花喰いの令嬢はバラを食む

九鈴小都子

文字の大きさ
4 / 11

野バラが王宮にきた理由 3

しおりを挟む
引きずられるように店から連れ出され、馬車に押し込められると一緒にイルミネも入ってきた。一度護衛の人と「あのような粗暴なものと一緒に乗るなんて」とひと悶着あったようだがイルミネはそこを押し通して馬車の乗ってきた。

気まずそうにしているイルミネをよそに野バラは無視を決め込んでいた。

「これから行くのは俺の研究施設なんだけど、別荘もかねてるから暮らしやすいと思う」
「……」
「ずっと拘束するつもりはないんだ、ただ色々と質問したいことがあるから、それに答えてもらえたら」
「……」

「失敗したな」とイルミネはぼやいているが、こんなやつに見つかったがために自分の生活がぱあになったと思うと怒りが噴出しそうだった。

(あの時ぶつからなければ……返す返すも本当についてない)

悔しくて悔しくて、腕を組みながら指をとんとんと動かしてしまう。イルミネは諦めたのか何もしゃべらなくなり、無言になりながら馬車は進んでいった。


到着して馬車から降りたイルミネが手をだして野バラをエスコートしようとするが全く理解できず野バラは普通に飛び降りた。周囲の護衛たちが青筋立てて睨みつけているのを意にも介さずぐるっと見回す。

美しく整えられた庭園は南の地域特有のカラフルな花が咲き乱れ、花をひくひくと動かすと甘い香りが風に乗って香ってくる。先ほどまでの不機嫌顔からは打って変わって輝く野バラにイルミネはほっと安堵の息をついた。

「どうだい?小さいけどいい庭だろ」
「ええ、とても美味しそうね」

夢見るようにつぶやく野バラに護衛たちはぎょっとした顔をしたが、イルミネは心得ているとでもいうようにうなずいた。

「君たちの文献を読んでから花は何種も取り揃えているんだ。いつもてなしてもいいように。もしかしたら一生無駄になるかもしれないという懸念もあったけれど、こんなに早く役立つ時がくるとはね」

イルミネは嬉しそうに言って、野バラを案内することにした。「このような得体の知れない者など閉じ込めておけばいいものを」という護衛、野バラを真っ先に捕まえた護衛が忌々し気にぼやくが、「君たちがいるんだからめったなことにはならないよ」とイルミネがなだめる。

野バラが観賞用の花に惹かれるのにはワケがあり、他の喰花族もそうなのだが人工的に栽培された花はとてつもなく美味しいのだ。しかしこういった花は一般的に役に立つものではなく裕福な家でしか利用されないため町に出回ることが少ない。
野バラにとってこの庭はまさにご馳走畑だったのだ。

「欲しいものをいくらでも摘んでいいよ」

いつの間に用意されたのかイルミネの手元にはハサミがあり、野バラに手渡された。誘惑に簡単に屈した野バラは「ぜひ頂く」と答えいそいそと受け取り、夢中になって切り出した。

(こんなところに無理やり連れてこられたんだもの、好物を食べずにやってられますか)

黙々とちょきん、ちょきんと切っていくうちに、恐ろしく香りのいい豪奢な花があるエリアにきた。

「この花は?」

思わずつぶやいた野バラにすかさずイルミネは答えた。

「バラだね、君の名前の野バラとは親戚じゃないかな」
「まあ……野バラとは華やかさが全然違うわ」

たっぷりとした花びらは一枚一枚が瑞々しく茎の棘まで野バラには可憐に見えた。

「切る時は気を付けてね、ケガをしないように」

イルミネの言葉にうなずいて、野バラは大振りな白いバラを切った。すっと香りをかぐと、今まで匂ったものの中で一番素敵な香りがする。

「そろそろティータイムにして積んだ花を食べてみないか?君が食べられるお菓子も用意してあるんだ」

この男は野バラと本当に偶然出会ったのか?と思うほど用意周到に準備をしているらしい。しかしこの花々を食べることを心待ちにしている自分もいて、野バラは不承不承という表情を作りつつも足元軽く動き出し、イルミネや護衛たちはその様子を見て苦笑しながら歩き出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...