魔女占いのミミー

緑川らあず

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02.初めての村での生活

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「でも……やっぱり、ちょっと不安かも」
「そう?」
「だって、私、ドジだし、おっちょこちょいだし、この間は薬草の種類も間違えたし、五芒をきるのも、また間違えて右から描いてしまいそう」
「ふふ」
 シーンは思い出すように笑って言った。
「たしかに、あなたはあまり出来のよい生徒ではなかったかもね」
「そんなぁ」
「でも、それはみんな同じよ。私だってそう」
「シーンも?」
「そうよ。私だって見習いの頃は、それはいろいろと失敗もしたわ。たぶんあなたもそうだろうけど、私もゴールドという姓を重荷に感じたこともあったし」
「へえ、そうなんだ」
 憧れの先輩であるシーンもかつてはそうだったのかと知り、ミミーは少しだけ安心した。
「だから、大丈夫。ちょっとやそっと失敗するくらいは、なんていうことはないわ。ただ、大事なのはね」
 ミミーの顔を見て、白い魔女は言った。
「あきらめないこと。失敗したことを忘れずにおくこと。同じ失敗をしなければ、失敗の数は自然と減ってゆくのだから。そして、それはやがて経験になって活かされてゆくわ」
「ふうん……そういうものなの?」
「そうよ。今にあなたにも少しずつ分かってゆくと思うわ。失敗したときや、上手くいったときや、どっちでもなかったときも、それはすべてが大切な経験なのよ」
「ふうん。そっか」
 それらはまだ実感としてはよく分からなかったが、ともかく失敗というのはそう悪いことではないらしい。ミミーはうなずいた。
「ありがとう。シーン、私なんとなく、緊張がとけてきたみたい。うまく飛べそうだわ」
「よかった。飛行には心の揺らぎが大きく関わるから。自信をもって飛ぶのよ。気流の変わる明け方はとくに注意して」
 塔の前までくると、二人は並んで物見の塔の守護者へ祈りを捧げた。そして魔法の文句をとなえ塔の扉を開けた。ここは王国にある五つの大塔のひとつであり、魔女の王国と外界をつなぐ出入口でもある。
 塔の内部はがらんと広く、そして暗かった。頭上は吹き抜けになっていて、はるか高くに夜空が見える。周囲の壁には螺旋階段がぐるりと上に伸びており、ミミーたちの立つ床には大きな魔方陣が描かれている。ここが飛行のための発着場であった。
「じゃあ、いくわ」
 ミミーは魔方陣の上でほうきにまたがった。
「あ、待ってミミー。これを」
 シーンは自分の胸元にあった銀のペンダントを外し、それを差し出した。
「お守りよ。ペンタクルはいつも身につけておくといいわ」
「ありがとう」
 ミミーは五芒のペンダントを大切そうに首からかけた。
「それから、これも」
「なに?」
 受け取った革袋は、なんだかきついにおいがした。
「私の特性の軟膏よ。もし、なにかあって手に負えないときは、これを塗って眠るの。夢の中で会いにきて」
「私、アストラルジャンプって苦手なんだけど……」
「大丈夫、この軟膏があれば勝手にジャンプできるわ。ほうきに乗って飛んでくるよりもずっと早く帰ってこられるから。私はいつもあなたの気配を気にしていることにするわ」
「ありがとう、シーン」
「にゃあ」
 足元でパステットがせかすように鳴いた。
「はいはい、ごめんね。待たせちゃって。じゃあ行こうか」
 ほうきにまたがったミミーは、最後にシーンに向かって手を振ると、それから目を閉じて気を集中させた。心の中で、自分の生まれたこの塔へ話しかけるようにして、その魔力をたくわえ、ほうきが浮かぶのをイメージする。
「いってらっしゃい、ミミー」
 ふわりと浮き上がったミミーのほうきは、シーンの見送る前でどんどん上昇してゆく。
「パステット、しっかりつかまっているのよ」
「にゃあ」
 樺の小枝を束ねたほうきの先にパステットがしがみつく。ミミーはさらに気を集中させた。上昇のスピードが速くなる。
