異世界で奴隷と開業を

佐々木 篠

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4章 異世界で奴隷と開業を

6話 異世界で奴隷と開業を。

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 果たしてその一撃は……無情にも届かなかった。

「……嘘」

「あ、アアァ、アマイィ!」

 全くの無傷では無かった。実際胴体から生える無数の腕は数本炭化しており、機動力は落ちていそうだ。

 だが穢神は嬉しそうに叫ぶと、ハルに突撃した。

「くっ」

 飛びずさってその場から離脱するハルを目がけて、無数のファイアー・アローが群がる。

 どうやら融合しているのは見た目だけでは無いようで、生前と言っていいかは不明だが、巫女だった時の技を使えるようだ。

 恐らくハルが放ったインフェルノ・ブロウがあまり効果が無かったのも、直撃の寸前で何らかの魔法で相殺したからであろう。

(何か……何か方法は……!)

 懸命に生きる道を模索する。だがどれだけ考えても見付からない。

 イアンパヌは|神送り(イヨマンテ)の際に炎の魔法を使うため、その技はかなり昇華されたものになっている。しかし相手は穢神に喰われたとはいえ同じイアンパヌの巫女で、しかもより高位の者だ。今のハルに勝つ術は無かった。ーーーーたった一つの、最終手段を除いて。

(せめて、クロちゃんだけでも……この場さえ何とか出来れば、きっとお兄ちゃんは助けに来てくれるから)

 食料(ハル)は自分の名の通り、自らを贄とする決意を固めた。

「”爆ぜろ”ーーーーファイアー・アロー!」

 穢神はその一撃を避け、その十数倍はあるであろう数のファイアー・アローを放つ。

 地力に差があり過ぎて打ち合いにすらならない魔法の応酬だが、ハルが狙ったのは穢神ではなく囲炉裏だ。寸分狂わず炎の矢は囲炉裏に直撃し、やや荒くはあるが火を点ける事に成功する。

 ハルは素早く刺さっている木幣(イナウ)を抜き取ると、囲炉裏の前に座って詠唱を始める。

「”|大地を司る媼(モシリコロフチ)、|真の尊い神よ(シパセカムイ)”」

 囂(ごう)、と囲炉裏の灰が散り、僅かに残っていた炭が燃える。

「”|育ての神(イレスフチ)、|真の尊き神よ(シオイナカムイ)”」

 ハルの詠唱に呼応するかのように炭が爆ぜ、火が揺らめいた。

 それは儀式だった。ハルが詠い、火が踊る。ーーーー神祈り(カムイノミ)。

 幾度も行って来た神送り(イヨマンテ)とは違い、初めての試み。最初で最後の、命を懸けた儀式。

 これだけは失敗出来ない。失敗してはいけない儀式。……だが、今回は相手が悪かった。いくら弱った穢神とはいえ、レベルが1000を越える巫女が倒せなかった存在は、ハル程度が封印出来るような相手では無かったのだ。

「”|上座の火の翁よ(ロロワエカシ)、|下座の火の媼よ(ウサラワウチ)”ーーーーえ!?」

 ハルの呼びかけに応えて火の神が勢いよく燃え出す……その上を、穢神が這った。

「アハ、は、ハハはハハハはあハア!」

 じゅ、と肉が焦げる。囲炉裏の火は消えてしまった。

「な、なんで……」

 この穢神を封印した巫女がもう少し弱ければ、儀式に割って入る事は出来なかっただろう。ハルがもう少し強ければ、同じく儀式が中断される事は無かった。

 偶然、たまたま、それら全てが悪い方に傾き、この結果を招いてしまった。

「……お兄ちゃん」

 自分の死を見つめながら、ハルはぽつりと漏らした。





「……今、なんと?」

「聞こえなかったんですか? 俺は『さっき言った、誰も足を踏み入れていない空間に俺を送って下さい』って言ったんですよ。頼んでおきながら悪いんですけど、早くしてくれませんか?」

「おいおい……私の話を聞いていなかったのか? 私はハルとーーーー」

「だから、早くしてくれません? 俺はそれを覚悟した上で言っているんですけど」

 エルフィーがわざわざ話題に出したのだ。ハルたちは実際にその空間にいるのだろう。

 いや、それがたまたまこのタイミングで見付かり、たまたまエルフィーが話した事だとしても、きっとハルたちはそこにいる。偶然とか運命とかじゃなくて、それは必然な事なのだ。

 カムイは異世界から迷い込み、今ここにいる。その事実だけで十分だ。

 もし送還魔法で送られた先に誰もいなければそれでいい。もしそうならハルたちが安全な場所にいるであろう事を安堵すればいいのだ。

「……くく、自分で煽っておきながら、まさか本当に決心するとはな。……しかも魔方陣に乗って帰ると見せかけて……ふ、ふふ…………カムイ殿、君はなかなか笑いのセンスがあるな……!」

