34 / 42
Clear Color.32(Side B)
しおりを挟む
そりゃぁね、と僕は当然のように返答した。彼女が意地悪な顔をしていたものだからすぐには教えてはもらえないとは思っていたが、それ以外の返答が浮かばなかったのだ。
「あそこですよ。」
すぐには教えてもらえないと思っていたのに、案外すぐに教えてくれたので驚いた。それで彼女が指を差した先を見ることを一瞬忘れてしまった。
「あそこですよ、あそこ。」
彼女が指差した先は、ここからすぐ近くにある大きな劇団の劇場だった。
「お芝居を観に行ったの?」
と訊くと、そう、と彼女は頷いた。頷き方はまだ何も知らない子供のようだった。
「森下さんはきっと観たことありますよね、あの劇団。」
「きっと」という言葉を使いながらも顔は確信的でちょっと気味が悪かった。
「あっ、うん。あるよ」
「姉も観たんです。あそこの劇場で。」
僕があの劇団のお芝居を観たのはいつのことだろうか。つい最近ではないけれども、そんなに遠い過去ではない気がする。少なくとも仕事を始めてからであることは間違いなかった。数人で観に行ったのだけれど、一緒に来ていた後輩は大学生だったから、多分仕事を始めてからすぐの頃だろうと思う。有名な劇団の有名なお芝居だった。けれども、僕は仕事を始めるまで、その劇団のお芝居を観たことがなかった。お芝居を観ることは好きだったけれども、余りに規模が大きすぎてアンチテーゼのようなものを持っていたのかもしれない。昔からそうだった。みんなが好きというものよりも、みんなは好きだけど一番には名前が挙がらないようなもの、地味なものが好きだった。映画も人気があるものよりは単館系のものが好きだった。みんなが好きなものはみんなが好きなところを知っている。けれども地味なものはみんなが気付きにくい。そんな中で自分がその魅力に気付いてあげる。そんな作業が好きだったのだろう。みんなが好きなものを好きだということには何もハードルが要らない、だってみんなも好きだから。でもそうでないものは、みんなの「えっ」というリアクションから始まり、納得させるという段階を踏まなければならない。自然に好きと言えるものよりも劇的なものを好む。何事も劇的に表現したがる僕にはぴったりだった。けれども周囲は違うと思う。どれだけ気を遣わずに、どれだけ自然に関係を深めていけるかに重点を置いているのだと思う。きっとそうだ。だから僕は関係を深めるのに躊躇してしまう。好きだという言葉も、良いところも伝えることももっと自然に出来なくちゃいけない。でも出来ない。出来ない代わりに僕はアンチテーゼを持っているのだと思う。
「面白かったですか。」
「君は観たことがないの?」
「えぇ、私は。そうした大きな舞台は気が引けちゃって。」
「僕もそうだったよ」
「えっ。」
彼女は驚いて僕を見た。
「大きな舞台。オーケストラの生演奏。大がかりな舞台装置。磨かれた演技の役者」
「どれも完璧ですね。」
「そう、完璧なんだ。観ていて迫力があったよ」
「それは面白かったでしょうね。」
「面白かったよ、感動もした。けど」
「けど?」
「それだけだった。何も残らなかった」
「あそこですよ。」
すぐには教えてもらえないと思っていたのに、案外すぐに教えてくれたので驚いた。それで彼女が指を差した先を見ることを一瞬忘れてしまった。
「あそこですよ、あそこ。」
彼女が指差した先は、ここからすぐ近くにある大きな劇団の劇場だった。
「お芝居を観に行ったの?」
と訊くと、そう、と彼女は頷いた。頷き方はまだ何も知らない子供のようだった。
「森下さんはきっと観たことありますよね、あの劇団。」
「きっと」という言葉を使いながらも顔は確信的でちょっと気味が悪かった。
「あっ、うん。あるよ」
「姉も観たんです。あそこの劇場で。」
僕があの劇団のお芝居を観たのはいつのことだろうか。つい最近ではないけれども、そんなに遠い過去ではない気がする。少なくとも仕事を始めてからであることは間違いなかった。数人で観に行ったのだけれど、一緒に来ていた後輩は大学生だったから、多分仕事を始めてからすぐの頃だろうと思う。有名な劇団の有名なお芝居だった。けれども、僕は仕事を始めるまで、その劇団のお芝居を観たことがなかった。お芝居を観ることは好きだったけれども、余りに規模が大きすぎてアンチテーゼのようなものを持っていたのかもしれない。昔からそうだった。みんなが好きというものよりも、みんなは好きだけど一番には名前が挙がらないようなもの、地味なものが好きだった。映画も人気があるものよりは単館系のものが好きだった。みんなが好きなものはみんなが好きなところを知っている。けれども地味なものはみんなが気付きにくい。そんな中で自分がその魅力に気付いてあげる。そんな作業が好きだったのだろう。みんなが好きなものを好きだということには何もハードルが要らない、だってみんなも好きだから。でもそうでないものは、みんなの「えっ」というリアクションから始まり、納得させるという段階を踏まなければならない。自然に好きと言えるものよりも劇的なものを好む。何事も劇的に表現したがる僕にはぴったりだった。けれども周囲は違うと思う。どれだけ気を遣わずに、どれだけ自然に関係を深めていけるかに重点を置いているのだと思う。きっとそうだ。だから僕は関係を深めるのに躊躇してしまう。好きだという言葉も、良いところも伝えることももっと自然に出来なくちゃいけない。でも出来ない。出来ない代わりに僕はアンチテーゼを持っているのだと思う。
「面白かったですか。」
「君は観たことがないの?」
「えぇ、私は。そうした大きな舞台は気が引けちゃって。」
「僕もそうだったよ」
「えっ。」
彼女は驚いて僕を見た。
「大きな舞台。オーケストラの生演奏。大がかりな舞台装置。磨かれた演技の役者」
「どれも完璧ですね。」
「そう、完璧なんだ。観ていて迫力があったよ」
「それは面白かったでしょうね。」
「面白かったよ、感動もした。けど」
「けど?」
「それだけだった。何も残らなかった」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる