異世界で奴隷と開業を

佐々木 篠

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3章 奴隷購入

1話 黒猫少女の出会い。

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「孤狼の牙が二十八個で7000sですね。お納め下さい」

 渡された金を懐にしまいながら、カムイは溜め息を吐く。ちなみにプレートに預金機能は付いているが、プレート払いが出来ない店舗が多いため今回は現金で受け取った。

(……稼げねえ)

 手元にあるプレートを見る。

============
 名前:カムイ
 性別:男性
 種族:人間
 特権:冒険者
 残金:10520320s
============

============
 レベル:152
 攻撃:456 魔攻:304
 防御:198 魔防:152
 敏捷:507 精神:608
============

 ここ三日で稼いだ額は先ほどの7000sを足して20000s弱程度。青のダンジョンにあった『森に喰われた城』は調子が良くてその五倍、敵の数が少なくて稼げない時でもその二倍以上の収入があった。しかも三日ではなく一日で、だ。

 ハルが一緒であるため安全マージンを取って黄のダンジョンに足を運んでいるのだが、全く稼げていない。『森に喰われた城』は既にエルフィーの手によって閉鎖されており、これ以上の収入を望むならば緑か赤のダンジョンに行く事となる。

 しかし緑と赤のダンジョンでは状態異常、地形、罠、あらゆる要素が冒険者を殺しにくるのだ。普通は剣士などの前衛職、魔法使いなどの後衛職、遊撃として身軽な……出来ればゲームでいうところのシーフが必要となる。そしてそこにプラスしてもう一人、前衛職か後衛職を加えた四人パーティーが理想とされている。

 現状前衛職のカムイと後衛職のハルしかおらず、高難度のダンジョンに潜るのは危険であった。ダンジョンは腕っ節だけで踏破出来るような甘い場所ではないのだから。

「誰か緑以上の冒険者いないかな」

「緑以上だと、多分みんな自分のパーティーがあるんじゃないかな。他の都市ならいっぱいいるかも知れないけど……」

 ここは確かに王都だが、都市としては芸術方面に強いため冒険者の質はあまりよろしくない。辺境の都市になれば戦争で呼ばれる傭兵や騎士などの手練れが、レベルを上げるため頻繁にダンジョンへと赴いていたりするのだが、良くも悪くもここは戦争から最も縁遠い都市である。そのような手練れは殆どいなかった。

「ジリ貧だなー。一日に必要な額だけ稼げばいいとはいえ、飯とかは贅沢したいし……ん?」

 一日に必要な額は3500sである。今日はその二倍を稼いだためノルマはクリアしているのだが、金はあって困るものじゃない。それにカムイが元の世界に戻る時、稼いだ金はハルに譲渡するつもりであったので、もう少し稼いでおきたかった。

 一旦、王都以外の都市に行ってみるのも一つの手かも知れないな、なんて考えながら宿までの道のりを歩いていると、前方に何かの人だかりを見付けた。

「何だあの人だかりは」

 その場所に行列が出来るようなお店は無かった気がするが、もしかすると新店がオープンしたのかも知れないと思い、ハルを連れて覗いてみる。

「さあさあ! 廃棄間際の奴隷たちだよ! 今日中限りの半額セール!!」

 そこでは本日限りの奴隷市が開催されていた。

 ハルにはショッキングな内容かも知れないと思いちらりと見やれば、何て事の無い顔をしている。どうやらこの世界で奴隷というのはかなりポピュラーな部類に入るらしい。

(50000000sの半額か。安いな)

 無論カムイはそんな大金を持っていないが、日本で言えばたった二千五百万そこらで奴隷を買えるのだ。例えばの話、残りの人生を全て無対価で労働を行わせれば二千五百万には余裕で達するだろう。

「お兄ちゃんもこういうのに興味があるんだね」

 奴隷の主な使用目的は大きく分けて二つ。一つは戦闘や労働を行わせる事、もう一つは性的な処理を行わせる事だ。

 ハルは主に後者について言及していたのだが、カムイは前者に関心を寄せていた。

「ああ。良い戦闘奴隷がいたら、今のジリ貧な状況を打開出来るからな」

「あ、そっち?」

「当たり前だろ? ……まあ可愛くて戦闘も出来るのが一番だけどな」

 それでもカムイは男であった。

「つっても、どいつも今の残金じゃ……おっ」

 そこでカムイは『1000000s』という立て札を見付けた。

 どんなむさい男か、それとも死にかけの老人だろうかと思い見てみれば、その奴隷はハルより一つか二つ年上の可愛らしい少女であった。

「何かの間違いか? あれ」

 こちらの世界では珍しい黒髪のボブカットで、頭頂部には同じく黒色の耳がちょこんと乗っている。

 少し目にかかった髪の隙間から覗く目は少々きつめではあるが、十二分に美少女である事が窺える顔立ちであった。

「……札付きだからかな」

「札付き?」

「値札のところにいくつも赤い札が付いてるでしょ? あれ、主人を殺した枚数だけ貼られるんだ」

「な!?」

 数えてみる。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ……そこでカムイは数える事を止めた。確実に三十枚はありそうで、最早数えるだけ無駄というやつだ。