 おかしくて堪らないといった風にエルフィーは腹を抑え、何とか笑いを飲み込もうとする。

 カムイとしてはハルたちの現状が分からない以上早くして欲しいのだが、エルフィーは腹を左手で抑えながら右手を突き出している。もう少し待て、という事なのだろう。カムイが焦っても仕方がないため、仕方なくエルフィーの笑いが治まるのを待つ。

「ふ、ふふっ、そんなに怖い顔で睨んでくれるなよ。ちゃんと行き先は変更してあるから、いつでもいいよ」

「だったら、早く!」

「分かった分かった。だけど最後にもう一度、君の選択した未来を、きちんと君の口から聞かせてくれないか?」

 意地の悪い言葉だった。エルフィーはカムイに自らの行動だけではなく、『結菜と愛梨を捨てる』という事実を言葉にしろと言っているのだ。

 だが、いくら取り繕ったところで結論は変わらないのだ。であるなら、はっきりと言葉にして決意を固めなければいけない。それはハルたちのためでもあるし、カムイのためでもあるのだ。

「……俺は故郷を捨てて、この世界に残ります。ハルたちと共に、この世界で生きて行きます」

「良い覚悟だ。……それじゃあ、また後で会おう。ハルを頼んだ」

 再び魔方陣が青白く光り輝く。それは先ほどと同じ光景だったが、過程も結果も何もかもが違った。

「言われなくても」

 カムイはそう告げると、自分を慕う少女の元へと飛んだ。





「ーーーーハルッ!」

 光が収まるとそこにいたのは涙を流すハルと、それをニタニタとした笑みを浮かべて眺める醜悪な蛇だった。

 状況の確認とかそんなものは全て後回しにして、カムイはその穢神と思わしき存在に斬り掛かる。

「グギャア!?」

 上半身にある腕を斬り飛ばされた敵は突然の事に動揺し、身体をくねらせながら後退した。

「ハル!」

「お兄、ちゃん……?」

 カムイは呆然とそう呟くハルを抱き締めた。

 加減が出来ずについ力が入ってしまうが、ハルはそれに対して苦言を呈する事なく負けじと抱き締め返した。

「こ、怖かったよぅ……」

 年相応に怯え、泣く少女はカムイの中にあった『ハル』という少女の幻想を粉々に打ち砕く。

(……俺はこんな小さな女の子を、たった一人にしようとしていたのか)

 カムイは腕の中で泣きじゃくるハルをそっと離した。それを不安に感じたのかハルはカムイの袖を握るが、両手で包み込むようにしてその手を解かれる。

「ちょっとだけ待ってて。ーーーーすぐ、終わらせるから」

 カムイは立ち上がり、ハルに背を向ける。

 穢神は四本になった腕で止血を試みており、カムイが動き出した事に気が付いていない。

 チャキ、と鯉口を切る音が洞窟内を反響する。ハルのすすり泣く声と敵の呻き声が木霊するなか、その澄んだ音はよく響いた。

「ウフフアハハハアハハア」

 穢神は近付くカムイに気が付くと、ファイアー・アローを放った。

 カムイを侮ってか、手負いだからか。それとも咄嗟に放ったからなのか、その火の矢はたった一発であった。無論本物の矢と変わらない速度で襲いかかるそれをまともに喰らえば、かなりの深手となるだろう。

 だからカムイはそれを、正面から叩き斬った(、、、、、、、、、)。

「アは!?」

 さしもの穢神もそれは予想外であったらしく、醜い顔が驚愕に染まる。

「悪いけど斬り馴れたよ。魔法なんて」

 ファイアー・アローは確かに火だ。対象に直撃すれば確実に燃やし尽くすだろう。だがカムイは、魔法というものが斬れるという事を知っていた。

 以前穢神と戦った時にカムイは風の魔法を斬った。あれが本当にただのカマイタチのようなものであれば、カムイは呆気なく死んでいたはずだ。だが実際、カムイの刀に触れた風は霧散した。

