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34話  なんでもするよ

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状況が落ち着いた後、カイはクロエとニアの手を引きながらスラムに向かっていた。

さすがにその街に愛着があるわけじゃないけど、どんな被害が起きたのかくらいはしっかり見ておくべきだと思ったのだ。

そして、カイに手を引かれているクロエは、森の中で彼の後姿をみつめる。

彼女の頭の中には、カイの言葉が浮かんでいた。


『命が惜しけりゃ、この先クロエには指一本でも触れるなよ……?もし触れたら、文字通りズタズタにしてあげるからさ』


……あれで、聞こえないつもりだったんだろうか。

クロエは幼い頃から幾度となく、命の危機にさらされた少女だ。

当然、周りの話し声や動きに敏感だし、暗殺者という彼女のクラス自体もその鋭敏さに拍車をかけている。

だから、クロエには全部聞こえていたのだ。カイがわざと自分に聞こえないようにして、カルツに警告した言葉を、すべて。


「……本当に、もう」
「うん?今なんか言った?」
「いや、なにも言ってない。ていうかさ、カイ」
「うん?」
「ニアの頬、もう弾けそうになってるけど」


クロエの言葉を聞いた途端に、カイは驚愕した顔でさっそく振り返る。そうすると、クロエの言葉通り不機嫌っていう文字を凝縮したようなニアの顔が見えた。


「に、ニア!?違う、違うから!!これはクロエを無理やり連れ出すために手を繋いでいるのであって、浮気なんかじゃ……!」
「カイ、実験室に出る前にアルウィンって子とも手を繋いだ。これは死刑」
「い、いやいやいやいや!!それはスキルを奪うためであって、本当にやましい感情とかは一切なかったから!!」
「カイはヤリチン」
「その言葉どこで覚えたの!?ねぇ、どこで覚えたの、ニア!?!?!?」
「……ぷふっ、ぷははっ」


本当に、なんなんだろうこの子は。

さっきまでカルツをぼこぼこにしていたとは思えないほどのギャップ。想像を絶するほどの魔力を持っているくせに、ニアの言葉一つに振り回されるなんて。

カイが必死にニアを宥めているところを見ながら、クロエは自由になった自分の左手を何度か握る。

……もっと繋いでいたかったとか言ったら、さすがにダメかな?


『……本当に、変なヤツ』


カルツに最後の警告をした後、カイは一瞬でカルツを気絶させて、立ち上がった。

それと同時に、クロエの隣にいたブリエンとアルウィンが体を震わせてていた。当たり前の反応だった。

決して勝てない相手が、自分たちのリーダーを手のひらで弄んでいたのを見たから。

でも、カイは二人に全然手を出さなかった。むしろ複雑な顔で二人をジッと見つめた後、すぐに立ち去ろうとするだけで。

そして、そのことを不審に思ったブリエンが、カイよりも先に口を開いていた。


『……私たちをどうするつもり?』


カイはその言葉を聞いて、肩をすくめるだけ。


『別に何もしない。君たちをどうこうする理由はないし』
『っ……あ、あなたは悪魔でしょ!?』
『なに言ってるの?悪魔はあっちにいるじゃん』


カイが顎で指した方向には、仲良く倒れているゲベルスとカルツがいて……クロエはその言葉に共感せざるを得なかった。

本当に、クロエの立場からしたらあの二人こそが悪魔だから。


『……ああ、そうだ。ブリエン、アルウィン』
『え、えっ……!?ど、どうして私たちの名前を……』
『うん?ああ~~あはっ、説明しちゃ長いから省略することにして……二つほどお願いがあるんだけどさ、聞いてくれるかな』
『……お願い、ですか?』


まさか悪魔の言葉からお願い、という単語が出るとは思わなかったのだろう。

アルウィンが目を丸くすると同時に、カイは先に手を差し出した。


『5分ほど握手できるかな?ああ、もちろん危害は加えないよ?』
『え、えっ!?きゅ、急になんで……』
『まあ、一応は敵同士だし細かな理由までは教えられないかな……って、ニア!?違う、違う!!俺のスキル分かってるよね!?!?』


……カイの驚くほどのギャップに、ブリエンもアルウィンも呆然としていた。

その姿は、さっきまでカルツを一方的に殴っていた悪魔にはとても見えなかったから。


『……二つ、お願いがあると言ったでしょ?一つはアルウィンとの握手で、もう一つは?』
『ああ、そうだね……』


カイは施設の惨状を見た後に、ニヤッと笑いながらブリエンに語り掛けていた。


『ここ、この状態のままにしてくれると助かるかな』


……それが、カイの最後のお願いだった。

その後にカイはアルウィンとの握手を終えた後、すぐにクロエとニアの手首を掴んで実験室を抜け出していた。

クロエはもちろん、抵抗しなかった。ブリエンとアルウィンには悪いけど、これ以上カルツとは顔も合わせたくなかったから。


「ぶぅ……罰で1000回なでなでを要求する」
「1000回もなでなでしたら髪が抜けちゃうよ~?髪を大事にしないと!」
「私、髪の毛多いから問題なし」
「喧嘩売ってんのかお前!!!」
「ぷふっ、カイがなんで怒るのか理由が分からない」
「こんのぉおおお………!!」
「………ふふっ、あはははっ」


本当に、愉快だ。

一緒にいると気が楽で、楽しくて、落ち着くことができて……やっぱりこの子たちの隣にいたいと、クロエは思ってしまう。


「ねぇ、カイ」


だから、はっきりしないとダメだとクロエは思った。

カイには既に、返せないほどの恩をもらってしまったから。


「これから私、どうすればいいの?」
「え?」
「なんでもするよ?君のためなら、なんでも。だって、私の命を助けてくれて、私の復讐まで手伝ってくれたじゃん。私はもう勇者パーティーのメンバーでもないし、完全にフリーだから。なんでも言って」


文字通り、クロエはカイのためならなんだってするつもりだった。

もちろん、これはクロエに自我がなく、ただ命令に振り回されるバカだから言っていることではない。彼女がこんなにも極端なことを口にする理由は―――

クロエは心から、カイを信頼するようになったからだった。


「なんでもって……女の子がそういうこと気安く言うんじゃないよ~?」
「ふうん、ニアの目がまた光ってるけど」
「ひいっ!?ああ、もう……ほら、ぎゅ~~」
「……カイに調教されているみたいで複雑」
「よしよし、よちよち~~」


……変な言葉と共にニアをぎゅっと抱きしめながら、カイは顔を上げる。

溜飲が下がって清々しい顔をしているクロエを見て、彼は満面の笑みを浮かべる。


「そうだね……まあ、気持ちとしては君をすぐにでも仲間にしたいところだけど」
「…………」
「でも、クロエの意志もあるし無理強いはできないかな。その変わり、スラムに到着した後で俺の話をちょっと聞いてくれない?」
「……話?」
「うん」


その笑みは、悪魔が身に宿っているとは思えないほど、純粋なものだった。


「俺の秘密、二人にはちゃんと話しておきたいんだ」
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