異世界で奴隷と開業を

佐々木 篠

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1章 ダンジョンは稼げない

7話 白銀を蹂躙せし褐色の豚丼。

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「お、ドロップアイテム」

 光の粒子となって消えて行くゴブリン一行。その死体があった場所には、先ほどと同じ鉄のインゴットが落ちていた。

「なーハル、こいつらって何で消えるんだ?」

「それはダンジョン製だからだよ」

 ダンジョンは生きており、常に魔物を生み出す。しかし死亡した魔物を吸収、再構成しているため数が増える事は無い。そして吸収される際、生み出された時よりも余分に持っていた経験値がアイテムとして吐き出される。

「だから普通より強い魔物がいたら、その魔物はアイテムをドロップする確率が高いんだよ」

「ふーん。まあゴブリンの強さなんて誤差が微妙過ぎて分からんけど」

 ハルの説明でこの世界の仕組みは少し分かった。

 白のダンジョンがあまり稼げないのはゴブリンが弱過ぎて経験値を貯める前に死に、ドロップアイテムを落とさないからだ。今回は運良く二つのインゴットを手に入れたが、確率的には一個も出なくて当たり前の数しか狩っていない。

「これじゃあゴブリンを狩って稼ぐのはしんどいな……宝とか落ちてないの?」

「新しいダンジョンでは時々見つかるみたいだけど、ダンジョンでのお宝は基本的に冒険者の落とし物だからね。こんな低レベルダンジョンでは普通見つからないよ」

 冒険者が死ぬとやがて死体もアイテムもダンジョンに吸収され、そのアイテムがどこかに宝として生まれる。死ぬという事はそのダンジョンに見合っていないレベルだという事であるため、殆どが格下のアイテムだ。

 緑以上のダンジョンであればそこそこの額を稼げるようになってくるが、逆にそれまでは満足に生きて行く事も厳しかったりする。

「うわー、冒険者って夢がねーのな。ちなみにこの鉄のインゴット、売れば二つで200sだろ? どのくらいの価値なんだ?」

「えっとね、価値観を説明するのは難しいんだけど、定食屋の値段が500sから1000sくらいだから、一食分にもならない程度かな」

 まだダンジョンに入って十分ほどしか経っていないが、仮に一時間このペースでインゴットを入手出来ても二人で割ると時給600s。カムイが住んでいたところの最低賃金すら下回る。

 もっと言えば、十分で倒したゴブリンの数は八体。一時間で四十八体。二時間で約百体を狩ったとして、インゴットの入手期待値は五個。時給換算すれば一人250sと酷い金額になる。

「ほんっと割に合わない仕事だな……」

 それでもせめて今日の飯代くらいは稼がないとな、とカムイは再びダンジョンを探索するのであった。





「鉄のインゴットが三つで600sですね。お納め下さい」

 職員から六枚の硬貨を受け取り、階段を降りる。

「話にならんな、冒険者」

 あれから約五十体のゴブリンを狩ったカムイだが、そこでゴブリンが姿を見せなくなった。

 何事かとハルに聞いてみれば、ダンジョン内のゴブリンが全滅したのだろうという回答をいただく。リポップには一時間以上かかるため、カムイは萎えてそのままダンジョンを後にしたのであった。

 ちなみに白のダンジョンの入り口は一つだが、それは白のダンジョンが一つという事では無い。無数にある白のダンジョンにある内の一つ、最も人が少ない場所に転送される。そのため獲物の競合は起きなかったが、もう少し人が多い時期に行けばダンジョンが被るのはよくある事らしい。

 レベルの高いダンジョンほど数が少ないため被りやすく、逆に白のダンジョンは被りにくいらしい。それでもさらに稼げる額が減ると聞いて、カムイは己の選択を少し後悔した。

(やっぱり普通に職を探した方が……あ、俺って字が読めないんだった)

 探せば識字の必要が無い職もあるだろうが、それだとあまり冒険者と変わりが無いように思えて諦める。

「600sかー。お兄ちゃんどうする? 定食屋で何か食べて帰る?」

「……いや、飯は俺が作る」

「あれ? お兄ちゃんって料理出来るの?」

「当然。むしろ得意分野だ」

 自信満々に答えるカムイだが、ハルにとって料理とは食材の選別から始まる。森で全く食材を見つけられるカムイが料理を作れるとは思わなかった。

(……お兄ちゃんの料理だもんね。私、頑張るっ)

 ぐ、とカムイには見えないようにハルは拳を握った。ちなみに頑張るとは「どんな激マズ料理でも完食してみせる」という決意である。

 一方、そんな失礼な事を考えられているとは全く思っていないカムイは、通りで食材を吟味していた。

(何を作ろうかなーっとーーーーへ?)

