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松山秋ノブ

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 しかし、夏休みが始まってもなかなか平河さんから連絡は来なかった。「夏休みに連絡するね」という言葉が橋本の中で何度も連呼された。世間一般では今は夏休みのはずである。毎日学校に行かなくてもいいし、もちろん朝早く起きる必要もない。起きてマンガを読んで、普段よりも少し多めに塾に行く。これを夏休みと呼ばないはずがなかった。もしかすると夏休みになったのは自分だけかもしれない、とさえ思った。平河さんはきっと自分とは違う時間を生きていて、まだ夏休みではないのだ。学校に行けば平河さんは1人で誰もいない黒板に向かって、ああでもない、こうでもないと言いながら授業を受けているのかもしれない。それもそれで面白かったけれど、色んな妄想は空虚に散って行った。どれだけ待っても橋本の携帯が光を発することは無かった。かといって自分から連絡することはもっと出来なかった。まず何を話していいのかが分からない。普段から何気ない会話をしたことなんて無かったから、尚更電話で何を話していいかなんて分からなかった。昨日やったこと、今何をしているのかということ、今なら少しは何を話せばいいかが分かるかもしれないけれど、当時の橋本にはそんなことは微塵も思いつきもしなかった。まぁ、今も手段を知っているだけの話で、実際に連絡できるかというと出来はしない。相手に疎ましく思われたら嫌だなと思ったり、タイミングが悪かったかもしれなかったり、そもそも本当に自分と連絡を取りたいと思っているのかだったり、そんなことばかりを考えてしまう。そしたらもう連絡なんて出来はしない。だから、きっと当時の橋本も手段をもし知っていたとしても連絡なんて出来なかったと思う。証拠に、橋本はどうして平河さんが自分と連絡先を交換したのかということばかりを考えていたのだ。きっと実際はそんなに理由なんてなかったのかもしれない。「夏休みに連絡するね」という言葉もふいに自然に出たもので意味のあるものでは無いのかもしれない。だって平河さんは転校生だから。少し前までは自分とは違う世界で違う空気を吸って、違う言葉で話していた人だから。きっと価値観とか、そういうものが違うんだよ、って。それで橋本は自分の中で決着をつけようとしていた。

 

 それでも橋本は自分の手元から携帯電話を離さなかった。電源が切れそうになって、少し離れたところで充電しなければならなくなった時も、橋本は事あるごとに携帯の画面に目をやった。期待に反して鳴らない電話は、なんかもう虚しいの一言だった。橋本は自分が水溜りの中に落ちた蟻みたいに思った。手足をばたばたさせたところで誰も助けてはくれない。そのまま落ちて溺れていくだけなのに、それは分かっているのに。それでもあがかずにはいられない。もしかしたら抜け出せるかもしれない水の外へ行くために。叶わないとは知っているけれども。


 

 終わりの無い空想はいつまでも続いた。夏休みもしばらく経ち、もう8月にらろうかという頃。ふと携帯電話から音が鳴った。初めて音が鳴ったから、それが携帯電話のものかということさえ分からなかったけれど、確かに携帯電話が光っていた。橋本は慌てて電話に手を伸ばすと、そこには確かに平河さんの名前が映し出されていた。
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