お題でSS

氷魚(ひお)

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7/13 水中と喧騒

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(BLです)







 水の中に潜ると、あんなにうるさかった喧騒がぴたりと消える。
 代わりに、重苦しいような、水の音だけが響いた。
 プールの中にいるから、ゴーグル越しにいろんな人の体が見える。
 オレと同じように潜っている人もいる。
 せっかく市民プールに来たのに、人が多すぎてまともに泳げない。
 ザっと水面に上がると、すぐ隣に彼が立っていた。
「まだ1分。僕の勝ちだね」
「嘘つけ。2分は潜った」
 何分潜っていられるか、そんな勝負を仕掛けたのはオレだ。
「いや、僕の方が長かった」
 彼はタイムを譲らず、勝ち誇ったようにオレを見る。
 日に焼けた体は浅黒く、ふだんは大人しい彼がこんなに健康的な体をしているなんて、初めて見た時は意外に思った。
 いつも図書室で本ばかり本でいるくせに。
「僕が勝ったんだから、アイス奢れよ!」
 賭けは、プール帰りのアイスだった。
 オレの財布にはぎりぎりのお金しか入ってなくて、奢ったら空になる。
「何言ってんだ。オレの勝ちだ」
「往生際が悪いぞ」
 彼が笑いながらオレを見下ろす。
 背が高いことにも、今さら気づいて、なんだか変な感じだ。
「あ、もう時間だし、上がろう」
 時計を見た彼が、そう言ってプールから上がる。
 オレも続いて上がると、彼と連れ立って出入り口の方へ歩く。
「なあ、明日もプール来るだろ?」
 尋ねると、彼はオレの顔を見て、面白がるような顔になった。
「いいけど。お前、宿題やったのか?」
「うっ……まだ」
「じゃ、明日はお前んちで宿題見てやるよ」
「うわ、えらそー」
「お前ひとりじゃ進まないだろ」
 笑いながら言われて、反論できずに黙る。
 だけど、明日もまた彼と一緒なのだ。
 そう思うと悪い気はしない。
「秀才くんにお願いするかー」
「そうそう。天才を頼れ」
「天才とは言ってない」
 オレのツッコミに、彼がまた笑う。
 こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
 そっと芽生え始めた感情には気づかない振りをして、オレはいつものように彼とくだらない話をした。




(終)




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