「それっ」
 塔のてっぺんから外に飛び出すと、視界いっぱいに星のきらめく夜空が広がった。湿りけを含んだ風が涼しく頬を吹きつける。
 前方には黒々とした山がそびえ、その向こうはもう外の世界だった。飛行の訓練で、何度か王国の上空を飛んだことがあるが、ミミーはいつか自分が山を越えて、外の世界へ出てゆくことをいつも想像していたものだ。
 上空から魔女の王国を見渡すと、不思議な感情が湧いてくる。
 それは、生まれ育ったこの王国への愛着と、離れがたい気持ち、そして、ついに外へ出てゆこうとしている自分への誇らしさ、それらが入り交じったような気分だった。
(ああ……私は今、本当に旅立とうとしているんだわ)
 背後では東の空がしだいに白み始めている。夜明けはもうすぐそこだ。
「みゃあ」
 背中越しにパステットがひと声鳴いた。
 振り返って見ると、東の方向から、こちらへ近づいてくるものがあった。
「あれは……」
 誰かがほうきに乗って飛んでくる。白いスカートをひらひらさせて。
「ミミー」
 風に乗って聞こえたその声で、ミミーは相手が誰なのかを知った。
「エルフィル」
 ミミーのほうきの横にすいと近づいてきたのは、ひとつ年上の見習い魔女、エルフィル・ムーンだった。
「あなたを見送りにきてあげたわ」
 エルフィルはふんと顔を横にそらし、銀色がかった金髪を風になびかせた。
「せいぜい、失敗を続けて泣いて帰ってこないことね。シルヴァーの姓が恥ずかしくなったら、代わりにわたしがもらってあげるわ」
 相変わらずきつい言い方だったが、もうしばらくは彼女とも会えないのだと思うと、ミミーはさほど怒る気にもなれなかった。エルフィルの方もいくぶん声をやわらげた。
「私は、今年のうちに最終試験を受けて正式に魔女になるつもりよ。そうしたら、こうして会うこともずっと少なくなる」
「そう。さびしいね」
「ふん。せいせいするわ」
 その言葉とは裏腹に、エルフィルはミミーの目を見て笑いかけた。
「私はムーンの姓を汚さないよう、立派な魔女になってやるわ。王国の伝説に残るくらいの。あなたも……」
「うん、私も頑張るわ」
「まあ、伝説は無理だと思うけれど、まず不合格にならないように頑張るのね。シルヴァーの姓の見習い魔女が不合格になっては、それこそ王国の汚点だわ」
 パステットがフーッと鼻をならす。
「それがパイワケットの血を引くエルフキャットね」
「エルフキャット?」
「そうよ。なにも知らないのね」
 エルフィルはくすりと笑い、そのままくるりとほうきの向きを変えた。ほうきの先には、白いフクロウが悠然ととまっていた。彼女の使い魔、トラッポである。
「もう帰るわ。トラッポは夜明けの太陽が苦手だから」
「ああ、うん。じゃあね」
「さよなら、ミミー」
 そう言い残すと、エルフィルは素晴らしい飛行術でほうきを旋回させ、王国に向かって急降下してゆく。
 ミミーは、気を取り直すように大きく息をつくと、また前方の山に目を向けた。
「ありがとう。エルフィル。私……きっと頑張るから」
 小さくつぶやく。そのとき、背後からきらりと光がさした。
「夜明けだわ」
 暁のきらめきを背中に受けながら、ミミーは生まれ育った王国に別れを告げた。
 
 黒い山を越えると、周囲には見渡すかぎりの森が広がっていた。
 広く、どこまでも広く、緑の森が続いている。眼下に広がるこのはじめての景色に、ミミーは目を奪われた。
「きれい……」
 空はしだいに明るさを増してゆき、澄んだ空気と風が耳に冷たい。鳥たちの鳴き声に、森をわたる風の音……世界は広く、そう、とても広かった。
「今までは王国の上しか飛んだことはなかったけど、森がこんなに大きいなんて知らなかったわ。あっ、見てパステット!」
 思わずミミーは指さした。片手を離したせいで、ほうきが不安定にぐらりと揺れる。パステットが不安そうに「ふみゃあ」と鳴いた。
「ほら泉よ、あそこに泉があるわ」
 森の切れ目に小さな泉が見えた。上空からでは、それはほんの水たまりくらいにしか見えないが、それでもミミーにとっては初めて見る自然の泉だった。
「見て。その向こうに、家みたいのが見えるわ。きっとあそこが私の行く村よ」
 泉から少しいったところで森は開けており、そこにいくつもの家らしきものが見えている。方向からしてあの村に間違いなかった。見習いとしての最初の修行には、王国にほど近い村が選ばれるが常だった。
「下りてみよう」
 ミミーはほうきを降下させた。飛ぶときよりも下りるときの方がやや苦手で難しかったが、わくわくとして心踊らせるミミーには、少々の荒っぽい着地も問題ではなかった。
「みぎゃっ」
 悲鳴を上げるパステットにもかまわず、ほうきは草の上に滑り落ちるように着地した。
「わあ、空から見るよりずっと大きい泉だわ。ねえ、パステットも来てごらんなさいよ」
 ほうきを放り出して泉に駆け寄るミミーに、仕方なさそうにパステットもついてゆく。
「水が冷たい!それにすごく透き通っていて、きれいだわ。あ、見て。ちっちゃい魚もいっぱい泳いでる」
「みゃあ」
 魚と聞いてパステットは目を輝かせたが、泉は案外深そうで、水の中に入ってゆく気にはなれないようだった。
「あら、お前は水が苦手なの?それはそうかもね。私だってずっと魔女の国で育ったんだから、もっと大きな湖や、川なんかだったら、とても怖いと思うかもしれないものね」
 ミミーは水をすくって一口飲んだ。
「美味しい。なんだか森の味がするみたい」
 パステットもおそるおそる、泉の水に口をつけた。
「よし、ここからは歩いてゆこうか。村まではそんなに遠くなさそうだし」
 そう決めて、ほうきを拾おうとしたところへ、「あっ、魔女!」と、人の声がした。
 見ると、水を汲みにきたらしい少女が、驚いたような顔でそこに立っていた。
「あら、村の人?」
「ひ……」
 少女はミミーの姿を見て恐ろしそうにあとずさると、水桶を放り出して逃げるように走っていってしまった。
「あの、ちょっと……」
「魔女よ。魔女が出たあ!」
 ぽかんとして立ち尽くすミミーの耳に、少女の叫び声が聞こえてきた。
「もう……なにも、そんなに驚かなくてもいいのにね」
 自分の姿がそんな怖かったのだろうか。かぶっている黒い帽子とローブに触れてみる。確かに全身黒ずくめであるが、ミミーにとってはこれがごく普通の恰好に違いない。
「ともかく、行きましょうか」
「みゃあ」
 ミミーはパステットを連れ、少女が走り去った方向へと歩きだした。
 両側を森に囲まれた道の上に、荷車の車輪でつけられた跡が続いていた。それをたどってゆくと、やがて森は途切れて、その先に村が見えた。
「あそこだわ」
 小川にかかった小さな橋を渡ると、村の入り口らしき木柵があり、その向こう側に藁ぶき屋根の家がいくつも並んでいる。
「これが、魔女でない人たちの村なのね……」
 村の周囲には畑が広がり、きれいな小川が流れ、緑の森へと続いている。ここは自然の光に満ちあふれており、山に囲まれていつも薄暗い魔女の王国とはまるで違っていた。
「ここに、いろいろな人々が、男も、女も、みんなが一緒に暮らしているのね」
 小さな感動に包まれながら、ミミーは橋の上から村を見つめていた。
 ミミーの育った魔女の王国には、当然ながら魔女しかいない。男の姿を見ることなどはめったになく、行商人か、手紙の配達にくる人間くらいしかミミーは知らなかった。
「さあ行こう、パステット。ここが私の最初の仕事場よ」
「みゃあ」
 ミミーが村の入り口に歩いてゆくと、そこにはすでに大勢の人が集まっていた。大人に老人、それに子どもたちもいる。みな村の住人だろう。彼らはこちらを見て指をさしたり、ひそひそとなにか言い合う様子だった。
「こ、こんにちは」
 人々を前に、少し緊張しながらミミーは言った。
「私は、魔女の王国から来ました、ミミー・シルヴァーと申します」
 それを聞いて、村人たちからとたんにざわめきが上がる。
「おお、やはり魔女だってさ」
「魔女だってよ」
「魔女だ、魔女だ」
 女たちが顔を見合せ、子どもたちが口々に声を上げる。泉で見かけた少女もいた。