 ファイアー・アローは魔力で生み出した炎を、同じく魔力で形成して放っている。だから全体が個であり、個が破壊されれば作られた炎は散ってしまう。

 だから理論上魔法を斬る事は可能だ。

 だが一体誰かそれをやれるというのか。殆ど見えない風を斬り、凄まじい速度で迫り来る炎を散らす。常人の技では無かった。

 だが天才と謳われた男が、常人であるはずが無いのだ。

「あんたの姿を見れば、昔はイアンパヌだったって事は分かるよ」

 一歩近付く。穢神はめちゃくちゃにファイアー・アローを連発するが、全ては叩き伏せられて行く。

 その図式は、先ほど大技が使えずに苦戦するハルと同じものであった。

「でも決めたんだ。ハルと生きるって。だからあんたがイアンパヌでも人間でも穢神でも、全くもって関係無いんだ」

 まるで友人に語りかけるような朗らかな笑みを浮かべてカムイは話を続ける。その顔は何か大きな悩みから解放されたかのように、スッキリとしていた。

「だからさ、ハルを泣かせるやつは等しく殺す」

 過去の自分に止めを刺すように、カムイは刀を振るった。







 街道から少し外れた三階建てのお店。そこでは若い主人と、それよりも更に若い少女たちが汗を拭いながら、昼前の開店に向けてせっせと準備を行っていた。

「クロー、倉庫から玉葱取って来てくんない?」

「猫使いの荒いご主人ですね」

 文句を言いながらも、クロは倉庫代わりに使っている地下の部屋へと向かった。

「お兄ちゃん、みじん切り終わったよー」

 すると黒猫の少女と入れ替わるようにして、キツネの少女が奥からやって来る。その姿は口と鼻に布を巻き、目にはゴーグルという完全防備のもので、両手には大量の玉葱と人参が入れられたボウルを持っていた。

「おっ、サンキュー。そこ置いといて」

 時計代わりの蝋燭を見ると、長さは四分の三程度になっている。全て燃えると十二時なので、時刻はおよそ八時といったところか。

「何とか間に合ったな」

 新月食堂ではフードプロセッサーという、全自動でみじん切りをしてくれる機械を使用していたのだが、当たり前だがこの世界にそんなものは無い。そのため仕込みに手間取り、オープン初日から遅れるところだった。

「これだけ大きなお店だもんね。仕込みで手を抜いたらすぐに材料なくなっちゃうよ」

 カムイが購入した店舗はメイン街道からやや離れたところにあり、それほど客足が期待出来ない割にかなり巨大、という理由で売れ残っていたものだった。

 巨大と言っても地下は一階、上は三階までで巨大過ぎるというわけじゃないが、ここら辺で飲食店を営むような人間には手が出ない値段である。

 ちなみに店は一階のみだが、一人用のカウンターが二十席、四人テーブルが三十個もある。

 初日から満席になるとは考えられないが、そこそこ人が入ると期待すれば仕込みに手は抜けなかった。

「ご主人、追加の玉葱です。……それにしても、よくこんな大きなお店が買えましたね」

 二人の話を聞いていたのか、追加の玉葱を手にしたクロがそれを厨房に置きつつ、話を振る。

「言わなかったっけ? ちょいと投資して貰ったんだよ」

「ああ、そういえば……だから『これ』なんですね」

 クロは自分の首に装着された『首輪』を撫でた。

 クロは赤い首輪を、ハルは黒い首輪を付けてある。それは別にカムイが特殊な性癖を持っているからではなく、単純に店のコンセプトが『奴隷』だからだ。

 周辺の国で奴隷という存在が公然と許可されているのはこの国だけだが、だからと言って全ての人間が奴隷の存在やその扱いを快く思っているわけじゃない。

 カムイはそういった連中に営業をかけたのだ。『奴隷制度を廃止とまではいかなくても、奴隷の立場を向上させる企画があるんですけど、どうですか?』と。

 そうして生まれたのがここーーーー『異世界奴隷食堂』だ。

 ここで奴隷を給仕として雇う事で、奴隷にも人権があるという当たり前な事を意識させ、さらにカムイが率先して給与を払う事でその立場を変革させようという計画だ。

 今の奴隷は精々生きて行ける程度に食事は与えられるがそれは十分ではなく、当然ながら給与が支払われる事も無い。そのため見目麗しい二人を悲劇のヒロインとする事で、まずは市民の考えを変えさせるわけだ。

「クロはやっぱり嫌か? 悪く言えば見世物みたいになるわけだからさ」

「……奴隷の扱いと、奴隷たちの最期は幾度となく見て来ました……だから、その……こういう事を考えるご主人は…………素晴らしい、と思います」

 滅多にないクロの肯定の言葉に、カムイは口端を歪める。

(ツンデレいただきました!)

 無論ここでからかうと余計機嫌を悪くさせるので、カムイは黙って頭を二度叩き店から出た。もう開店の時間だ。

(……いろいろあったけど、ようやく自分の店が持てた)

 開業するのは夢だった。まさかそれが異世界で、なんて事は予想もしていなかったが、その目標が叶う事は素直に嬉しい。別れもあったが、それ以上の出会いがあった。

 カムイは扉に吊り下げてある看板をひっくり返し、『closed』から『open』に変える。

 そしてハルとクロに向かい、口を開いた。

「じゃあ、始めるとしますか!」

ーーーー異世界で奴隷と、開業を。
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