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松山秋ノブ

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  そんな状況はきっと2年生になっても続くんだろうと思っていた。次の日は、昨日と同じようにそれはとても晴れた日で、一昨日まではどこに隠れていたのか、道路上を毛虫が歩いている。近くの桜はまだ力を溜めているように少しだけ花を開いている。いつもと変わらない新学期の風景。体育館に全員が集められると、でもちょっと空気が違うことに気付いた。あぁ、きっと彼らもこの新学期に憂いているのだ。今の状況は心地よくないけれども、新学期になって、これまでとは違う舞台に立たされたときに、これまで必死の思いで1年間積み上げてきた物が崩れてしまうのではないかと思うと不安で仕方がないのだろう。その気持ちは橋本にも分かった。というよりも橋本も同じ気持ちだったのだ。自分はこの1年間、状況を憂うばかりで特に何も努力をしてこなかったけれども、それでもこの1年間で築いたものはある。それが無くなったとくにはどうすればいいのか、その答えはまだ13歳の橋本には見えなかったのだ。

  ふわふわした気持ちは春の心地よさとは正反対のもので、そんな空気が体育館に渦巻く中、始業式は全く何も問題なく終了した。始業式が終わると、そのまま体育館に残り、新クラスの発表になる。クラス発表のプリントが先頭から配られだした。「騒がずに速やかに回すように」と形式だけ注意した先生の声なんて全く耳を貸さずに、体育館は一気に悲鳴と歓声に包まれた。前の方にいる友人が橋本の方を振り返り、小さくピースをしてくる。それを見て、橋本は少し安堵した。これはきっと彼と同じクラスになったということだろう。まぁ、どうやら最悪の状況は回避したらしい。橋本の手元にプリントが届くころにはもう大体の情報が耳に入っていて、何にもドキドキすることは無かった。結局、橋本のグループにいたメンバーは奇跡的に全員同じクラスになったのだ。

「まぁ、これで一安心だな」

新クラスへの移動中、グループの大川が話しかけてきた。まぁな、と言った後で、でも、オレだったらどのクラスに行っても上手くやっていけるけどな。と笑ってやった。

「それはねぇよ」

と大川がツッコミを入れる。言った後で、絶対にねぇよ、と繰り返したから、本当にそう思ったのだろう。

「ハッシーはさ、きっとどこに行っても上手くはやっていけねぇよ」

なんだよ、それ、ダメ人間みたいじゃん、と橋本はちょっとムッとした。

「いや、悪い意味じゃなくてさ」
大川がフォローするような口調になる。
「良い意味には聞こえないだろ」
まだムッとした表情は崩さなかったが、冗談交じりで返答すると、大川はまたすました顔で言った。
「ハッシーは誰とでも上手くやっていけるよ」
「さっきと真逆だ」
「言葉の意味では真逆だとしても、それが真逆を指すとは限らないんだよ」
「悪い小説でも読んだのか」
橋本の冗談に大川は乗らなかった。
「ハッシーはさ。上手く付き合うんだよ。『上手く』ね。だから周りは心地良いんだ」
「周りが良ければいいだろ」
「そう、でもハッシーは充実しない」

大川はさっきから春の空の方に向かって話していた。言葉が空を舞うのに、重みが増している気がした。

「だからさ、ハッシーだけは、誰とも上手くいかない」

何も言い返すことが出来なかった。余りに自分のことを言い当てるものだから。橋本は大川のことをほとんど良く知らない。1年間一緒にいたのに、元気でお調子者で、でもふざけきれない真面目な面がある。だからクラスでパッとはしない。それくらいが大川について知りうる最大限だった。それなのに大川は自分のことをこんなにも良く知っている。自身のことを反省するとともに、大川をちょっと尊敬してしまった。

「まぁ、また1年、楽しくやろうぜ」

柄にないことを言って、大川も気まずかったのか、橋本の背中をポンと押して、一歩前に出た。荷物がちょっと重かったものだから、橋本はでんと前のめりになりかけたけれども、さすがに中学生がそれくらいで転ぶはずもない。何すんだよ、と前を行く大川を押し返してやった。

 

「ところでさぁ、気づいたか」

前のめりから立ち直った大川が訊いた。何に?と橋本は普通に返す。

「いや、うちのクラスに見慣れない名前があったじゃん」

あれ、そうだっけ。橋本はプリントを思い返した。あったような、無かったような。とにかく自分の名前とメンバーの名前、後は素行の悪い不良の名前だけを確かめたから、覚えが無い。

「えっと、名前は何だっけなぁ・・・珍しい名前じゃないんだよ。でも、あんまり見ない字並びで・・・」

大川が必死で思いだそうとしていたけれど、橋本には何も出来なかった。全然覚えがなかったからだ。男なのか、女なのか、と相槌を打つくらいのことはする。

「いや、女の子だね。ちょっと可愛い名前だった。可愛い子だといいなぁ」

何だよそれ、と橋本は言った。そういう可愛い名前の子に限って、名前負けするもんだぜ。と訳の分からない根拠を並べて、橋本はその名前を考えてみた。浮かんでくるのはどっかの水商売の女性の名前ばかりですぐに止めた。

「わかってないな。人の容姿は名前で大体決まる」
「そんなこと言ったら昔の人はどうなる『トメ』とか」
「価値観は時代で変化するものだぜ」
覚えておけよ、と大川が鼻をフンと鳴らす。

「きっとさ、転校生だよ、転校生」

楽しみだなぁ、と大川が唸った。どうしてだか気づかれてはいけないような気がして、その隣で橋本も、転校生かぁ、と少し上ずって呟いた。
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