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chapter 3
2話 旅と深淵
しおりを挟むフィー曰く、創造魔法とは発動自体は誰でも出来る、魔法の中でも比較的簡単な部類に入るらしい。しかしそれを実行するとなると魔力や魔法のセンスとは別の物が必要となるため、難易度はぐっと上がる。
まず形状を細部まで完璧に覚えなければならない。それに加え、構成物質を完全に理解する必要がある。そしてそれらを踏まえ脳内で設計図を作成し、それ通りの手順で魔力を運用してからようやく完成するとの事。
創造魔法とは手で作るのを魔法に変えただけで、手順に何ら変わる事は無い。もちろん複数の部品から成る複雑な物は、全体では無くパーツ一つ一つを作製しなければならない。創造魔法は鍛治師など、何かを生み出す人間が使う高等魔法の一つである――――というのが、フィーの講義内容だった。
学校の授業とは違い、非常に分かりやすかった。…………分かりやすかった故に、何も分からなかった。
フィーの言い分が正しいとすると…………いや、フィーの言い分は正しいのだろう。しかし、そうだとすると俺はどうなる? 銃の細部なんて分かるわけが無い。あるとしても映画やらゲームの知識程度で、当たり前だが部品の一つ一つなんて分からない。なのに銃は創れた。ハンドガンも、狙撃銃も。剣だってそう言われれば、創れるはずも無い。
確かに不思議ではあった。知らない武器を何故創れるのか疑問だった。狙撃についてもそうだ。初めての狙撃で見事ヘッドショットを決めたし、スコープの無い種子島で長距離狙撃を決めた。最早米粒に近い敵を、なんとなく決めた位置でトリガーを引いただけで見事ワンショット・ワンキル。己の特異さはなんとなく理解していたが……ここまでとは思わなかった。
しかし、何故自分がこの学園に居るかを考えれば、確かに分からない事でも無いのかも知れない。
平民であるのに魔力がある。それはこの国を創った王と同じ特性だ。貴族でも無いのに魔力を持って生まれた人間は、魔力量が多かったり特殊な魔法が使えると聞いたが…………例に漏れず、俺もその『特殊な魔法』が使える人間の一人だったのだろう。
「結局決め手は無し、か」
数ヶ月の旅に出るとは考えられない程軽い荷物を担ぎ、立ち上がる。そのまま外に向かうが、今度はフィーも俺を止める事は無かった。
「……はぁ」
結局俺は必殺技ならぬ必殺弾の作製を諦め、大量のマジック・ポーションを持っていく事で魔力量を誤魔化す事にした。作戦が物量に物を言わせてものとは……まぁ、現代兵器ならではの作戦か。
「どうしました?」
そんな俺の溜め息を聞いてか、ミサは振り返って問う。心配する素振りは無く、旅が楽しいのか笑顔だ。能天気なやつめ……とは思うが、まぁ可愛いから許す。
「……何でも無い」
現在俺たちは馬で最果ての地に向かっている。最果ての地は人間が生きていられる環境では無いらしいが、今回『神の座』が見つかったのはあくまでも最果ての地『付近』であり、魔物のレベルが異常に高い以外に問題は無いらしい。
一応方位磁石と地図を買ったのだが…………どうやら不要だったらしい。深い轍が道の先まで続いており、これを目印に移動すれば道に迷う心配はなさそうだ。
今回も賄賂……もといチップにより手に入れた馬は中々上等なようで、人間と荷物が乗っているのに力強く進んでいる。まぁ、宿駅の存在を考慮して荷物は二十キロも無いため、並みの馬ならそうそう潰れる事は無いだろう。
「――――ルカさんっ、あれは何ですか?」
ぼーとしながら馬を歩かせていると、たまにミサが質問して来る。聞いてみると都市の外に殆ど出た事が無いらしい。とんだ箱入り娘だ。
ちなみに今回の疑問は宿駅だった。
「あれは宿駅と言って、宿屋と酒場を兼ねた建物だ」
「あれが宿駅……」
何でも初めて見るのだから、新鮮に見えるのだろう。確かに、森の中にぽつんと建っている宿駅は不思議に見える。まぁ、見慣れた俺にとっては騒がしい酒場と大して変わりはない。
