終わる恋と知っていても

早桃 氷魚(さもも ひお)

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第3話 たっちゃん

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「詩季……ねえ、詩季」
軽く肩を揺すられて、重い瞼を上げる。
カーテンの向こうは少しだけ明るい。まだ六時にもなってないはずだ。
「詩季、起こしてごめん」
「はやみ、さん?」
薄暗い部屋の中で、すでに着替えた速水さんが困った顔で僕を見下ろしている。
「ごめん。急に仕事が入っちゃったんだ」
「……そっか」
朝ご飯は一緒に食べられると思ったのにな。
でも、仕方ない。
せめて玄関まで見送ろうと体を起こしかけたけど、
「っ……ぅッ」
鈍い痛みが腰に響いて、顔をしかめる。
そういや、昨夜は速水さんと……。
「詩季は寝てて。腰、痛むだろ?」
「……うん」
「昨日は、無理させちゃったな」
頭を優しく撫でてくる速水さん。
詫びるようにキスをして、
「また連絡するから」
そう約束して、帰ってしまった。
速水さんがいなくなると、急に家の中が静まりかえったような気がする。
じわじわと寂しさが込み上げてきて、涙があふれた。
「……ッ」
もしかしたら、これが最後かもしれないって思うと悲しくなって、胸が苦しい。
いつか終わってしまう恋だと、分かっているのに。
悲しい気持ちだけは、なくならないんだ。
速水さんの側にいたいって、そればかり願ってしまう。
「はやみさん……」
自分の女々しさが嫌になるけど、どうしようもない。
こんなに苦しくても辛くても、僕は速水さんのことが好きで好きでしょうがないんだ。



+ + +



バイトと買い出し以外には、ほとんど外出しない。
そんな僕を無理やり外に引きずり出すのが、この男だ。
「ね~シキ! バイトもう終わりでしょ? このあと、カラオケいこーよ!」
「行かない」
「え~行こうよ! どうせ家に帰るだけじゃん? つまんないよ~!」
「他の人でも誘えば?」
「やだ! シキがいいの! シキと一緒にカラオケ!」
「ちょっと、うるさいよ! お客さんが入ってきたらどうすんだよ」
人のバイト先に押しかけて、レジの前で騒ぐこのうるさい男が、今をときめく「彗星」の高原竜樹だなんて、誰も思わないだろう。
メイクも髪のセットもしてないし帽子を被ってるから、よくよく見ないと芸能人だと気づかれないだろうけど。
「何で、僕のところに来るんだよ……」
たっちゃんなら他に友達はたくさんいるはずなのに、こうやって時々僕のバイト先に来て無理やり誘ってくる。
いくら幼なじみだからって、歳も違うし、未だに僕と遊びに行きたがる理由が分からない。
「ね! シキ行こうよ! あと十分で終わりでしょ?」
「……分かった」
「ホント!? やった~!」
行く、と言わないと、たっちゃんはずっと誘ってくる。
無視して帰っても、僕の家までついてきた挙げ句、家に上がりこむ有様だ。
だけど今は、家まで来られると困る。
速水さんと遭遇する可能性は低いとしても、速水さんの気配が残るあの家に他人を上げるのは嫌だった。
「とりあえず、何か買っていって」
「りょーかい! どれ買おっかな~」
たっちゃんは鼻歌を歌いながら、コンビニの中を楽しそうに見て回っている。
他のバイト仲間は、いつものことなので気を利かせているのか、奥に引っこんでしまっている。
うちのコンビニは男が多いし、彗星のファンもいないから、変にあれこれ聞かれることもない。
「シキ~これ買う!」
「はいはい。三五〇円ね」
「はーい」
「じゃ、おつり」
「もう上がる? オレ、外で待ってるね!」
「終わったらすぐ行く」
たっちゃんの会計を済ませ、奥にいたバイト仲間に声を掛けてエプロンを脱ぐ。
片付けを済ませて外に出ると、たっちゃんが缶コーヒーを飲みながら待っていた。
「お、シキ早い~!」
「で、どこ行くって?」
「カラオケ!」
「……」
「シキと遊びに行くの久しぶり~! ちょーテンションあがる!」
やたらと嬉しそうなたっちゃんに、気乗りはしないものの、たまにはいいかと思い直す。
強引でも憎めないところは、たっちゃんの人柄だよな。
「シキ~早くはやく!」
「はいはい」
今にも駆け出しそうなたっちゃんに、思わず苦笑する。
小学生のときからちっとも変わらないたっちゃんを見ていると、安心するのも確かだった。



◆ 竜樹 ◆



シキは、二つ年下の幼なじみ。
子どもの頃は、毎日のように遊んでた。
オレはシキになら何でも話せるし、大人になった今も、それは変わらない。シキは、オレの親友だから。
久しぶりに会ったシキは、黒髪が少し伸びていて、少し垂れ気味の大きな瞳が前髪で半分隠れていた。
地味で目立たないタイプだけど、シキは頭も良いし、すごく器用なんだ。
本気を出せば何でもできるのに、両親の離婚や高校に馴染めなかったりで、目立たず生きる道を選んじゃった。
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