異世界で奴隷と開業を

佐々木 篠

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2章 穢神との邂逅

3話 かりそめ。

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「んん!?」

 突然の口付けに困惑する隙を突くかのように、カムイの口内に何かが流れ込んでくる。

 唾液とかいうオチではない。しかしカムイには『温かい何か』としか形容出来なかった。

 それは液体のようでも、気体のようでもあった。ただ普通の物質とは違う事は確かで、それは重ねられた唇からカムイの身体全体を包み込むように、全身を巡って行く。まるで聖水のように、身体の奥底に存在する霞を四散させる。

「ーーーーぷはっ。気分はどう? お兄ちゃん」

「ど、どうって……あ」

 言われて、気付いた。あれだけだるさを訴えていた身体がすっかり元気になっている。もちろんそれは十二歳の少女にキスをされたからではない。

「だるさが完全に消えてる」

「そう。良かった!」

 恐らく聖水の量が足りずに若干の異常があったのだろうが、それはハルが吹き飛ばしてくれた。

 だが記憶が正しければエルフィディスはあの聖水を「予備の無い特別製」と言っていた。ギルドに予備が無いようなレアアイテムを使って回復した状態異常を、殆ど治りかけとはいえ治す事が出来たのは何故か。

 カムイは問い質したくは無かったため、言いたくないなら言わなくてもいいという意味を込めてハルを見つめた。言いたくなければここで目を逸らして誤摩化せばいいし、言う必要があると判断したのであればそうすればいい。

 穢神によって起きた症状をイアンパヌが治す。確実に厄介事の匂いがするのだが、カムイは出来るのであればハルたちの事を知っておきたかった。

「その……」

 ハルは言い淀む。悩んでいるのだろう。その悩みがどういうものかは理解出来ないカムイだが、その様子を見て「せめて今回起きた事を先に話すべきだ」と判断し口を開いた。

「ハルは気付いていると思うけど、今日『森に喰われた城』で穢神と出くわしたんだ」

「……うん」

 どういう姿形をしていたのかはぼかし、今日あった事を包み隠さず……まあエルフィディス口移し事件の事には触れないようにしながらも、全てを話した。

「やっぱり穢神なんだね……」

 カムイを見てすぐにその状態に気が付いた事から、ハルが穢神について一定以上の知識を有している事は予想出来ていたのだが、その予想は間違っていなかったようだ。

「ハルは……いや、無理に話す必要は無いさ。必要な時に言ってくれればそれでいい」

 頭を撫でてやると、ハルは申し訳なさそうな表情を浮かべながらもくすぐったそうにその手を享受した。







「やあ、カムイ殿。昨日振りだな。ハルは久し振り。また綺麗になったな」

 穢神との戦闘から翌日。カムイとハルは多少ギクシャクとしながらも普段通りのやり取りを交わしつつ、ギルドに赴いていた。

 もうカムイにダンジョンに通う理由は無いのだが、エルフィディスに送還魔法が使える者に心当たりが無いか相談しに来たのだった。

 ちなみにハルにその旨を伝えると、久し振りに挨拶をしたいとの事だったので今隣にいる。

「ありがとう、エルフィーお姉ちゃん」

 先日エルフとイアンパヌは親戚みたいなものだと言っていた通り、二人はそこそこ面識があるらしい。何故そこそこかと言うと、「お姉ちゃん」と呼んでいながらハルがあんまり嬉しそうな顔をしていないからだ。

「それで、カムイ殿は何用でここに?」

 応接室の椅子にゆったりと腰かけ足を組み、カムイとハルを見る姿はどこか嬉しそうだ。

「……えーと、エルフィディスさんに」

「エルフィーで構わないよ」

「どうも。……エルフィーに送還魔法について、何か知っている事がないか聞きたくて来たわけです」

 送還魔法と聞いてエルフィーが怪訝そうな表情を浮かべる。

 カムイが元の世界で飲食店に勤めていたと知っていれば、何か店でも開くのかと思うだろう。しかしエルフィーはカムイが純粋な冒険者であると思っているため、一体何を考えているか理解出来なかった。

