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松山秋ノブ

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Clear Color.32(Side B)

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そりゃぁね、と僕は当然のように返答した。彼女が意地悪な顔をしていたものだからすぐには教えてはもらえないとは思っていたが、それ以外の返答が浮かばなかったのだ。

「あそこですよ。」

すぐには教えてもらえないと思っていたのに、案外すぐに教えてくれたので驚いた。それで彼女が指を差した先を見ることを一瞬忘れてしまった。

「あそこですよ、あそこ。」

彼女が指差した先は、ここからすぐ近くにある大きな劇団の劇場だった。

「お芝居を観に行ったの?」

と訊くと、そう、と彼女は頷いた。頷き方はまだ何も知らない子供のようだった。

「森下さんはきっと観たことありますよね、あの劇団。」

「きっと」という言葉を使いながらも顔は確信的でちょっと気味が悪かった。

「あっ、うん。あるよ」

「姉も観たんです。あそこの劇場で。」

僕があの劇団のお芝居を観たのはいつのことだろうか。つい最近ではないけれども、そんなに遠い過去ではない気がする。少なくとも仕事を始めてからであることは間違いなかった。数人で観に行ったのだけれど、一緒に来ていた後輩は大学生だったから、多分仕事を始めてからすぐの頃だろうと思う。有名な劇団の有名なお芝居だった。けれども、僕は仕事を始めるまで、その劇団のお芝居を観たことがなかった。お芝居を観ることは好きだったけれども、余りに規模が大きすぎてアンチテーゼのようなものを持っていたのかもしれない。昔からそうだった。みんなが好きというものよりも、みんなは好きだけど一番には名前が挙がらないようなもの、地味なものが好きだった。映画も人気があるものよりは単館系のものが好きだった。みんなが好きなものはみんなが好きなところを知っている。けれども地味なものはみんなが気付きにくい。そんな中で自分がその魅力に気付いてあげる。そんな作業が好きだったのだろう。みんなが好きなものを好きだということには何もハードルが要らない、だってみんなも好きだから。でもそうでないものは、みんなの「えっ」というリアクションから始まり、納得させるという段階を踏まなければならない。自然に好きと言えるものよりも劇的なものを好む。何事も劇的に表現したがる僕にはぴったりだった。けれども周囲は違うと思う。どれだけ気を遣わずに、どれだけ自然に関係を深めていけるかに重点を置いているのだと思う。きっとそうだ。だから僕は関係を深めるのに躊躇してしまう。好きだという言葉も、良いところも伝えることももっと自然に出来なくちゃいけない。でも出来ない。出来ない代わりに僕はアンチテーゼを持っているのだと思う。

「面白かったですか。」

「君は観たことがないの?」

「えぇ、私は。そうした大きな舞台は気が引けちゃって。」

「僕もそうだったよ」

「えっ。」

彼女は驚いて僕を見た。

「大きな舞台。オーケストラの生演奏。大がかりな舞台装置。磨かれた演技の役者」

「どれも完璧ですね。」

「そう、完璧なんだ。観ていて迫力があったよ」

「それは面白かったでしょうね。」

「面白かったよ、感動もした。けど」

「けど?」

「それだけだった。何も残らなかった」

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