「あの、よろしく……まだ見習い魔女ですが、こちらの村でしばらく修行を……」
 ぺこりと頭を下げるミミーを、村人たちは離れた所からじっと見つめている。
「あのう、村長さんはおられますか?」
 ミミーはおずおずと尋ねた。だが、人々はそれに答えるでもなく、ひそひそと囁き合っている。
(言葉は通じているわよね……たぶん)
 なにぶん、王国の人間以外と接するのは、ほとんどはじめてである。ミミーの中に、しだいに不安な気持ちがつのってきた。
 それでも、なるべくそれを顔には出さず、安心させるように笑顔でうなずきかけてみる。先輩や姉たちから教わった魔女としての心得のひとつだ。まずは、相手に安心してもらうこと。そうすれば自分も安心して仕事ができるようになる。
(そうだわ。これも、見習いの修行のうちなんだ)
 自分にそう言い聞かせ、ミミーはにこりと人々に笑いかけた。すると、白髪のまじった髭を伸ばした老年の男が、人々の間から進み出た。
「わしが村長のカートンだがの」
「こんにちは。見習い魔女のミミー・シルヴァーです。このたびはこちらの村にお世話になります」
「ああ、聞いとるよ。この村にはあんたのような魔女さんが、ときどき来るのじゃ」
「そうですか」
「ふむ。といっても、このあいだ村に魔女が来たのはもう、かれこれ三年くらい前になるかの。しかし、まだ使っていた家はちゃんと残っておるはずだ。案内しよう」
「ありがとうございます」
 ミミーはほっとして、人々にうなずきかけながら、村の入り口をくぐった。
 村長のあとについて歩いてゆくと、ミミーの後ろからぞろぞろと村人たちが付いてくる。とくに小さな子どもたちは、よほど魔女というものが珍しいのだろう、ミミーのすぐ後ろをはしゃぎながらついてくる。それに振り返って笑いかけると、子どもらは怖がるようにしてさっと大人の影に隠れてしまうのだが、それでもミミーと一緒に黒猫のパステットがとことこと歩いてゆくと、また目を輝かせて後ろをついてくるのだった。
「さあ、こっちだよ。この村はごく小さな村だからの。すぐに村の連中の顔も覚えてしまうだろう」
 村長に案内されたのは、村のはずれにある古びた一軒の家だった。
 それは他の家と同じように藁ぶきの屋根で、壁は泥で固められたごく簡素な造りの家だった。家の前には大きな柳の木が生えていた。
(柳は月の恵みをもたらす木だわ)
 その柳の木の下にゆくと、長く垂れた枝葉が、ミミーの顔の前でさわさわと風に揺れた。それはまるで、ミミーを歓迎してくれているかのようだった。
(最初にこの村に来た魔女が、この場所を選んで住むことに決めたのもよく分かるわ)
 ミミーはその木が好きになった。
「それじゃあ、今日からここに住まわせていただきます。どうぞよろしく」
 ぺこりと村長に頭を下げると、ミミーは家の扉を開けた。
「わっ、すごいほこりだわ」
 中に入ったとたん、もわっとした空気があふれてきた。家の中は薄暗かったが、目が慣れてくるとそこは、いかにもかつて魔女が住んでいたような場所だった。
 壁際には何段もある木製の棚があり、そこには割れた食器やら得体のしれない石やら、何かが入っていたらしいたくさんのガラス瓶などが雑多に置かれていた。その横にはほこりをかぶったかまどがあり、その上に古びた大釜が乗っていた。
「まあ、すてき!」
 ミミーは目を輝かせて、その大釜を手に取った。
「よかったわ。まず大釜をどうしようかと思っていたのだけど、これで買わずに済んだわ。当分の生活費にともらったお金も使わないで済むし。なんてありがたいのかしら」
 ふっと息を吹きかけると、ぱっとほこりが飛び散り、黒光りする釜の表面が現れた。かなり使い込んではあるが、底も深く、なかなか立派な代物である。
「きっと、先代の魔女が使っていたものね」
 顔を突っ込むようにして大釜を覗き込むと、ミミーは満足してうなずいた。足元ではパステットが、舞い上がったほこりに鼻をむずむずとさせている。
「ようし。今日からここが私の仕事場になるんだわ。きれいに、きれいにしましょう!」
 ミミーは部屋の木窓を開けはなつと、さっそくほうきで床を掃き始めた。大掃除の始まりである。