 この世界の奴隷は隷属魔法によって主人に逆らえないようになっているのだが、その魔法は対象の精神によって大きく変化する。

 隷属魔法で人を縛るのは魔力ではなく、感情なのだ。

 それは喜びでも悲しみでも何でも良い。だが奴隷として売られる存在が喜びの感情を抱けるわけもなく、通常は対象に恐怖を刻む。簡単に言えば主人が道具を使うなり力づくなり、何か恐怖を与える事で隷属魔法が完成するのだ。

 だがその恐怖が弱いまま隷属魔法をかけてしまえば、それは簡単に解けてしまう。故にこうして主人を殺した奴隷が赤札を付けられ、奴隷商の下に舞い戻って来るのだ。

「それじゃあ奴隷商の丸儲け……ああ、そうか」

 ハルの説明を聞き、それじゃあ赤札は奴隷商の利益にしかならないじゃないかと思ったが、すぐにそうでも無い事に気が付いた。ようするに売れなくなるのである。その奴隷だけではなく、他の奴隷も。

(だからあの値段ねぇ……これを僥倖と言わず何を僥倖と言うのか)

 にやり、とカムイの唇が弧を描く。

「す」

「おい商人、そいつを売ってくれよ」

 奴隷商に声をかけようと口を開いた瞬間、横から出て来た男が黒髪の少女を指差して言った。

「お兄ちゃんストップ、落ち着いて……!」

 無言で鯉口を切るカムイを見て、ハルが慌てて制する。あと数秒遅かったら大変な事になってしまっていたかも知れない。

「知らないのか? ハル。俺の国で割り込みは死刑だ」

 そんなわけは無いが、何も知らないハルはその物騒な世界を想像して青褪めた。

「……冗談に決まってるだろ? その態度は少しショックなんだけど」

「あ、あはは」

 基本的には大人しいカムイだが、変なところで自分の美学がある。そこに土足で踏み込んだ者には容赦が無かったりするため、今回ももしかすると……なんて思ってしまったのも無理は無い。ハルは笑って誤摩化した。

「だ、旦那……そいつは嬉しい話ですが、何せ前例の無い数の札付きでして……その……」

 言い淀む商人を前に男は不敵に笑うと、突然自分の服を引き裂いて上半身裸になった。

「なあハル。あいつ何がしたいんだ?」

「胸だよ胸。レベルを示したかったんだろうね」

 そう言えばレベルって胸に刻まれるんだったっけか、と男の胸に視線を向けると、そこには『387』の文字があった。

「お、おお!」

「387だってよ!」

「これは決まったかー! くそ、俺が強ければあの女は俺の物だったのに……!」

 男のレベルを見たギャラリーが沸く。他の奴隷を見ていた人間もこちらに興味があるらしく、ぞろぞろと人が集まって来た。

「では旦那、準備致しますんで、少し待ってくだせえ……あ、すいやせんが、お代は先払いにしていただいても?」

「ふんっ、俺が負けるとでも思っているのか? まあいい。受け取れ」

「あ、ありがとうごぜえます!」

 奴隷商は渡された革袋の中身を確認して男からほんの数滴の血を採ると、何やら作業を始めた。

「つーか、勝つだの負けるだの何の話だ?」

「さっき言ったように、奴隷に恐怖を植え付けるの。でもあの娘は生粋の戦闘民族である黒猫族(ブラックキャット)だから、戦いの勝ち負け以外で恐れる事は無いの」

「ふーん」

 某黄金の猿かよ、と心の中でツッコミつつもカムイは少女を見た。

 殺意は本物だが、高段者特有の雰囲気はまとっていない。体幹のバランスは良いが、見る限り呼吸は至って普通だ。何か特殊な技能を持っているというより、身体のポテンシャルで戦ってきた事が窺える。