「ふむ……何故送還魔法かは不明だが、私とカムイ殿の仲だ。知っている事は話させていただこう」

「ちょ」

「……仲?」

 悪気があるのか無いのか、それともただの嫌がらせかは分からないが、エルフィーが意味深な言葉を使った所為でハルがその言葉に反応する。

 エルフィーはカムイの担当職員であるため、そういう意味では特別な仲ではある。何とか昨日の事を暴露される前にその方向に持っていこうと足掻く。

「そうそう! エルフィーは何たって俺の担当ーーーー」


「口付けを交わした仲だな」


「おいいいいぃぃぃぃ!!」

 カムイのせめてもの抵抗は全く意味をなさず、ハルはエルフィーの言葉に固まった。

「口、付け……?」

「仕方なかったんだ! 俺は穢神の所為で状態異常にかかっててーーーー」


「舌が絡み合う激しいものだった」


「てめええええええええ!!」

「ん? 私は事実を口にしたままなのだが?」

 何かおかしなところがあったのだろうか? と不思議そうな顔で首を傾ける。

「……そうなんだ。あれは初めてじゃなかったんだ。私は初めてだったのに」

 ダークサイドに堕ちたヒロインみたいな顔をしてハルがぶつぶつと呟く。聞こえなかった方が幸せだったのかも知れないが、その呟きはばっちりと聞こえていた。もちろんエルフィーにも。

「大丈夫だハル。私も初めてだったぞ?」

「ぶっ!」

 何が大丈夫なのか全くもって意味が分からない。初めてってマジかよ。っていうか何でハルに報告してんだよ。

 この場合どの言葉が正しいのだろうか。カムイはどれも正しくない気がした。こうなった時点で負けというやつだ。

「それはそうだろうね」

 エルフィーのカミングアウトに、ハルは平然とそう答えた。そのさも当然という態度はカムイも少し気になった。

「何で『それはそう』なんだ?」

 知り合いとはいえ、エルフィーはハルに久し振りと言っていた。だからハルがそれはそうだ、と断言出来るのはおかしい。今まで男の影が無かったとしても、久し振りに再会した現在もそうであるとは限らないからだ。

 だというのにもかかわらず断定したという事は、もしかするとエルフィー百合だったりするのだろうか。そう考えたカムイだが、ハルの答えは予想外のものだった。

「……お兄ちゃんは知らないと思うけど、エルフは男がいないんだ」

「え!?」

 それはアマゾネスの間違いじゃないのか? と聞こうと思ったが、ここは現実の異世界なのである。冒険者の事といい、予想を裏切られる事には慣れてしまっていた。

「そんなに驚く事か? 私が子供の頃にはもう男は絶滅しかけていたからな。数百年も前の話だから常識だと思っていたんだが」

「そっ」

 変な声が出た。

(……やっぱりエルフは長寿な種族なのか。それはテンプレートだな、うん。しかし実際こうして聞くと不思議な感じだ)

「エルフの絶対数が少ない事は知っているだろう? それは男がみんな死んでしまったからなんだ。私の一つか二つ上の代は男の減少に危機感を抱いてあらゆる種と交えたらしいが、結局誰も子をなせなかったらしい。この世界にエルフと子を作れる種族はいないと分かってから、元々性欲の少ない私たちはそういった行為をしなくなったんだ」

「……あ」

「あ」

 ハルがある事に気が付いた瞬間凄い勢いでカムイを見た。カムイもその事に気が付いてしまったため、凄い勢いで目を逸らした。

(『この世界にエルフと子を作れる種族はいない』……ね。それはつまり、可能性があるわけだ。…………俺となら)

「すまない、話が逸れたな。えーと、送還魔法についてだったか。その事について話すのは構わないが、それについて何故知りたいのか、理由だけでも教えてくれないか?」

 言えるわけが無い。

 俺は実は異世界から来たんだけど、その手がかりになると思ったんだ、なんて。

 元々異世界から来た、なんて事も言うかどうか迷っていたくらいなのだ。エルフィーの説明を聞いてから尚更言えなくなってしまった。じゃないと襲われる。

(口移しで聖水を飲ませてくるようなやつだ。確実に搾り取られる)

 種馬扱いならまだマシかも知れないが、今のカムイはエルフたちにとって唯一の希望なのだ。まず元の世界には帰れなくなるだろう。

「……いやー、ただの興味ですよ。送還とか召喚とか便利そうだな、くらいの。だからここまで来てなんですけど、やっぱりいいやー、みたいな。あはは……。それにここに来た本当の理由は、ハルが『エルフィーに久し振りに挨拶したい!』って言ったからなんですよ。……なっ、ハル」

