カキを傷つける事になる。前のように、刻む刻まれる関係に戻るのは嫌だ。
 あまりに痛すぎる。

「好きだよ。カキ」

 嘘を聞いた彼は、天井と同じように晴れて、僕の中を力強く犯し始めた。

 今の僕を架が見ていたら、唾棄されるのだろう。
 いや、それ以前に架は僕を唾棄したから、残して、一人で逝ったのかもしれない。
 架とは二度と会えないだろう。会いたくない。
 じゃあ、僕が地獄に来た意味は。

「あ、あ、あ、」

 途端に身体が快楽を覚え始めた。
 だって、この鬼は僕を愛してくれている。
 ああ、カキ。好きだ。うん。好きだ。

「その辺で止めておけ。食事の時間だ」

 食事。
 途端に自分の腹がなった。気づくと腹への圧も止まった。

「ジキ。そいつを食えるのか?」

 カキは僕におぶさりながら、ジキと話している。
 ジキは仰向けになったままの少年のそばで、勃ったままの陰茎をこっちに見せつけるように、仁王立ちしている。

「ショウ。俺に食われるの嫌か?」

「前から思ってた。ジキはお腹が空かないのかなって。食われるならジキに食べられたいよ」

 食べられる。そうか。死者は鬼の食糧なのか。
 カキが萎えて来たのを感じた。

「ショウ、必ず呼ぶからな」

「呼ぶ?」

 ジキはショウと呼んだ少年の腕を掴み、その身体を起こした。
 いたいけないその身体はやせ細っていて、全く美味しそうではない。
 僕は自分の腕を上げると、彼の身体と瓜二つに皺だらけで、よくカキの肉体を受けられていたと思えた。

「俺もヨスガを食いたい」

 カキは陰茎を抜くと、僕を抱いたまま身体を起こした。

「どうやって?」

 僕の声をかき消すように、岩屋の中にガゴンと重たい金属が唸るような音が響いた。
 僕の足は地床に下ろされて、カキの横に並んだ。
 ジキとショウは、赤白い空に向かって、二人で歩き始めている。


「俺らも行こう」


 カキは僕の手首を掴んで、ジキらと同じほうに歩き始めた。


「カキ。だからどうやって、僕を」


「人間は不浄だ。だから」


 カキは俯いたまま歩みを止めない。


「茹でるんだ。それから、肉を削いで。湯と一緒にその肉を食う」


 途端に汗が噴き出した。またあの、切断の痛みを。いや、茹でられる。熱いのか。嫌だ、


「嫌だ。カキ。嫌だよ。僕以外の人間を」


「ヨスガ。俺はお前が好きだ。だから、必ずヨスガは甦る」


 何を言ってるんだ。そういう事じゃない。熱いのが嫌だ。茹でられるのが嫌だ。


「離して。自由にさせてよ」


「ここには全くの自由なんてない。それが分かって、ここに来たんだろう」


「違う。僕は架に会いに」


 カキの目が僕に向いた。汗が瞼の上を流れていく。
 この場で食われるのか。いや、殺されるのか。
 殺されたら、僕は何処へ。


「ヨスガ。俺は、永遠にお前と一緒にいたい」


 そう言うカキの目は僕に向いていなかった。
 真っすぐただ前を、少しだけ広がってきた空に向いていた。でも、


「食べるんだったら、一緒にいれないよね」


「ジキが言ってただろう。呼ぶって」


「あれ、どういう意味だったの?」


「人間の肉体は滅んでも、魂は空を漂う。鬼がその真名を呼べば、肉体は戻る」


「何それ」


「理屈なんてない。そういう風になってる。だから、俺はヨスガを呼ぶから」


「永遠の地獄だね」


「お前が嫌でも、俺は呼ぶ」


 まだ空は向こうに見える。
 先を歩くジキとショウも、まだ岩屋の中にある。
 後ろを見ると、男の鬼が、女性を抱えながら歩いていた。その後ろにも、鬼と人が並んで歩いている。

「四須加孝太。ちゃんと呼んでくれよ」




 岩屋の外は、背丈の揃った雑草が生い茂っていて、少しだけ離れたところに緑川が流れていた。
 河原では年端もいかない少年少女が石を積み上げている。
 その上では、赤い空に黒い猛禽が十数羽で輪を描いて、同じところをくるくると飛んでいる。

「並べ」

 向くと、岩屋の出口の真横に列ができている。
 ショウは一人でその列に並んでいて、ジキはその列から離れたところで、ショウのほうを向いている。

「カキ。そいつの手を離せ」

 小太りの鬼がカキに命じた。整列係だろうか。僕は握っていた手を離した。

「ヨスガ」

「コウタだって。真名を呼んで」

「うん」

 僕は列の最後尾についた。どうして逃げる気が起こらないんだろう。
 前方から叫び声が聞こえてくる。
 そのほとんどが「熱い」を連呼している。徐々に、徐々に、恐怖が募って来た。
 列の横には、歴史の教科書でみた土器のような、茶色い器を前に座る鬼たち。
 退屈そうに、だが、目は爛々と僕たちを見ている。
 僕の肉は彼らの口にも運ばれるのだろうか。


「歩け」


 聞いたことのある声。整列係の一人の鬼の顔は見覚えがあった。
 そうかアンタも。
 余計に逃げ出したくなるも、その鬼の持つ黒い棍棒を見ると、逃げても無駄だろうと諦めがついた。

 ゆるゆると足を進めていく。阿鼻叫喚が間近のものとなり、辺りが強烈な熱気に包まれた。
 先を歩く人の背中から汗が噴き出している。
 自分もそうだ。よく歩いていられると思える。

 足元が地面から桟橋に敷かれるような板木へと変わった。足の裏を熱気が襲ってくる。

「熱っ」

 前の人が足をばたつかせて、列をはみ出し、板木から濁緑色の湯のなかへ落ちていった。
 川の水を沸かしているのだろう。濁っているのは、人間から出た灰汁だろうか。

「熱い熱い熱い熱い」

 背だけを湯に浮かべる茹で上がった白い人間たちと、立ちこめる湯気の隙間で、顔と手を湯に浮かべて、落ちた人が叫んでいる。
 僕は列を詰めるように歩いて、少しずつだが、確実に前に進んでいく。
 後ろを向いてはいけない気がする。それぐらいにここは地獄過ぎる。

 ショウはもう入ったのだろうか。何の心配を。逃げ場など無いと言うのに。
 ジキはショウを甦らせるのだろうか。
 ショウはジキの言葉を信じて落ちたのだろうか。
 カキは僕を本当に。
 いや、もう考えても。


「飛べ」


 列の先頭には、現世でみたことのない背丈の鬼が、汗だくになりながら立って、命令していた。
 僕の前の女性は、足をわなわなと震わせていたが、その鬼の声を聞くと、毅然と背足を伸ばし、落ちていった。


「飛べ」


 目の前にはさっきの女性がバシャバシャと音を立てて、湯のなかを無造作に泳いでいる。


「飛べ」


 怖い。
 でも、僕はあの時を思い出して、板から足を離して、湯気のなかに飛び込んだ。
 
 熱い。
 熱い。

 脳が溶ける。

 熱い。熱い。


 熱い。




 熱い



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