 そしてカムイはある食材を見つけてしまった。ここには存在しないはずの、食材を。

「らっしゃい! 豚バラブロック、今ならひと塊350sだよ!」

「なん……だと?」

 そこにあったのは豚バラであった。

 先ほどから玉葱や人参と向こうの世界での食材が普通に並んでいたため、食料事情はこちらもあまり変わりないんだなと考えていたのだが、今回目にした豚バラはあまりにも変わりなさ過ぎた。

「そこの兄ちゃん! どうだい? 今朝ドロップしたばかりの新鮮肉だよ!」

 呼ばれてふらふらと近付く。そこにあったのは間違い無く豚バラであった。

 より正しく言うならば『発泡スチロールのトレイに乗った豚肉』である。しかもご丁寧にラップがされており、その上に「豚バラブロック(中)」というシールが貼ってある。

(え、発泡スチロールとかもある感じなのこの世界?)

「まいど!」

 混乱している中、無意識に購入してしまったのか気が付けば手には「豚バラブロック(中)」が収まっていた。

「豚肉買ったの?」

「ん? あ、ああ……」

 これは何だと聞かれても、ハルには豚肉としか答えようが無いだろう。異世界でツッコムに疲れたカムイは何も言わなかった。

(しかし……綺麗な淡灰紅色だな)

 年を取った豚は色素沈着により色がくすむが、この豚肉は綺麗なピンク色だった。脂肪部分も硬い良質なもので、肉全体にハリがある。

(無意識の内にも高品質な豚肉を選ぶ俺、マジで店長の鑑)

 現実から目を逸らす事で精神の安定を保ち、食材探しを続ける。

「あ、ニンニクならこの前採ってるよ」

「お、有り難い」

 酒、醤油、みりん、味噌、砂糖、塩などの基本的な調味料を購入する。砂糖や塩ならまだしも、まさか醤油や味噌まであるとは思わず、つい買い過ぎてしまった。無論250sじゃ足りなかったため、その分はハルに出してもらった。

 ニンニクなどはハルがギョウジャニンニクなどを採取していたため、出費が抑えられた。

 他にももやしと米を購入し、かかった費用は7370s。今日の稼ぎから考えると-6770sだ。

 調味料と米は結構な量を買ったため毎日この額を消費するわけでは無いが、初日から-6770sは痛かった。

「ねえお兄ちゃん、何を作る気なの?」

「まあそれはお楽しみって事で」

 いろいろな店を回ったが、香辛料も含めて調味料が豊富にあった。しかし以外な事にタレが無く、作るならタレを使う料理だと決めていた。

「おかえりなさい。晩ご飯はどうします?」

「どうも。飯は自分作るからーーーーあ」

「どうなさいました?」

 カムイは大量に食材、調味料を購入し、宿まで帰って来てようやくその事実に気が付いた。

(……飯ってどうやって作るんだ?)

 頭を打ってレシピを忘れたわけじゃない。米を炊くにも何をするにしても、火がなければ作る事は出来ない。カセットコンロでもあれば部屋で料理する事は可能だが流石にそんなものは無いし、まさかたき火をするわけにもいかない。

「……あのぉ、いくらかお金を払うんで、厨房とか使わせて貰えませんか?」

 その言葉を聞いてハルも「あ」と間抜けな表情を披露していた。イアンパヌは部屋だと囲炉裏、外だとたき火で料理をするため、人間の宿での事をすっかり失念していたのだ。

「厨房……ですか? お客さん、料理人か何かで?」

「ええ、まあ。ちょっと異国で飲食店を経営していました」

 異世界で定食屋の店長の真似事してました、とは言えないので誤摩化すと、宿屋の主人がその言葉に食い付いた。

「ほう! 異国ですか! こう見えて私、料理に目がなくてですねぇ。異国の料理となればさぞ珍味であられる事でしょう」

 宿屋の主人がでっぷりと膨らんだ腹を弾ませながら嬉しそうに言う。どう見てもそうとしか見えなかったが、カムイとハルは何も言わなかった。

「私にもその料理を分けていただけるなら、喜んでお貸し致しますよ!」

「本当ですか!? ありがとうございます。こちらでは食べられない絶品料理を作りますので、どうぞ期待していて下さい」

 率先してハードルを上げて行くカムイをハルは心配そうに見つめるが、厨房を手に入れた事で有頂天になっているカムイはそれに気付かない。無論ハルの心配は不要なものだが、それに気が付くにはあと二時間ほどの時間が必要だった。