「魔女のほうきはよいほうき。なんでも掃けるよいほうき」
 歌いながらほうきを滑らせると、部屋の隅にたまっていたほこりたちがいっせいに舞い上がり、窓の外へと飛んでゆく。黒猫のパステットは、襲いかかる塵とほこりから逃げるようにして、ととっと家の奥へ逃げ込んだ。
「まあ、パステットったら。なにか手伝ってくれてもいいのに。でもいいわ。お掃除は得意なの。カブンでも姉さんたちよりもずっとほうきの扱いは上手だったし。飛ぶのはずっと下手だったけど……ふふふ」
 ミミーはうきうきとしてほうきを動かした。はじめて持った自分だけの家というものが、とても嬉しくてたまらない。
 一通りほこりを掃いてしまうと、次は棚の整理にとりかかる。棚には古びた瓶が所狭しと置いてあるが、その中には得体のしれない植物やら、粉やら、不気味な色の液体やらが入っている。かつてここに住んでいた魔女が使っていたものだろう。どれも怪しげなものばかりだ。
 ミミーはその中でまだ使えそうなものは残し、そうではないものは整理することにした。
「これは、まだ腐っていないわ。こっちのは……だめね」
「これは……ひゃあ。トカゲのしっぽだあ!」
 ひとつひとつの瓶のふたをあけ、匂いを嗅いだり、触れてみたりして確かめる。
「あら、これはマンドラゴラね。すごいわ。まだ生きている!水を取り替えればまだもちそう」
 人の形をしたような根を持つその奇妙な植物は、毒にも薬草にも使える貴重なものだった。その他にも、ハーブを乾燥させて粉にしたものや、貝殻の入った瓶、得体の知れない毛の束や骨が入ったものもあった。それらは薬草や毒薬や軟膏などの材料になりそうなものなので、そのまま残しておいた。
 それから、部屋の隅にあった大きな木箱を開けてみた。中にはガラクタのようなものに混じって、虫が閉じ込められている大きな琥珀や、きらきらとした水晶の固まり、ルーン文字の彫られた銀盤や錆びついたペンタクル、さらには人間の頭蓋骨まで出てきて、ミミーは思わず悲鳴を上げた。
「これは……すぐに全部の整理整頓は無理だわっ」
 ばたんと木箱の蓋を閉め、ミミーはため息をついた。
「前にここにいた魔女っていうのは、どんな人だったのかしら。私と同じ見習い魔女だったのかな。それとも……もっと立派な魔女だったのかな」
 はたして、自分はここで上手くやってゆけるのだろうか。そんなことを考えながら、ミミーがぼんやりしていると、
「あら、本当にまだ子どもみたいな魔女だこと!」
 家の戸口から女性がこちらを覗き込んでいた。
「それに、たいそうほこりっぽいわ。こんな汚らしいところに住んでは、あたしだったら三日ももたず死んじまうわね」
 村人らしきその女性は眉を寄せて言った。その顔つきからは、ミミーのことを歓迎していないことが一目で明らかだった。
「あの、すみません。お店は明日からで……」
「まあ、お店ですって!」
 女性は、わざとらしく驚いたように声を上げた。
「あなたのような小さな子どもの魔女が、いっちょうまえにお店を開いて、仕事をしようというの?まあまあ、なんてことかしら!」
「あの、私はまだ見習い魔女で、その修行としてこの村に……」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。見習い魔女の修行!そんなことだろうと思ったわ。まったく。じゃあ、あなたはこの村に来て、適当に薬草でも売っていれば、それでいいんでしょうけどね。でも、魔女なんていうものは、子どもたちにも影響がよくないし、そんな怪しい、いったいどこの生まれともつかないようなものが同じ村に住んでいるというだけで、なんだか気味が悪いのよ」
 女性はまるで、ミミーに恨みでもあるかのような剣幕でまくしたてた。
「そうよ。前にいたあの女だって!自分はワイズウーマンだとか言って、偉そうに薬草やハーブを売りつけて、儲けるだけ儲けたら、村の若い男とねんごろになって、子どもを孕んでさっさと消えちまったよ。まったく、ろくでもないわね。魔女ってやつは。ただの自分勝手な色狂いの堕落女だよ!」