「旦那、準備できやしたぜ」

「ふん、早くしろ。俺はさっさと帰りたいんだ」

 そう言うと男は、背中に背負っていたハルより巨大なバトルアックスを持ち上げた。

「あんなにでかい斧を扱うのか!?」

 ギャラリーは大喜びだ。

 一方、黒猫の少女は刃が付いているも、今にも折れそうなぼろぼろのダガーを持っている。

「ひでーな」

 しかも逃走防止のためか首には鎖が繋がれており、真面に動く事もきつそうだ。もし戦闘を有利に持って行けたとしても、あの鎖を掴まれてはどうしようも無いだろう。

「始まるぞ!」

 少女が檻から出て来る。男のもとへは鎖の長さが足りないために行けないようだ。奴隷商も鎖が届く範囲から出ており、悔しげにそちらを睨んでいる。

「そういえばお兄ちゃんがいた世界って、奴隷とかいたの?」

「ん? 表向きはいなかったよ。別の国は知らないけど、少なくとも俺の周りは争いの無い平和な世界だったね」

「へー。でも奴隷見て何とも思っても無いみたいだけど? 他の国の人とか、初めて奴隷を見たら目を背けるのに」

「まあ酷い話かも知れないけど、たかが奴隷を見たくらいで揺らぐような鍛え方はしていないからな」

 それよりも奴隷ってこの国だけなんだ、と呑気に考える。他の国が一体どんなものなのか気にはなるが、所詮は帰る身である。

「お、動くぞ」

 男がゆっくりと少女に向かって歩みを進める。一歩、一歩。

 少女は男が鎖の届く範囲に入っても動かなかった。不意を突く機会を狙っているのだろう。衰弱した少女に男と正面から戦う体力は残ってなさそうに見える。

「うおらあッ!!」

 叫びながら男がバトルアックスを振り上げた。少女がその一撃を喰らった場合肉片の一つも残さずぺしゃんこになってしまいそうだが、元々男はそれを振り下ろす気は無いようだ。男は、黒猫族がその程度の脅しで恐怖を覚えるとでも思っているらしい。……もう全てが遅かった。

「相性が悪いな」

 カムイが呟いた瞬間、少女が走った。その速度は目を見張るものがあり、男も慌てて斧を振り下ろした。

 無論その一撃を少女は楽々と避け、男に迫る。

「クソがぁッ!」

 ようやく自分の思い違いに気付いた男は急所を守りながら後退しようとするが、少女の方が早かった。

 体格の差で首筋を狙う事は出来なかったのだろう。少女が放った一撃は男を絶命させるどころか大したダメージを与える事すら出来なかったが、確実に足の腱を断っていた。

「……はぁ、……はっ、は……」

 体力が限界なのだろう。少女は息を切らしていた。だけど瞳だけは煌々と激情の炎を燃え上がらせており、男の行く末は容易く予想出来た。

「お、おい……誰か……」

 そこで誰かが割って入るなりすれば、男は助かったかも知れない。だけど少女の殺意に呑まれた一般人たちは身動きを取る事が出来なかった。もちろんカムイは動く事が出来たのだが、助ける義理が無い。

 それに少女を欲した身としてはさっさと男に止めを刺して貰った方がスムーズで良い。

「……ヒト種如きが、身の程を知れ」

 少女が男にダガーを突き刺した。

「ぎゃあああああああ!!」

 男の絶叫と血が辺りに迸る。観客は目を逸らす事すら出来ず、その惨劇を目にする事になった。

 少女はいたぶるように男にダガーを突き刺す。満足に動けないとはいえ、体格差も腕力差もある。捕まれば終わりという事を理解しているのか、男の手が届かない範囲で一撃を繰り出す。

 無論それで男を即死させる事は出来ない。結果、惨たらしい拷問のような事になっていた。

 それでも刺しまくれば失血死でもショック死でも、人間を殺す事は出来る。男は下半身をぐちゃぐちゃにし、自分の血に溺れながら絶命した。

 少女は男が死亡した事を確認するといつの間にか根本から刃が折れていたダガーを投げ捨て、自ら檻に戻った。

「すいやせん、通りますね」

 奴隷商は素早く檻の鍵をかけると、嫌そうな顔をしながらもぐちゃぐちゃになった男の死体を端に寄せた。

 観客は全てが終わった事でようやく動けるようになったのか、顔色を悪くしながらもその場を離れようと動く。

「どうするの? お兄ちゃん」

「どうするって、決まってるだろ? 前の人が終わったら、その次に並んでいた人間に順番が来るんだよ」

 カムイはすっかり人がいなくなってしまい、そっと溜め息を吐く奴隷商に声をかけた。
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