終わる恋と知っていても

早桃 氷魚(さもも ひお)

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第2話 大好きなあの人

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テレビを見終わって、簡単な前菜を作って準備すると、後は時間だけが気になった。
時計を見ると、もう二十二時半だ。
あの人の仕事が終わるのは二十二時くらいって言ってたから、早ければそろそろ来るはずだ。
「まだかな……」
そわそわしながら時計を見て、携帯電話に着信やメールが届いてないかチェックして、落ち着かない気持ちで、あの人を待つ。
早く会いたい。
でも……もしかしたら、今日は会えないかもしれない。
だってあの人は、人気者なのだ。
僕とは、住む世界が違う人。
あの人の周りには綺麗な人も可愛い人もたくさんいて、僕みたいなしがないコンビニの店員には想像もつかないくらい華やかな世界がある。
だから僕との約束なんて、忘れてしまっても当たり前。
ドタキャンされたことなんて何度もあるし、断りの連絡すらもらえないこともしょっちゅうだ。
だけど、僕は……。
『ごめん、詩季しき
あの人の、たったその一言で、安堵してしまう。
本当に申し訳なさそうに謝ってくれるから、何でもない振りをして「気にしてないよ」って笑顔で答える。
あの人にワガママを言って、会えなくなったりする方が怖い。
僕は、あの人のことが好きだから。
幸運にも、直接話せる機会を得て、それだけで嬉しかった。
でも、あの人に会って言葉を交わして、それで終わるはずだったのに、あの人は「また会いたい」と言ってくれたんだ。
一度きりだと思っていたけど、それから何度も誘いが来るようになって、毎日が夢みたいだった。
あの人と、そういう関係になってからも。
少しでも長く、あの人の側にいるために、僕はあの人にとって都合の良い人間でいようと決めた。
でも、たっちゃんは「そんなの恋じゃないよ」って悲しそうな顔をするんだ。
たっちゃんは、僕の恋してる相手を知らないから。
知っても、きっと反対するだろうね。
だから言わない。
僕とあの人以外には、誰にも知られちゃいけない恋なんだ。
――ピンポーン
インターフォンが鳴る。
駆け足で玄関に向かうと、勢いよくドアノブをつかむ。
それから、逸る気持ちを抑えて、ゆっくりドアを開けた。
「こんばんは。詩季」
ドアの向こうには、黒いキャップを目深に被ったあの人が立っていた。
「いらっしゃい……速水さん」
自然と頬が緩んで、心臓がドキドキと高鳴る。
さっきまでテレビの中にいた、速水さん。
憧れのその人が、いま、僕の目の前に立っている。
「どうぞ、上がって」
「うん」
僕は喜んで、彼を家の中に招き入れる。
速水さんはリビングへ行くと、帽子を脱いでソファーにゴロンと寝ころがった。
「あ~、疲れた」
「今日は生放送だったよね。大変だったの?」
「昼間も外でロケだったから、暑くてバテた~」
「お疲れさま。ビール飲む?」
「のむ!」
「ちょっと待っててね」
冷蔵庫から冷えたビールと用意してたおつまみを出して、テーブルに運ぶ。
「お、からあげだ!」
「買ってきたやつだけど美味いよ。でもそのお皿に出してる分だけね」
「えー!」
「最近太り気味でしょ? 前よりふっくらしてるし」
「うっ……」
自分の頬をさすりながら呻く速水さんに、思わず吹き出す。
「詩季っ!」
「あははっ……だって、速水さんの顔!」
「詩季が悪いんだぞ! いつも俺にうまいもん食わせるから!」
「ほどほどにしてねって、言ってるのに」
「詩季が作ったもん残せねーだろ」
ふてくされた顔をして、でもすごく嬉しいことを言ってくれる。
速水さんの場合、お世辞じゃなくて本気で言ってくれるからすごく嬉しい。
つい、顔がにやけてしまう。
何でも美味しそうに食べてくれる速水さん。
その姿を眺めるだけで、僕は幸せだ。
他愛ないおしゃべりをしながら、速水さんと過ごすこの時間が、僕には一番大切で、失いたくないもの。
「詩季、この肉じゃがうまい!」
「ホント? ちょっと肉を変えてみたんだよね。良かった」
「詩季の作ったやつは何でもうめぇ!」
「ありがと」
嬉しくて舞い上がっちゃいそうだけど、浮かれすぎないように気をつける。
明日の朝になれば、速水さんは帰ってしまうのだから、別れる時に少しでも寂しくないように……。
「詩季……」
「ん?」
「……詩季も、一緒に食べよ?」
僕の顔をじっと見ていた速水さんが、そう言って唐揚げをつかむと、僕の口に持ってくる。
少し照れたけど、パクッと一口食べる。
「うまいだろ?」
「ん、美味しい」
「詩季は、もっと食わねーとな」
「ちゃんと食べてるよ」
「じゃあ、もっともっと食わないとダメだ」
詩季は細いから倒れちゃう、なんて真剣な顔で言う速水さん。
それから。
「いつもありがとな、詩季」
満面の笑顔を見せてくれる速水さんにドキドキして、頬が熱くなる。
俯こうとしたら、速水さんの大きな手が僕の頬を包みこんだ。
ちゅ、と唇にキスされる。
「好きだよ。詩季」
囁かれる言葉に、胸がぎゅうっと締めつけられる。
嬉しいのか悲しいのか、分からなくなるんだ。
……こんなの、本気のはずがない。
速水さんにとって僕は、ただの……息抜きに過ぎないんだから。
戯れの言葉なんか、信じない。
信じたら、今よりもっともっと辛くなる。
「速水さん……大好き」
本当に、大好きなんだよ。
僕は速水さんの隣に相応しい人間じゃないけど……僕に飽きるまでは、側にいさせてね。
そう願いながら、僕は速水さんのキスを受けとめて、目を閉じた。
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