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松山秋ノブ

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 あの・・・、と怪訝そうな顔で彼女は僕を覗き込んだ。ずっと考え事をしている僕をに気を遣ったらしい。年下の女性に気を遣わせるなんて、と自分を律して、また僕は意識を現代に戻した。何か会話をしなくちゃいけない。電車に乗り込もうとしながら、何か訊きたいことはないかを考えてみた。ミサのことを訊こうか、でもミサのことを訊けば、また僕は否応なしにミサを思い出してしまう。僕にはそれが出来なかった。

「一応確認しておきたいんだけどさ」

思ったよりも重い口調になってしまって焦ってしまう。こういう時に軽い口調にならないことは僕の短所なのだと思う。方向転換させないといけないが、上手くいくだろうか。

「君は高校生じゃないよね」

これから一緒に行動を共にするのだから、さすがに見知らぬ高校生を引き連れてはいけない。万が一にも職務質問に遭えば、僕の立場は悪くなる。当然といえば当然の質問だった。別に彼女と何をしようとも思っていなかったけれど、やはり若い女性と一緒にいることには抵抗がある。ここは僕が勤めている場所のすぐ近く、いくら私服が認知されていないと言っても、僕の存在がたまたま生徒に知られてしまう可能性がある。それはとても不味かった。特にそれが高校生であろうものなら、ともすれば法にかかる可能性もある。法にかかることをしなくても、周囲の目がそう判断する。子供を相手にする仕事をしている僕にはそれが怖かった。だからこそ重くならないように訊こうと思ったのに、そこまで修正できなかった。

「高校生に見えました?」

少し大人っぽい雰囲気を見せる彼女は意地悪そうに笑った。これで少し安心する。彼女の軽さに救われるなんて、年上が聞いて呆れる。

「いや、まぁ、ね」

言葉を濁すことしか出来ない。

「若く見られることは喜べばいいんですかね
 それとも子供っぽいってことですか」
「そういうわけじゃないんだ」
「よくわからないです」 
「仕事では中学生ばかり相手にしているからね
 それ以降の女性を見るクセがないんだよ
 だから年齢もまるでわからない」

ふーんと聞いているのかいないのかわからない返事をする。少しだけ会話が止まる。僕はそれに居心地の悪さを感じた。

「それに、高校生だと、ほらオレみたいなさ
 オジサンが連れ回したら駄目じゃない」 

慌てて僕は会話を続ける。

「森下さんはオジサンじゃないでしょ」 
「年下の女性から見たら、
 年上は全員オジサンだよ」
「そんなもんなんですかね」
「それが世間だよ」

そんなことないと思うけどな、と漏らしたあとで彼女はまた意地悪そうな顔を向けた。

「大丈夫ですよ、私は大学生です」

その言葉に、僕は少し安心していた。大学生と高校生。たった数年の違いだけれど、これは大きな違いだ。白線の内側と外側、たった一歩で死に陥る世界、まさに紙一重だった。

 乗り込んだ電車はとても空いていた。平日の午後、しかも主線からは外れた路線、当たり前といえば当たり前だ。僕らは先頭から2番目の車両に腰を下ろした。

「ところでさぁ、どこで降りるの?」

「えっと・・・栗平です」

 その駅名を聞いて、尚更安心した。僕の勤めている会社の別の校舎がある場所だった。駅の近くには僕の校舎の子も通う中学校がある。まぁ、今の時間はまだ授業をやっているだろうけれど、何があるか分からない。改めて彼女が高校生でないことにホッとした。それに、何度か来たことのあるので土地勘もあった。彼女の言う道案内が出来るかもしれなかった。僕はもう何年も都会で暮らしていながら、土地勘のある場所が少なかった。それはとても小さなコミュニティで生きていたということでもある。特に東京についての土地勘は皆無に等しかった。唯一ちょっと知っているのは渋谷と新宿。でも広すぎて分からない。それ以外の場所を言われると、こちらが先にその土地を勉強しておかなければならない。今日は昨日いきなり同行を頼まれたので、どこに行くのかも分からず、大いに不安だった。果たして自分が同行する意味があるのかとも考えていた。横浜と川崎くらいにしか土地勘の無い僕にとって、今日の場所は自分のテリトリー内、まだ少し不安はあったけれど、定刻通りに発車した唐木田行きの電車のように、僕は全く慌ててはいなかった。

 動いている電車の中で、僕はまた少しだけ彼女と話をした。話をしたというのは少し語弊がある。彼女の質問に僕が答えただけだ。いや、質問というのも少し違った。語尾が~ですよね、という確認のような問いだった。年齢、仕事、都会に暮らしての年数、ミサと初めて会った時のこと、ミサはどこまで自分のことを話しているんだろうと思った。まだ会って2回目の彼女は、僕のことを随分良く知っていた。栗平までの5分弱の間に、僕は少し心の中を見られているような気分になった。
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