本来なら一個目の宿駅に泊まる予定は無かったが、出発が昼過ぎだった事や観光感覚でゆったり移動していた事もあり、時間的に厳しい。初日だという事を考慮して、今日はこの辺で移動を止めておく。
「今日はここに泊まるぞ」
「本当ですか!? 楽しみですっ」
ミサは嬉しそうに答えるが、俺としては若干憂鬱だ。何せミサはそんじゃそこらじゃお目にかかれ無い程度には美人だ。貴族に囲まれる生活をしている俺が言うのだから、相当なレベルだと思っていい。
つまり何が言いたいかというと、十中八九絡まれる、という事だ。面倒臭くて仕方がない。……それもダンジョンまでの辛抱だと我慢するしか無い。流石にダンジョンでまで絡んで来る馬鹿は居ないだろう。居たら割りと真面目に殺す。
「こいつを頼む」
厩舎に居る村人に貨幣を渡し、引換券の代わりとなる数字が彫られた板状のプレートを受け取る。これを無くしたら馬の返還が出来なくなるらしい。無くさないよう懐に仕舞う。
馬鹿みたいに重たい荷物は俺の代わりにミサが持ってくれた。魔法で重量を変化させる事が出来るらしい。相変わらずのチートさだ。俺もそんな便利魔法を使ってみたいぜ。無論、魔力が足りないため数分しか持たないが。
それでも覚えておいて損は無いだろうと考えつつ、宿駅の中に足を踏み入れる。前回他の宿駅に泊まった時は数グループが居る程度だったが…………ぱっと見、数十のグループがある。テーブルは大体埋まっているようで、改めて『神の座』効果の凄さを知った。やはり宗教国家だけあって、その臣民も敬虔深い人間が多いのだろうか。元日本人かつ無宗教たる俺には理解出来ない事だ。
「結構広いですね」
ミサが内部を見渡しながら呟く。確かに宿駅の中でもここはそこそこ広い部類だ。
俺もその言葉に同意しようとし――――数多の視線を感じ、言葉を詰まらせた。正確に言うとその視線の全てはミサを見ているのだが、ミサは俺の後ろに居るため必然的に殆どの視線を浴びる事になる。しかし俺には野郎に視姦されて喜ぶ趣味は無い。
やっぱりミサの容姿は目立つよな……と、あまり対策を練っていなかった過去の自分を呪う。一応フードを被らせてはいるが、その程度で紛れるような容姿だったらこんな事にはならない。
「良い女じゃねえか!」
一番奥に座っていた男が立ち上がる。周りの反応を見るに、どうやらあの男が一番強いらしい。これはあれだな。九死に一生を得るとか、地獄に仏とかそんな類のやつだな。平たく言えばラッキーってやつだ。
「どうだ姉ちゃん。そんな冴えない男より俺と――――」
「失せろ。それ以上近付くと撃つ」
刀のように腰に差していた種子島を抜くと、男の顔面やや右に狙いを付ける。格好付けているみたいであれだが、余裕を見せるために右手一本で構える。左手はポケットの中だ。
ただの『冴えない男』の予想外の動きに男は僅かにたじろぐ――――事も無く、にやりと笑った。
「はっ! その距離で何をす――――」
引き金を、引いた。
弾丸が音速の壁を突破し、衝撃波を発生させる。それが鼓膜を痛い程刺激し、慣れないやつは耳を押さえる。ビビりなやつは踞って警戒する。撃たれた男は――――呆然と自分の左耳を押さえていた。
「あ、ああ――――嗚呼あああ!? 耳ッ!! 俺の耳があああッ!?」
ふと思った。あれ、そういえばあの男、まだ一歩も近付いてないわ。…………まぁ、いいか。
叫ぶ男をシカトし、ミサを連れてカウンターに向かう。
「一部屋貸してくれ」
「……あまり騒ぎは起こさないでくれよ」
「善処する」
鍵を貰い、この騒がしい場所から逃げるように二階へと続く階段を上る。…………そういえば、シスター的に今の俺の行動はどうなんだろうか。
ふと浮かんだ疑問。それを解消すべく振り向いた俺は――――笑顔を浮かべるミサと目があった。
「どうしました?」
その問いに答えは返さず、俺は借りた部屋の鍵を開けた。
なんとなくだが、深淵を覗いた人間の気持ちが分かった気がした。
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