「……あ、あの」
 女性のあまりの言いぐさに、ミミーはしばらくあっけにとられていたが、それから両手を握りしめ立ち上がった。
「そ、そんなことありません!」
「おや、子どものくせに、言い返そうというのかい?」
「私は、私は……魔女であることに誇りをもっています。まだ正式になってはいませんが……でも、いつか立派な魔女になって、色々な人の役に立ちたいと思っているんです。魔女だって……魔女だって、あなたと同じ人間です!」
 ミミーは思わず叫んでいた。
「おお、なんて怖いんだろう……子どもとはいえやっぱり魔女だわ。怖い、怖い。このあたしを邪眼で呪おうとでもいうのかい」
「そんな……そんなつもりじゃ」
 姉たちから言われていた「村の人々とうまくやるんだよ」という言葉を思い出す。
「あの……すみません」
「あたしには大切な、約束を交わした相手がいるんだからね。魔女なんかの手にかかって死にたくはないよ!怖い怖い、おおいやだ……」
 女性は何度も首を振りながら、戸口から出ていった。
「……」
 ミミーはその場に立ったまま、涙が溢れそうになるのを必死にこらえていた。
「にゃあ」
 家の奥から歩いてきたパステットが、足元でミミーを見上げていた。
「パステット」
 ミミーは、唯一の友だちである黒猫を抱き上げると、声を震わせた。
「失敗しちゃった。わたし……来たばっかりなのに、もう村の人から嫌われて。だめだわ。姉さんたちからもあれほど言われていたのに。なにを言われてもあまり口答えしないで、つらくても耐えるのよ、って……そう言われていたのに」
 ミミーの目からぽたりと涙が落ちた。
「みゃあ」
 パステットは、じっとミミーの顔を見つめていたが、それからぺろりと頬をなめた。
「うん、分かってる……頑張らないとね。こんなことじゃ、だめだわ」
 涙をこすって顔を上げる。ミミーはまた店の準備にとりかかった。
 持ってきた革袋から魔術用具を取り出して、それぞれの道具に軽く祈りの文句を唱えてから、ペンタクルは北の方角に、儀式刀は南に、聖杯は西に、杖は東にと、大切に置いてゆく。部屋の隅にあった壊れかけたテーブルを持ってきて、その上に水晶玉を置き、両側にろうそくを立てると、いかにも魔女の祭壇らしくなった。家の外に、「魔女見習いミミーの店」と書いた立て看板をかけると、なんとか体裁が整った。
「はぁ……つかれた。なにもかも一人でするって大変なのね」
 ミミーは戸口に座り込み、家の前の柳の木を見上げた。
 いつの間にか日は傾き始めていた。ふと見ると、少し離れた物陰から、村の子どもらがこちらを見ている。こちらを指さし、ひそひそとなにかを囁き合っているようだ。よほど魔女というものが珍しいのだろう。ミミーはしばらくはそれを無視していたが、子どもの一人がこちらに向かって石を投げつけた。石はミミーの作った看板にこつんと当たった。
「あなたたち!」
 ミミーが声を上げると、石を投げた子どもはさっと隠れた。
「隠れていないで出てきなさいよ。どうしてこんなことするの!」
「わあっ、魔女が怒った」
 わらわらと物陰から出てきた子どもは、ミミーよりもずっと小さな少年たちだった。
「呪われるぞ!」
「魔法をかけられてヒキガエルにされる!」
 子どもたちはきゃあきゃあと言いながら、一斉に持っていた石を投げ、そのまま逃げていった。石はひとつも当たらなかったが、ミミーの心はひどく痛くなった。悲しくて、怒りたくて、また泣きたくなった。
「平気だわ」
 自分に言い聞かせるようにつぶやく。今度は涙をこらえられた。
「魔女になるっていうのは、こういうことなのかしら。私が思っていたのは、もっと……、もっと……すてきな」
 ミミーは首を振った。泣き言や独り言を言うのは好きでなかった。そうしたら、もっと負けたような気分になってしまう。
 気を取り直すと、ミミーはようやく人が住めるくらいに片づいた家の中に入った。
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