「よっしゃ、まずはタレ作りだな」

 と言っても難しい事は何も無い。酒、みりん、砂糖、醤油、味噌、ギョウジャニンニクを適量加えて混ぜるだけだ。

「ぅ、お兄ちゃん、この匂いは?」

 嗅ぎ慣れない匂いにハルが顔をしかめるが、カムイは気にせずに豚バラブロックを五ミリサイズで切っていく。

「タレだよタレ。俺の世界ではよく使う調味料だよ」

「へ、へー。……神(カムイ)ってゲテモノ好きなんだね」

「こいつをタレにぶち込んでーっと」

 ハルの呟きは聞こえなかったらしく、カムイは慣れた手つきでタレに豚バラを投入する。ちなみにビニール袋がなかったため、豚バラが入っていたトレイを洗浄して使っている。タレは多めに作っているため、いい感じに浸かっていた。

「ハル、暇なら米を研いでくれ」

「う、うん」

 ハルが米を研ぎ、炊いている間にカムイはもやしを茹でる。時間が余ったので今のうちに、ハルが採取していた小口ネギも切っておく。

 三十分ほどタレに漬け込んだら、あとは豚肉を焦げないように焼くだけだ。

「……うん、完璧だな」

 タレが焦げる香ばしい匂いが辺りに香る。完成は目前だった。





「あと少しで完成だ!」

 カムイは丼に米をよそうともやしを乗せ、さらにその上に一枚一枚丁寧に豚バラを乗せていく。

(……少し香りが強いけど、凄くお腹に響く)

 不思議な香りだった。最初は異臭にも感じられたというのに、胃が空腹を訴えて来ていた。

 唾液腺が刺激され、ハルはごくりと唾液を嚥下する。

 キラキラと米が輝いて見えた。それにもやしは透き通っていて、その上にテカテカと光る豚肉が乗せられている。

 だがそれで終わりでは無かった。ーーーーカムイは残りの肉が溢れないように箸で押さえながら、丼の上でたっぷりとタレの入ったトレイを傾けたのだ。

「まさか……ッ!」

 どばっ、とタレが白米にかかる。白銀のそれは茶色のタレに蹂躙され、その輝きを失って行った。

 だがトレイは傾いたまま動かない。米ともやしの表層を犯し尽くしただけではまだ足りないとばかりに、タレが奥深くへと染み込んで行く。

 やがて満足したのかトレイは水平に戻り、タレの蹂躙は終わった。

「……完成、なの?」

 ハルは恐る恐ると問いかけた。だがカムイはゆっくりと首を横に振り、何かをつまむと丼の上空に腕を置いた。

「ーーーーこれで、完成だ」

 ぱらぱらと緑色の食材、ハルが今日採取したばかりの新鮮な小口ネギが投入された。

 彩りだけでは無い。小口ネギの香りは、確実にあの料理を引き立てるだろうという核心がハルにはあった。

「召し上がれ」

 丼とレンゲを渡されたハルは、カムイの分が出来るまで待つなんて選択肢は存在せず、はしたなく丼の中身を搔き込んだ。

「ふわ……」

 がつんと、ニンニクの強いタレの香りが鼻から頭に抜けて行く。身が引き締まった豚バラはぷりぷりとした弾力があり、非常に食べ応えがあった。

 それだけじゃない。シャキシャキとした食感のもやしはたった一杯の丼の幅を大きく広げ、口に入れる度に違う料理を食べているかのような気分を味わわせてくれるし、しつこいタレの濃さは小口ネギが爽やかに抑えてくれる。

「嗚呼……」

 たっぷりとタレの染み込んだ豚バラはあっという間に無くなってしまう。

 配分を間違ってしまったと嘆きながら米を口に運べば、タレがよくかかっているためそれだけでも十分美味しい。もやしもまだ健在だ。

「ごちそうさまでした……」

「あいよ!」

 気が付けば自分には多いとさえ思えた量の丼が、空になっていた。そこには米粒一つすら残っていない。

(ヒンナ……)

 イアンパヌの言葉で料理に感謝を捧げる。

 食材の全てが互いを生かし、絶妙なハーモニーを奏でる素晴らしいものであった。まるでイアンパヌの教えがそのまま料理になったような、完成された料理。

(お兄ちゃんが神(カムイ)の世界で料理人だったって言うのは、本当だったんだ……)

 この日から食事担当はカムイ固定になり、ハルは食べた事の無い料理たちの虜になるのであった。

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