「う、うん。そうなの。ちょっと久し振りに顔が見たいなって思ったんだ」

 誤摩化すため咄嗟にハルを言い訳に使ったが、カムイの意図を理解したハルは挙動不審になりながらも何とか合わせた。

「そうなのか? まあ詳しく聞きたくなればいつでも聞いてくれ。これでも送還と召喚に関しては、この国トップの自信があるからな」

「マジで!?」

 カムイは神のいたずらに心の中で涙した。目の前に元の世界へと至る道があるというのに、通行止めで迂回しなければならないのだ。

 もしかすると、自分が想像している未来は杞憂なのかも知れないと思ってハルをみれば、こちらに視線に気が付いたのかゆっくりと首を振った。諦めろという事らしい。

「そ、それじゃあ用件も済んだし、あまり邪魔するのも悪いので今日は失礼しますね」

「ああ。ただ、いつでも気軽に訪ねてくれて構わないよ。担当なのだから、君の応対も仕事の一つだ」

 カムイとハルの内心を知らないエルフィーは、朗らかに笑ってそう言った。






「……近付いたようで遠退いたな」

「そうだね……でもお兄ちゃんはもう赤なんだから、いつでもお城へ行けるんでしょ?」

「ハルは行った事あるか?」

「ううん」

 そうかー、とカムイは項垂れる。

 最悪エルフィーが送還魔法について詳しくなくても、ギルドマスターのツテで詳しい人を紹介してくれれば……何て考えていたのだ。無論自分で城に行き、自分で詳しい人を捜すという事も出来ないわけでは無い。だけど効率は格段に下がる上に、王城という場所で何かをやらかしてしまった時が怖い。

「うーん……」

 十二歳の少女が頼みの綱というのは恥ずかしい話だが、字の読めないカムイは図書館で調べものすら出来ないため、ハルに頼らざるを得ない。しかし今回、そのハルが王城には行けないため八方塞がり状態なのだ。

(知り合いがいないってきついな)

 今この街で頼れる存在はハルとエルフィーしかいない。そしてエルフィーに頼るわけにはいかなくなり、ハルは王城に行けないので頼れない。

 この状態をどうにかするための方法はいくつかしかない。

 一つは頼れる知り合いを作る事。しかし王城に出入り出来るような知り合いがそう簡単に出来るものだろうか。しかもうっかりエルフィーの耳に、カムイが異世界人である事が伝われば大変な事になる。

 もう一つはカムイが文字を勉強し、自力で調べる事。堅実な方法ではあるが時間がかかる上に、万が一図書館の本にそういった情報が無ければ無駄になる。

 最後はハルのプレートを赤にする事だ。これが一番面倒くさくなく、確実な気がする。

(とはいえ、パーティーの概念ってあるのだろうか)

 正確に言えば「パーティーのメンバーは経験値を共有」という概念だ。ハル曰くレベルアップには殺しの経験が必要との事なので、カムイが止めを刺すと意味が無い。

 少々残酷ではあるが、魔物を抵抗出来ない状態にしてハルに止めを刺せるという方法もある。しかしその絵面を想像すると、少し遠慮したかった。それにハルという一人の少女を、まるで道具のように扱っているようで気分が良くない。

 向こうの世界で家族のように過ごした結菜と愛梨。こちらの世界で命を救われ、こうして一緒に過ごしているリウとハル。

 天秤にかければ、選ばれるのは結菜と愛梨だ。何せ二人とは三年、愛梨は同級生であるからそれ以上の付き合いだが、リウとハルは知り合って僅かな期間しか経っていない。もちろん重ねた時間で優劣が決まるわけじゃないが、それでもやはり前者二人の方が大事であった。

 だからカムイは元の世界に帰る。でもハルが大切じゃないわけでも無いのだ。

 もう少し非情な人間であれば悩まなかったのだろうかと思い、ハルを見た。

「……お兄ちゃん、これからどうするの?」

「どうもしないさ。取り敢えずはこのまま、二人でダンジョンでも攻略するか」

「……うんっ!」

 きっと、それでもカムイはハルを見捨てなかっただろう。何れ見捨ててしまう事になったとしても、今この瞬間は別だ。

「ハル、今日は何食べたい?」

「え、え!? どうしよう、全部食べたいっ」

 二人は未来から目を背けたまま、仮初めの宿に向かった。
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